「課長、私の担当病院はどこも外来患者さんが減った影響で内視鏡検査も落ち込んでいます。おかげで、消耗品の売上がいつもの3〜4割減ですよ。期末だっていうのに、これじゃ予定どおりの売上も利益も見込めません」
石崎君が嘆いています。
「それはお前の担当病院だけじゃないよ。どこも同じさ」
神坂課長です。
「でも課長、このままじゃ今期の計画をクリアできません」
「これは天変地異みたいなものだ。ジタバタしてもはじまらないよ」
「計画が達成できなくても良いのですか?」
「そりゃ達成したいよ。でもな、ここで無理をしても仕方がないだろう。患者さんも無暗に病院を訪れることを控えているし、病院からの活動自粛の要請もある。それは甘んじてうけるしかないよ」
「畜生、せっかく今期は達席できると思ったのに!」
石崎君は涙ぐんでいます。
「石崎、その悔しさを忘れるな。どうやら神様は、お前が簡単に売上計画を達成してもらっては困ると思っているようだ。もう少し試練を経験しろってな」
「課長は余裕ですね」
「俺も同じ経験をしたからな。今から9年前にな」
「あ、東日本大震災ですか?」
「そうだよ。あの時は、メーカーさんの工場も軒並み被害を受けて、出荷できない状況となった。俺は大口の商談の納品日直前だったんだ。それがあの震災で納期に間に合わすことができなくなった」
「それがあれば売上達成だったのですか?」
「そうだ。そしてその年度のトップセールスになれるはずだった・・・」
「駄目だったのですか?」
「うん。清水に持っていかれた。あいつはタッチの差で大口を納品し終えていたからな」
「そんなことが・・・」
「でも、震災もCOVID-19も天変地異だ。恨もうにも何を恨んで良いかわからない。そんなときに無理をしても何もいいことはない。ここは一歩引く勇気を持つしかない」
「私達が下手に動いて感染を広げてしまったら、医療人として失格ですもんね」
「そうだよ。俺たちは医療に携わる人間だからこそ、感染を避けなければいけないんだ」
「でも、悔しいです! ちょっと叫んでもいいですか?」
「ここでか? ま、まあ、いいよ」
「カミサマのバカヤロウ!!」
「なんだか複雑・・・」
ひとりごと
やるべきことをやらずして結果に不満を持つのは問題外です。
しかし、やるべきことをやっても結果が出ない時もあります。
無理をしなければならない時もあれば、一歩下がる勇気を持つべき時もあります。
人生は思い通りにならないからこそ、面白いのかもしれません。
【原文】
鋭進の工夫は固より易からず。退歩の工夫は尤も難し。惟だ有識者のみ庶畿(ちか)からん。〔『言志晩録』第236条〕
【意訳】
勢いをもって前進することも容易なことではない。しかし一歩退く工夫こそが最も難しいことである。それが可能なのは、物事の事理に明るい人だけであろう。
【一日一斎物語的解釈】
進むことも容易ではないが、一歩退くことの方がはるかに難しい。