佐藤部長が営業1課の本田さんのデスクの前で足を止めたようです。

「へぇ、本田君は鉛筆使いなんだね」

「はい、子供のころから鉛筆が好きで、ずっと使っています」

「こんなに短くなるまで使うの?」

「これがありますから」

「ああ、補助軸ね。懐かしいなぁ」

「この補助軸は、小学校の頃から使っているものなんです」

「たしかに年季が入っているけど、大切に使っているのがよくわかるよ」

「ありがとうございます」

「そうやって自分の持ち物を大切にすることは、とても大切なことだよね」

「はい、大切に使えば、しっかりとそれに応えて活躍してくれますから」

「なるほど。物には心はないけれど、感応はあるからね。それを理解している本田君は立派だよ」

「ただ貧乏性なだけです。逆に物が捨てられなくて、部屋が物で溢れていますから」

「そこのバランスは難しいね。私は文具フェチなんで、次から次へと新しい文具を買ってしまうところがあってね。会社のデスクの引き出しの中にも、自宅の書斎にも大量のペンやノートが溢れているよ」

「意外ですね。部長の部屋はきれいに片付いているものだと思っていました」

「実はね!」

「部長が長年愛用している物はありますか?」

「そうだなぁ。毎年冬になると愛用している革のコートはもう15年以上のお付き合いになるかな」

「15年ですか! それは凄い」

「でもね、さすがにもう色落ちしている箇所もあるし、革が擦れてしまっているところもあるし、買い替えようかと思っていたんだけど・・・」

「もう少し着ますか?」

「うん、今シーズンが終わったら、革の専門店に持ち込んで修理してもらうよ。こうなったら定年までお世話になろうかな」


ひとりごと

物を大切に扱うことで、物と感応し、自らの徳を磨くことができる、と一斎先生は言います。

ひとつのものを長く愛用すると、愛着が生まれるだけでなく、その物も自分に何かを返してくれるのかも知れません。

しかし、それと物を捨てられないのは別問題ですね。

使わないものを、いつまでも持ち続けるのは宜しくありません。

断捨離すべきでしょう。

まさに小生にとっては、本とCDがそれにあたります。

そもそも読みもしない本、聴きもしないCDを購入することが最大の無駄だとわかりつつ・・・。


【原文】
書室の中、机硯(きけん)書冊より以外、凡そ平生使用する所の物件、知覚無しと雖も、而も皆感応あり。宜しく之を撫愛(ぶあい)して、或いは毀損すること莫(な)かるべし。是れ亦慎徳の一なり。〔『言志晩録』第187条〕

【意訳】
書斎にある机や硯、書物など日常の生活で使用する物には知覚はないが、それぞれ感応がある。それらを大切に扱い、毀損することがない様にするべきである。そしてそれもまた徳を積むことの一つといえるのだ

【一日一斎物語的解釈】
ひとつの物を大切に愛用することで、その物と我とが感応し、自らの徳を磨くことができる。


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