今日の神坂課長は、A県立がんセンター消化器内科の多田先生を訪れたようです。
「神坂、終わったぞ。今日はなんだ?」
「お客様への定期訪問ですよ」
「なんだよ、用もないのに来るな」
「ひどい言い方ですねぇ。定期訪問は立派な要件ですよ」
「お前にとってはな」
「うっ、確かにお客様である先生にとっては何の意味もないですね・・・」
「ははは。気づいたか。よく定期訪問だといって用もないのに顔を出す奴がいるが、顔を出していれば売れるってもんじゃないだろう」
「それは、そのとおりです」
「いいか、神坂。俺たちは自分で生きているつもりでいるが、実際には生かされているんだ」
「はい? どういうことですか?」
「人間同士、お互いに見えない波長を感じながら暮らしているんだよ。人間同士だけじゃない、モノとの間でも互いに波長を感じ取っているんだ」
「全然、わかりません」
「難し過ぎたか。要するにだ、お前が俺のところに来ようと思ったのは、定期訪問だからじゃない。俺が発した波長をお前が感じ取ったんだ」
「そうなんですか?」
「すべてのモノも人間も一体なんだ。すべて大自然の摂理の中で生かされているだけなんだよ。だが、関係の濃淡があるから、俺が発した波長を感じ取れない奴もいる」
「じゃあ、先生と私は濃い関係だということですか?」
「なんだ、お前は薄い関係だと思っていたのか?」
「い、いや、そんなことはないですけど・・・」
「それで、この距離まで近づいたんだ。俺が何を発していたかは、もうわかっただろうな?」
「えっ、まったくわかりません」
「これだよ、これ! スネアがまた壊れやがった。これで今年に入って3本目だぞ。O社の品質管理はどうなっているんだ?」
「またですか! 至急、クレーム交換を依頼します」
「なんだよお前。もう少し生きるためのセンサーの感度を上げておけよ」
「そんな、予知能力者みたいなこと、できるわけないですよ」
「何、何か言ったか?」
「大至急、交換します!!」
ひとりごと
本章にあるような哲学的な思想を理解するのはとても難しいですね。
正直に言いまして、小生も万物と自分との一体感というものを感じたことがありません。
まだまだ、修行が足りないということでしょうか?
【原文】
物我の一体たるは、須らく感応の上に就いて之を認むべし。浅深有り厚薄有り。自ら誣(し)う可からず。察せざる可からず。〔『言志晩録』第186条〕
【意訳】
万物と自分とが一体だということは、すべて物と自分とが互いに感応することでそれを確認することができる。その感応には浅いか深いか、厚いか薄いかの違いがある。その感応の程度を偽ることはできない。十分に観察すべきことである。
【所感】
万物と自分とは一体のものであることを感じ取らねばならない。そのためには、大自然の摂理をよく理解することが重要である。