今日の神坂課長は、仕事帰りに「季節の料理 ちさと」を訪れたようです。

「こんばんは。ママ、お客さんの入りはどう?」

「あ、神坂君。うん、お陰様でご覧の通りです」

「おお、ほぼ満席か。とはいっても、椅子の感覚を広くしているから、以前の6~7割ってところかな」

「いいの、いいの。こうやってお客様と会話できるのが生きがいなんだから」

「生きがいか。俺の生きがいって何だろう。あ、とりあえず生をひとつね」

しばらくして、ちさとママが生ビールとおつまみセットを運んできました。

「おお、今日は揚げ出し豆腐か、美味しそう。いただきます!」

「お味はいかが?」

「さすがです、この繊細な味付けはママにしか出せないね! そういえば、さっきの生きがいの話だけどさ。一斎先生は、人の一生は海水から水を汲んで、また海に返すようなものだ、と言っているんだ」

「天から命をお借りして、最後は天にお返しするという考え方と同じね」

「ああ、そうだね。その汲み上げられた海水は、どんな使命を果たして海に帰っていくのかなぁ」

「いろいろじゃない? 海水から真水をつくることもあれば、塩を精製することもできるし、海産物の飼育に使うかも知れない」

「そうか、人間と同じで千差万別か。俺も世の中のお役に立ってから、海に帰っていきたいなぁ」

「今の仕事はとても重要な仕事じゃない? 医療に関わっているんだから」

「まあね。末席に座らせてもらっている感じだけどね」

「あら、神坂君でもそんな謙虚なことが言えるのね」

「相変わらず客に対して失礼な店主だな。俺だっていつまでも馬鹿なことばかりはやってられないよ」

「失礼しました。私は思うんだけどね。結局、どんな仕事をしようとも、そこでどれだけ自分を磨けるかが大切なんだと思うよ」

「何をやるかより、いかにやるかが重要ってことか?」

「うん。なるべく自分を後回しにして、利他の心で仕事をすれば、それだけ人は磨かれていくんだと思うの」

「そこだよね。スーパー自己中だった俺にとっての最大の課題だ!」

「仕事に生きがいを感じるようになれば、自然と自分を後回しにできるよ」

「なるほどな。俺は今の仕事にやりがいは感じていたけど、まだ生きがいを感じるところまで行ってないんだな」

「誰かのお役に立てていると思うと、生きがいが芽生えるよ。神坂君の仕事は、たくさんの人の健康な生活に貢献しているんだから」

「そういう意味では、もちろんドクターや患者さんから直接感謝されるのは嬉しいけど、自分の課のメンバーが、成長していくのを見ることが一番嬉しいかも知れない」

「神坂君って、根っからのマネージャーなのかもね?!」


ひとりごと

天からお借りしたこの命をいかに燃焼し切れるか。

これが人生の課題でしょうね。

最後まで燃え尽きることができずに、途中で火が消えてしまったローソクのようにならないためにも、今やるべきことに力を尽くすしかありません。


【原文】
海水を器に斟(く)み、器水を海に翻(かえ)せば、死生は直ちに眼前に在り。〔『言志晩録』第290条〕

【意訳】
海水を器に汲み、その器の水を海に返せば、そこに死生の道理をみることができる

【一日一斎物語的解釈】
死生とは海水から水を汲み、また海へと返すようなものだ。


bg_ocean_suiheisen