今日の神坂課長は、大学時代の友人と酒を酌み交わしているようです。
「前川、お前がこんな大金持ちになるなんてな。あの頃は考えてもいなかったよ」
「俺も。(笑)」
「ただお前は俺と違って、馬鹿がつく程まっすぐだったもんな」
「そう。野球でも変化球が投げられずに苦労した」
「ははは、そうだったな。150キロの剛速球があるのに、変化球がショボすぎてよく打たれたよな」
「ほとんど曲がらないスライダーを狙い打ちされてた!」
「お前は野球も生き方も一緒か。でも、野球では大成しなかったけど、ビジネスマンとしてはその真っ直ぐさが生きたんだな」
「自分にはよくわからんけどな」
「こんな立派な家に住んで、高級車を乗り回して、もう欲しいものはないだろう?」
「神坂、それは違うぜ」
「えっ?」
「人間死ぬまで勉強だよ。最近、『論語』を学び始めたんだ。君子と呼ばれる人になろうと思えば、まだまだ学ぶべきことがたくさんあることを知って愕然としているよ」
「ああ、『論語』か。俺も会社の元同僚が『論語』を読む会を立ち上げているので、たまに参加している」
「へぇ、神坂が古典を読むなんて信じられないな。お前も変わったな」
「お前には遠く及ばないけど、一応人の上に立つ身になったからな。少しは勉強しないと」
「俺は残りの人生をかけて、人の道を究めようと思っている。稼いだ金も子供たちに渡すのは必要最小限にして、残りは世の中のために使うつもりだ」
「マジか?! すげぇな」
「それが稼いだ人間の義務だよ。私腹を肥やしてしまっては、天の道に背くことになるんじゃないかと思う」
「お前は『足るを知る』を正しく理解しているんだな」
「『知足』か。そんな言葉を知っているなんて、本当にお前も勉強しているんだな。そうだよ、現状には満足している。というか、これは俺の力じゃない気がしている。先祖や親の善行の賜物なんだろうな。だから、学ぶことには常に不足を覚えて、立ち止まらないようにしているんだ」
「お前がなぜここまで成功したかがわかったよ。お前のような奴が友人にいることは、俺の誇りだ」
「ははは。お前に褒められたのは人生初だな!」
「そうか?」
「野球に関しては、いつもお前に馬鹿にされていたからな」
「大変申し訳なかった。謹んでお詫び申し上げます!」
ひとりごと
正しい人の道を歩むのに、ゴールはないということでしょうか。
ゴールが見えないからと、歩くのをやめてしまえば、その人の人生はそこで停滞します。
究め尽くせないとわかっていても、少しでも自分を成長させるために、人の道を歩き続ける必要があるようです。
【原文】
天道は窮尽(きゅうじん)すること無し。故に義理も窮尽すること無し。義理は窮尽すること無し。故に此の学も窮尽すること無し。「堯舜の上、善尽くる無し」とは、此(これ)を謂うなり。〔『言志晩録』第203条〕
【意訳】
天の道は極まることなく永遠に続いている。それ故に、人が実践すべき正しい道理もまた尽きることはあり得ない。そして、義理が尽きないということはすなわち、学問(儒学)も極め尽くすことなどできないものである。だからこそ学び続ける必要があるのだ。王陽明の言葉「堯舜の上、善尽くる無し」(伝説の皇帝堯と舜は善政を敷いたが、それでも善が極まり尽きることはなかった)もまた、こうしたことを言っているのだ。
【一日一斎物語的解釈】