今日の神坂課長は、大竹課長、大累課長と喫茶コーナーで雑談中のようです。
「川井さんが、副社長に復帰するらしいな」
「え、本当ですか? 知りませんでした」
「神坂君、まだ正式に発表されていないんだから、ダメだよ」
「あれ、そうでしたっけ?」
「ていうか、なんで神坂さんは知ってるんですか?」
「俺以上に口の軽い人がいるんだよ」
「ああ、神坂君に話したのは失敗だった!」
「そんなの、話す前からわかってるじゃないですか! この人ほど秘密の守れない人はいないですよ」
「そんなに褒められたら、照れるじゃないか!」
「ダメだこりゃ」
「でもな、川井さんは固辞したらしいんだよ。若い人を上げた方が良いと言ってな」
「カッコいいですね。神坂さんなら絶対断りませんよね」
「俺か? 俺は・・・、断らない」
「ほらね」
「しかし、最後に社長がこう言ったらしい。『お前と俺は、あらゆる苦労を乗り越えてきた同士じゃないか。もう一度、一緒に会社の再興に力を尽くしてくれ』ってね」
「タケさん、なんでそんな密室の会談の内容まで知ってるんですか?」
「俺が張り巡らせた情報網は完璧だからな」
「あ、わかった。秘書の長谷さんだな。あの人は秘書の癖に口が軽いからなぁ」
「お酒を飲ませるといろいろ教えてくれるんだよ」
「大丈夫かな、この会社。口の軽い人ばかりじゃないですか!」
「まあまあ、それは置いておいて。『糟糠の妻』という言葉はあるけど、あの二人は『糟糠の友』って感じなんだろうな」
「実質、あの二人で作った会社ですからね。いろいろ意見が食い違うこともあったみたいだけど、元の鞘に収まってくれたのは当社にとっては良かったんでしょうね?」
「そうだと思うよ」
「ただ、ちょっと残念なのは、佐藤部長がそのポストに就くかなと期待していたんですけど、それが叶わなかったことですね」
「で、その後釜を自分が盗み取ろうっていう魂胆ですね?」
「ゴン」
「痛てぇな、暴力反対だ!」
「俺を泥棒みたいに言うな。それより、そのポストはお前の方が狙ってるんじゃないのか? 雑賀に課長を譲るみたいなこと言ってたしな」
「うーん、佐藤さんの後釜を君たちに任せるのは危険だなぁ。相変わらず喧嘩っ早いしねぇ」
「たしかに! もうしばらく営業のトップは佐藤さんにお任せします!!」
ひとりごと
楽しい時を経験した仲間の絆というのは、苦しい時を共に過ごした仲間のそれに比べると脆弱なのかも知れません。
それはおそらく、苦しい時ほど、その人の本性が露見するからではないでしょうか?
好調時というのは自分を偽れるものです。
ビジネスにおいても、大きな仕事を実行する際のパートナーには、ともに艱難辛苦を味わった人を選びたいものです。
【原文】
艱難は能く人の心を堅(かと)うす。故に共に艱難を経し者は、交りを結ぶことも亦密にして、竟(つい)に相忘るること能わず。「糟糠(そうこう)の妻は堂を下さず」とは、亦此の類なり。〔『言志晩録』第205条〕
【意訳】
艱難辛苦は人の心を堅固なものにする。よって共に艱難を経験した者は、お互いの交流を深めることも緊密であって、決して忘れることはない。『後漢書』にある「糟糠の妻は堂より下さず。(糟(かす)や糠(ぬか)のような粗末なものを食べて共に苦労をしてきた妻は、富貴な身分になってからは、堂から下へおろして働かせず大切にする)」という言葉は、これを意味した言葉のひとつである。
【一日一斎物語的解釈】
共に大きな艱難辛苦を乗り越えた仲間とは、真の友として永く付き合っていけるものだ。