今日の神坂課長は、オンラインでの読書会に参加しているようです。

「いまはまさに、世界中が逆境の中にありますね。苦しいのは自分だけではありません。この逆境の中にいかに楽しみを見いだせるかが、人生を生き切る上で重要な課題となるのです」
主査の西郷さん(神坂課長の元同僚)がまとめています。

「逆境の中に楽しみを見つける。言葉としてはカッコいいですが、実際にはかなり難しくないですか?」
神坂課長のツッコミです。

「そのとおりです。しかし真の成功者と呼ばれる人は、皆さん大きな苦難を乗り越えています。西郷南洲翁はこんな言葉を詩にしています。『雪に耐えて梅花麗し』と」

「どういう意味ですか?」

「梅の花というのものは、雪の降り積もる厳寒の冬を越えたからこそ美しく咲くのだ、という意味だね」

「なるほど。いま、世界中が寒い冬を迎えているということか」

「乗り越えましょう。それもできるだけ楽しんで!」

「サイさん、やっぱりどうしても肚に落ちないのが、苦労を楽しむという点です。たとえば、『論語』には顔回という人が出てきますよね?」

「うん。極貧の中に生きた高弟だね」

「でも、結局彼は餓死のような形で若くして亡くなっていますよね。それで幸せだったと言えるのかなぁ?」

「顔回という人は、決して貧乏そのものを楽しんだわけではないよ」

「え、そうなんですか?」

「彼は貧しい生活の中でも、学ぶ楽しさを忘れなかった人なんだ。つまり、私が言いたいのは、逆境そのものを楽しむのではなく、逆境の中に自分を磨く楽しみを見つけようということなんだ」

「ああ、なるほど」

「それに、長く生きることが幸せの条件だろうか? どれだけ生きても死ぬときに後悔して死ぬようでは、充実した人生とは言えないのでは?」

「おお」

「人生の価値はどれだけ長く生きたかではなく、どれだけ深く生きたかで決まるんだよ」

「顔回の一生は、学びに徹した充実した一生だった?」

「私はそう思う。充実した人生を送った人は、死に際して後悔がない。だから、すがすがしく天寿を受け容れることができるんだろうね」

「いやー、参りました。自分が死ぬときにそんな気持ちになれるかな? 今のままだととても無理です。日々後悔の連続ですから。昨日も晩飯の後に、ポテチを食べて後悔しました」

一同大爆笑です。


ひとりごと

苦中楽あり、という言葉があります。

これは、苦労そのものを楽しめという意味ではないでしょう。

苦の中に自分を磨く楽しみがある、小生はそう理解しています。

まだまだ新型肺炎の禍が過ぎ去ったわけではありません。

この逆境の中に、いかに自分を磨く楽しみを見つけられるか。

きっとその楽しみが、いつの間にか逆境からその人を救ってくれるのだと信じています。


【原文】
労佚(ろういつ)は形なり。死生は迹(あと)なり。労の佚たるを知らば、以て人を言う可し。死の生たるを知らば、以て天を言う可し。〔『言志晩録』第289条〕

【意訳】
苦労と安楽は形であり、死生は跡であって、どちらも現象は違えど根本は同じものだと見ることができる。苦労がそのまま安楽につながることを知れば、人事を悟ったということができる。死が生であることを知れば、天を悟ったということができる

【一日一斎物語的解釈】
逆境の中にこそ自分を磨く楽しみがある。こうして苦中に楽を見いだせれば、死は生の終着点であることを悟ることができる。


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