今日の神坂課長は、佐藤部長と同行してN鉄道病院の長谷川名誉院長を訪ねたようです。

「毎回思うのですが、長谷川先生はなぜあんなにも謙虚なんでしょうかね? あれだけの実績を上げていて、世界のハセガワと言われる人なのに、我々に対しても本当に友人のように接してくれます」

「ありがたいことだよね。そもそも、あれほど実績のある方とお話できるだけでも幸せなことだよね」

「正直に言って、そうじゃないドクターもたくさんいるじゃないですか。俺は凄いんだぞってオーラを出してくるような」

「ははは。いるね」

「何が違うんでしょうか? やはり、自らを修養しているか否かの違いなのかなぁ?」

「もちろん、それは大きいだろうね。長谷川先生は医師でありながら、中国古典にも精通しておられるからね」

「やっぱりそうだよなぁ」

「でもね、私はこう思うんだ。長谷川先生は自分のことを凄い人だと思っていないんだろうって」

「えっ、そうなんですか?」

「以前にこんな話をされたことがある。今思い返しても、救えたはずの命を救えなかったことが何度かある。それがずっと心に引っかかっていて、もっと確実な医療を目指さねばならないと思っている、とね」

「医師は、患者さんやそのご家族からは成功率10割を求められますからね。本当に大変な仕事だと思います」

「そうだね。長谷川先生にもたくさんの苦い経験があるようだね。だから、自分が凄い医者だなんて思っていないんだと思う」

「そうかぁ、本物ってそういうものなのかも知れませんね」

「自分は凄い人間だ、なんてオーラを出す人は、実は自分が本物ではないことに気づいているんだろうね」

「ああ、耳が痛い言葉です。私自身、そういうところが多々ありますから」

「ひとつの山の頂上に立った時、そこから下を見て、自分が登ってきた道を振り返って満足するのか、それともそこから見えるもっと高い山を目指そうと思うのかの違いだろうね」

「なるほど。長谷川先生は、次の頂上を見上げているんですね」

「そうだと思う」

「できたことに満足するより、できていないことに目を向けろってことか。やっぱりすごいですね」

「うん、すごい先生だよ」

「いや、違いますよ」

「えっ?」

「佐藤部長もすごい人です。部長の話には、強烈な説得力がある。同じことを話しても、部長が話すのと、私が話すのでは、聴く人の腹落ち度が全然違いますから」

「そんなことはないよ。私は神坂君の話術にいつも感心しているんだよ」

「本当ですか? じゃあ、お互いに自分の良さに気づいていないということですね。ということは、ちょっと本物に近づいているのかな?」

「ははは。本物はそういうことを言わないと思うよ」

「たしかに!(笑)」


ひとりごと

大したことをしたわけでもないのに、大層なことをしたかのように誇る人がいます。

また、自分のやったことを認めてもらえないと、不満を露わにする人がいます。

そういう人は、修行が足りないだけでなく、自分がまだまだ実力不足であることに気づいているのでしょう。

かくいう小生がそういう人間です。

精進。精進。


【原文】
至富なれば自ら其の富たるを知らず。至貴なれば自ら其の貴たるを知らず。道徳功業も、其の至れる者は、或いは自ら知らざること然る歟(か)。〔『言志晩録』第226条〕

【意訳】
最高の富者は、自分が富んでいることに気づかない。最高に高貴な人は、自らが高貴であることに気づいていない。高い道徳観を身につけている人や極めて高い功績をあげている人も、同じように自分自身でそれを意識することはないのだろうか、そうに違いない

【一日一斎物語的解釈】
本物は自らが本物であることに気づいていないから誇ることもない。


illustkun-01841-description-doctor