今日の神坂課長は、佐藤部長の部屋に居るようです。

「サイさんの読書会って、『論語』を読むんですけど、実は『論語』以外から多くの気づきを得られるんですよね」

「どういうこと?」

「サイさんの作ってくれるテキストは、『論語』の一つの章句に対して、40冊くらいの解説本の中から、サイさんが面白いと感じた解説を抜き出して記載してくれているんです。そういう学者先生の解説の中に、心に響く言葉がたくさんあるんですよ」

「なるほど、一つの章句を多面的に切るわけか」

「はい」

「さすがは西郷さんだね。あの人は、仕事でも常に多面的に物事をみることを意識していたよね。ドクターの視点、ナースの視点、患者の視点、経営者の視点といった感じで、医療機器のメリット・デメリットを分析していたもんね」

「ああ、そういえばそうでしたね。あの読書会に出るようになって、孔子のイメージが変わりました」

「多くの日本人にとって、孔子という人はお堅い人物だと思われているんだろうね。それは、朱子たちが儒学の価値を高めるために、孔子を神様のように祭り上げてしまったことに原因があるんだ」

「はい。日本が江戸時代に広めたのは朱子学ですもんね。ところが、実際の孔子という人は、思った以上に人間臭いんですよね」

「『論語』をしっかりと読み込むと、そう感じるよね。だからこそ、多くのお弟子さんがついてきたんだよ」

「それなのに妙に文字に拘ったり、この字は本当は別の字ではないかみたいなことが書かれています。学者先生だから仕方のないことですが、私たちからしたら、それほど重要なことじゃないのに」

「学者さんは、プロだからね。極力、正しく読むことを心掛けるのは当然だよ。でも、私たちはプロじゃないから、そこから何を学ぶかの方が重要だろうね」

「そうですよね。サイさんのテキストをみて驚いたのですが、『論語』に関しては、あれだけの専門家でもみんな微妙に解釈が違うんですよね。そこが『論語』の懐の深さだとサイさんは言っていました」

「私たちは白文では理解できないし、やはり注釈がないと読めないから、注釈は絶対に必要だけど、『論語』の場合は1冊で読もうとすると、その訳者の『論語』を読むことになってしまうんだろうね。その点、サイさんのテキストは素晴らしいね。多くの解釈を一覧できるんだもんね」

「そうなんです。そして、『私はこの先生の解釈が好きだから、この考え方を取り入れてみます、といった感じで、参加者の皆さんもそれぞれに違った受け取り方をしているんです。それを聞くのがまた勉強になる」

「良い読書会だね。私も出てみようかな?」

「ぜひ! あ、でも、サイさんにはプレッシャーになるかな?」

「ははは。大丈夫でしょう。私は『論語』はそれほど詳しくないからね!」


ひとりごと

『論語』自体は、書かれたのが2500年前と古く、また大変シンプルな言葉で書かれているため、章句ごとの解釈は学者先生によってかなり違っています。

このため、より多面的に読むには、一つの章句をそれぞれの先生がどう解釈しているかを見ていくのが一番良い方法です。

小生が主査している潤身読書会では、この方式でテキストを作成しています。

COVID-19のお陰で、リアル開催ができなかったため、最近はオンラインで開催しています。

日本全国どこからもでも参加できますので、ご興味のある方はぜひご参加ください。


【原文】
漢唐の経を註するは、註即ち註なり。宋賢の経を註するは、註も亦経なり。読者宜しく精究すべき所なり。但だ註文に過泥すれば、則ち又経旨に於いて自得無し。学者知らざる可からず。〔『言志耋録』第4条〕

【意訳】
漢・唐の時代に経書に注釈をしたものは、字句の解釈のみである。宋代の賢者が経書に注釈をしたものについては、その注釈自体がまた経書のようである。学ぶ者は詳しく研究すべきである。ただ字句の解釈に拘泥すれば、そこから得られるものはない。学者はこのことをよく理解しておくべきである

【一日一斎物語的解釈】
経書の注釈からも学ぶべきところは多い。しかし、ビジネスや日常に活かすのであれば、必要以上に文字に拘ることは百害あって一利なしである。


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