今日の神坂課長は、次男の楽(がく)君とお茶の間で会話をしているようです。

「とうさん、死んだら人間はどうなるの?」

「とうさんはまだ死んでないから、それはわからないなぁ」

「死ぬのって怖いよなぁ」

「そうだな。でも、自分がいつ死ぬかは誰にもわからないだろう?」

「それはそうだよ。もしわかるなら知りたいよ」

「そうか? とうさんは知らない方がいいなぁ」

「なんで?」

「だって、もし今年中に死ぬとわかったら、悲しすぎないか? まだ、とうさんもやりたいことはあるし、お前らが大人になるのを見届けたいからな」

「そうか。俺も、もし死ぬのが近いってわかってたら、学校なんか行っている場合じゃないな」

「ははは。学校は行った方がいいだろう?」

「もうすぐ死ぬなら、勉強しても意味がないじゃん。命が残り少ないなら嫌いなことはしたくないもん」

「なるほどな。でも、結局はいつ死ぬかはわからないんだ。それなら、長く生きられると信じた方が楽しくないか?」

「それはそうだね」

「生まれたら必ずいつかは死ぬんだ。生まれることも死ぬことも、俺たちは選べないよな? でも、どうやって生きるかは自分で決められるんだ」

「うん」

「だったら、しっかり勉強して世の中に貢献した方がいいし、たくさん友達がいた方がいいだろう。だから、学校には行くべきなんだよ」

「そうか、もし長生きするなら、勉強しておかないと大変なことになるね」

「そう、それで苦労しているのがとうさんだ。(笑)」

「勉強しておけばよかったと思う?」

「めちゃくちゃ思うぞ。今からお前と同じ年に戻れるなら、とうさんはめっちゃ勉強するぞ」

「でも、それはできないね!」

「うん、だから今、少しでも取り返そうと本を読んでいるんだ」

「あんまり先のことを考えても仕方ないのかな?」

「そうだよ。今、楽にできることは、たくさん勉強し、たくさん運動し、たくさん友達を作ることだ。全力でそれをやればいいんだよ」

「勉強は嫌だけど、頑張らないといけないね?」

「とうさんみたいに後悔したくなかったらな!!」


ひとりごと

自分の過去をウジウジト悔やむのも、これからの未来を心配し過ぎることも、心に負荷をかけるだけです。

過去には戻れませんし、未来を自分の思うようにすることもできません。

そして、この世に生まれてきた以上、いつかは死ぬのです。

それなら、今できることに力を尽く方が、心もスッキリしませんか?

マハトマ・ガンジーの言葉に、「永遠に生きるように学べ。明日死ぬかのように生きろ」とあります。

学びを大切にして、日々に全力を尽くせ、ということでしょう。


【原文】
凡そ人は少壮の過去を忘れて、老歿(ろうぼつ)の将来を図る。人情皆然らざるは莫し。即ち是れ竺氏が権教(ごんきょう)の由って以て人を誘う所なり。吾が儒は即ち易に在りて曰う、「始めを原ね終りに反(かえ)る。故に死生の説を知る」と。何ぞ其れ易簡にして明白なるや。〔『言志晩録』第286条〕

【意訳】
およそ人というのは若い日や壮年期のことを忘れて、老いや死について考えてしまう。人情はみなそのようである。それはすなわち釈尊が仏教の教えのなかで人をそのようにそそのかすからである。私が学ぶ儒教においては、経典のひとつ『易経』の中で「始めを原ね終りに反る。故に死生の説を知る( 死ぬのも生きるのもまた一つの道理である。物の始めをたずねれば必ず終りがある。死生の理は明明白白である)」としている。なんと容易で明瞭ではないか。

【一日一斎物語的解釈】
人間は過去を忘れて自分の未来を心配しがちであるが、死生の理は明白であるので、死を過度に恐れることなく、生を全うすべきである


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