今日の神坂課長は、佐藤部長と「季節の料理ちさと」に居るようです。
「全然知らなかったのですが、『大学』と『中庸』って、朱子が『礼記』から抜き出して、四書に加えたんですね?」
「うん。一斎先生はそれを偉大なる事績だと褒めたたえているよね」
「ということは、もし朱子が四書を整理していなかったら、二宮尊徳さんは、一体何を読んでいたのでしょうね?」
「ははは。神坂君らしい、面白い視点だね。どうだろう? やっぱり『論語』になるんじゃないかな?」
「ああ、なるほど。たしかにそうでしょうね」
「中江藤樹先生も、最初に手にした儒学の経典は『大学』だった。白文(読み下し文ではない、中国語の原本)のままで、最初はまったくわからなかったが、100回以上読んでいるうちに、理解できるようになったそうだよ」
「諦めないところが凄いですよね。私なら、すぐにギブアップです」
「四書五経と言いますが、孔子の時代には四書はひとつもなかったということですね」
「うん、四書を儒学の経典とした朱子という人は、やはり偉大なる儒学中興の祖といえるだろうね」
「はーい、お待たせしました。ポテトサラダと出汁巻き玉子です」
ちさとママが料理を運んできたようです。
「おー、待ってました! このポテサラと出汁巻きは、絶対他では食べられない味だよね」
「ありがとう。私の愛情をたくさん込めているからね!」
「でもさ、マスクをして、ビニールシート越しの接客だと、ママの美しさが伝わらないよね」
「マスクの下を想像する楽しみがあるんじゃない?」
「ああ、なるほどね。ほうれい線は相当深いのかな? とかね!」
「神坂!!」
「ははは。でも、ようやく日常が少し戻ってきた感じで、うれしいね」
「本当ですね。こうやって、ママをからかってストレスを発散するのが、私の日課でしたから」
「そのせいで、ストレスになっている私はどうすればいいのよ?」
「良い本があるよ。『大学』という本。この本を読んで、自分の身を修めて、ちょっとくらいのことで動じない己を創ることをお奨めします」
「お前が言うな!!」
ひとりごと
四書を整理して、儒教の経典を整理した朱子の影響はとても大きいものがありますね。
とくに、『礼記』の中に埋もれていた『大学』を1冊の本にしたことの功績は特出すべきものです。
物語に記載した、中江藤樹、二宮尊徳といった日本の偉人は、みな『大学』を読んでいます。
そう考えると、朱子が出なかったら、日本の精神もまた違っていたものになっていたかも知れません。
【原文】
朱文公、易に於いては古易に復し、詩に於いては小序を刪(けず)る。固より是れ巨眼なり。其の最も功有る者は、四書の目(もく)を創定するに在り。此は是れ万世不易の称なり。〔『言志耋録』第8条〕
【意訳】
朱子は、古文によって書かれた『易経』を正統とし、『詩経』においては小序を削除した。これは偉大な眼力である。そのうち最も大きな功績は、『礼記』に収められていた「大学篇」と「中庸篇」とをぬきだして、『大学』と『中庸』とし、『論語』・『孟子』とともに四書として儒学の経典としたことである。これは永久不変に称えられることである。
【一日一斎物語的解釈】
四書五経の四書とは、宋の時代に大儒・朱熹が、『礼記』に収められていた「大学篇」と「中庸篇」とをぬきだして、『大学』と『中庸』とし、『論語』・『孟子』と併せて儒学の経典としたものである。