今日の神坂課長は、行きつけの喫茶店で個室を借りたようです。

「今日は、これを持ってきたんだよな」

カバンの中から「徳川家康公遺訓」を取り出したようです」

『人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず

「出だしが良いよなぁ。苦労に苦労を重ねて天下を取った人の言葉だけに思いな

『不自由を常と思えば不足なし。こころに望みおこらば困窮したる時を思い出すべし』

「足るを知るというやつか。何か欲が出てきたら、苦しかった過去を思い出せというアドバイスも染みるな」

『堪忍は無事長久の基、いかりは敵と思え』

「俺にとっては、ここが一番重要かもなぁ。怒りという感情は自分の敵なのか。これから先もプチンと来そうなときには、この言葉を思い出そう。そうだ、手帳の一ページ目に書いておこう」

コーヒーをひとくち啜り、手帳に言葉を記入しています。

『勝つことばかり知りて、負くることを知らざれば、害その身にいたる』

「勝ち続けたいとは思うけど、やはり負けることもある。負けたときに初めて敗者の気持ちが理解できるんだよな」

『おのれを責めて人を責むるな』

「矢印を自分に向けろということだな。すぐに他人のせいにしたがる奴が多いけど、100%相手が悪いということはないからな。それに他人を変えるのは、その人の課題であって、俺の課題ではない。自分を変えることで、他人も変わるんだったな」

『及ばざるは過ぎたるよりまされり』

「おお、ここは孔子とは違う意見なんだな。孔子は、過ぎることも及ばないことも同じで、どちらもダメだという考え方だったけど、家康さんは、及ばない方がマシだと言っているのか」

神坂課長は、コーヒーのお替わりを注文した後、しばし考え込んでいます。

「たしかに、俺の場合はやり過ぎて大失敗ということが多かったな。やり過ぎは失敗につながりやすいんだろうな」

運ばれてきたコーヒーに角砂糖を2つ入れてかき混ぜながら、

「でも、善久みたいに引っ込み思案の奴は、やはり背中を押す必要もあるよな。ただ、あまり背中を押し過ぎてプレッシャーにならないように注意しておこう」

神坂課長は、手帳の一ページ目に、「及ばざるは過ぎたるよりまされり」と書き込み、その後コーヒーを一気に飲み干して立ち上がりました。

「今日で1月も終わりだ。本決算まであと2ヶ月。明日からは、さらに気合を入れつつ、やり過ぎないように自分をセーブすることも忘れないようにしよう!」


ひとりごと

儒学の教えをベースにしながら、自分の実体験を加えて完成した『徳川家康公遺訓』。

実際には後世の作という見方が強いようですが、学ぶ身としては、それはどうでもよいことです。

それよりもこの遺訓の一字一句から多くの教えを学び取ることに喜びを感じます。

いま、小生は愛知県に住んでおり、2ヶ月に一度、歴史好きが偉人を語る会を開催しています。

この会は午前中に偉人を学び、午後は岡崎に住む主催者のひとり中田さんが岡崎の史跡巡りを企画してくれています。

岡崎の史跡を訪れるたびに、家康公の築き上げた気風を感じて感動します。

及ばざるは過ぎたるよりまされり、これが日本人のベースにある生き方なのかも知れませんね。


【原文】
過越と過愆(かけん)とは、字は同じくして訓は異なる。余見る、世人の過越なるものは必ず過愆なるを。是れ其の同字たる所以なり。故に人事は寧ろ及ばざるとも過ぐること勿れ。〔『言志晩録』第181条〕

【意訳】
過越と過愆とは、同じ「過」という字を用いているが、その訓は「すぎる」と「あやまつ」で異なっている。私が見たところ、世の中の人でやり過ぎの人は、必ず過ちを犯すもののようである。これが同じ字を用いた理由であろう。したがって、人の行う事は何事も足りなくてもよいが、過ぎることがないようにすべきであろう

【一日一斎物語的解釈】
「過ぎたるは猶及ばざるが如し」ともいうが、人のやることについては、「及ばざるは過ぎたるよりまされり」である。
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