「雑賀、席を立つときは椅子をしまえって言ってるだろう!」

大累課長が雑賀さんを叱っています。

「はい、はい。そうでした、そうでした」

「てめぇ、馬鹿にしてんのか?!」

「もう、うるさいなぁ。次からちゃんとやりますから。じゃ、行ってきます」

「おい、雑賀! てめぇ!!」

「大累君、そんなに口やかましく言ったら逆効果になりまっせ」

「神坂さん、今の雑賀の態度を見ました? あいつ、完全に俺のことを舐めてますね」

「よかった。お前も部下に舐められているんだな。安心したよ」

「何を馬鹿なこと言ってるんですか?」

「俺も石崎には完全に舐められているからさ。同じ穴の狢が居てくれるとホッとするわけよ」

「傷をなめ合うのはやめましょうよ」

「でも、ひとつお前に自慢できることがあるぞ。ほら、我が営業2課のデスクをみたまえ!」

「おー、全員が椅子をしまって外出しているじゃないですか!!」

「ふふふ。どうだ、参ったか!」

「どうやって、これを実現したんですか? わかった! もし椅子をしまわずに外出したら査定を下げるとか、5分間スピーチをやらせるとか、罰を与えたんでしょう?」

「ゴン」

「痛てぇな、何するんですか!!」

「君、いつまでも俺を昔のパワハラ上司だと思うなよ。俺だって成長しているんだ」

「いま、俺をなぐったじゃないですか! 完全なパワハラですよ」

「あ、本当だ。いや、違う。パワハラ上司は卒業した。あとはパワハラ先輩を卒業できるかどうかだ」

「意味不明なこと言ってないで、どうやってメンバーに椅子をしまわせたのかを教えてくださいよ!」

「簡単だよ。まずは俺と山田さんの二人が率先して椅子をしまうことを実践したんだ。そして、もし椅子を出しっぱなしの奴がいたら、そっとしまうことを二人でやり続けた」

「よく我慢しましたね」

「かなり我慢したぞ。何度もさっきのお前みたいに吠えそうになったけど、その度に山田さんがアイコンタクトしてくれた」

「どのくらいでこうなりました?」

「約1年かな。善い行いというのは、まず上に立つ者が率先垂範しないとな。そのうえで、あまりガミガミ言わずに、椅子をしまうことの重要性をさりげなく語り続けるんだ。そうすれば、こうなるさ」

「なるほどな。あ、良いことを思いついた! 雑賀と話をして、二人でそれを実践してみます。そうすれば、奴もやらざるを得ないですからね」

「それは妙案かもな。問題は椅子をしまうことの意味を理解させることだな」

「そこなんですよ。神坂さん、そこはお願いします!」

大累課長が缶コーヒーを手渡したようです。

「なんだよ、安い報酬だなぁ。わかったよ、話してみよう」


ひとりごと

リーダーとして、メンバーを諭すときには、この心がけが重要です。

一方的に言いくるめたり、強制的に命令をしても、メンバーの行動は変わりません。

そういうやり方をすると、リーダーが見ている時だけ偽りの行動をするようになります。

必要性をいかに認識してもらうか、これは永遠の課題です。


【原文】
責善の言は、尤も宜しく遜(そん)以て之を出すべし。絮叨(じょとう)すること勿れ。讙呶(かんどう)すること勿れ。〔『言志晩録』第234条〕

【意訳】
人に善が備わることを求める言葉は、一歩下がった立場で言うべきである。くどくどと話したり、口うるさく言うことがあってはいけない

【一日一斎物語的解釈】
他人に善い行いを求めるときは、上からしつこく、口やかましく伝えてはいけない。それではかえって逆効果となる。


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