今日の神坂課長は、定期的に訪れる近所の喫茶店にいるようです。

いつものように個室を借りて、ひとり静かに考え事をしています。

「そういえば、俺がここに来るようになったのは、佐藤部長のひと言がきっかけだったなぁ」

神坂課長がまだ若かりし頃、トップセールスの座をどうしても手に入れたくて、毎日遅くまでお客様を訪問していた時期がありました。

そんなとき、居眠り運転で事故を起こしてしまったのです。

対向車線に飛び出し、対向車と接触、幸い相手の方は軽傷で済み、神坂課長自身も口の中を切る程度で事なきを得たのです。

大事を取って入院している神坂課長のお見舞いに、佐藤部長(当時の役職は課長)がやってきました。

「神坂君、君は働きすぎだよ。最近はあまり寝ていないんだろう?」

「俺はまだ若いので、大丈夫ですよ。明日は出社します」

「神坂君! 猪突猛進するだけでは、成果は出ないよ。それどころか、こうして大きな失敗を起こしてしまうことだってある。しっかりと心と身体を休めることも大切なんだよ!」

めずらしく佐藤部長がとても厳しい表情で神坂課長を叱ったのです。

「心を休めるって、どうすれば良いのですか?」

「そうだね。独りで思索に耽るのが一番良いと思うよ」

「独りで考え事ですか? かえって、頭が疲れそうです」

「神坂君は独りになれる場所を持っていないの?」

「ないです。元々、独りで居るのは好きじゃないですから」

「一ケ月に一回でもいいから、独りでそれまでのことを振り返る時間をつくってごらん。どこかそういう場所は自宅近くにないの?」

「うーん・・・。あ、ありますね。近所の喫茶店に個室があったと思います」

「よし、では明日は会社を休んで、そこで3時間くらいじっくりとこれまでのことを考えてきなさい」

「嫌ですよ、明日もアポイントがあるんです!」

「そのアポイントは私が代わりに行くよ。いいね!」

神坂課長は、コーヒーのお替りを頼むと、また考え始めました。

「あのときの佐藤部長は怖かったな。有無を言わせない感じがあった。それで、俺は仕方なくここに来たんだった」

運ばれてきたコーヒーに角砂糖を3つ入れてかき混ぜたあと、一口すすって、

「そうしたら、意外と面白いアイデアがひらめいたりしたんだったな。あれからもうここには10年近く通い続けているんだな」

残りのコーヒーを一気に飲み干して、席を立ちました。

「今となってはこの時間は、俺にとってとても大切な時間なんだ。そう考えると、俺の生活パターンの多くに、佐藤部長の影響があるんだな。俺はあの人には一生頭が当たらないな」

ひとり苦笑いをしながら、店を出たようです。


ひとりごと

皆さんはサードプレイスを持っていますか?

サードプレイスとは、職場と自宅以外の第三の場所という意味です。

独りに慣れる静かな場所であっても、あるいは仕事上の利害関係のない仲間との勉強会などもサードプレイスと呼んで差支えないでしょう。

仕事に行き詰まり、家庭でも問題が起きると、人は精神を病んでしまいます。

そんなときでも、サードプレイスがあれば、そこで心を開放することができるのです。

ぜひ、サードプレイスを持ってください。

小生が主催する潤身読書会も、きっと皆様にとっての良きサードプレイスになるはずです。


【原文】
人は当に従前の履歴を回顧して、以て安穏の地を占むべし。若し趕然(かんぜん)として駐歩(ちゅうほ)の処を知らずんば、必ず淵壑(えんがく)に堕ちん。〔『言志晩録』第194条〕

【意訳】
人はこれまでの人生をよく省みて安らかで穏やかな場所に居るようにすべきである。もしも、突進するばかりで止まることを知らなければ、かならず深い淵や谷底に転落してしまうものだ

【一日一斎物語的解釈】
常に止まることなく走り続けるだけでは、かえって弊害が起こるものである。ときには心を休める場所で心を開放すべきなのだ。


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