神坂課長が雑賀さんに声をかけられたようです。
「神坂課長、『鬼谷子』って本を知っていますか?」
「なにそれ?」
「かつて、情報参謀なら一度は目を通しておくべきと言われた本なんです。いわゆる兵法の本なんですけど」
「ふーん、それがどうした?」
「その『鬼谷子』の解説書を手に入れて読んでいるんですけど、面白いんですよ」
「中国の古典か?」
「はい」
「お前みたいなへその曲がった奴がそういう本を読むと、ロクなことがない気がするなぁ」
「失敬ですね。競合他社との情報戦に勝つには、知っていても損はない情報がたくさんありますよ」
「まあ、そうだろうな。中国の兵法書というのは、戦争は騙し合いだというスタンスで書かれているもんな」
「そこが面白いんですよ!」
雑賀さんと別れた後、神坂課長は佐藤部長の部屋に入ったようです。
「雑賀君らしいね。どうせ中国の古典を読むなら、『論語』のような本も読んで欲しいよね」
「まったくです。知識というのも武器ですからね。間違った考え方をした奴に武器を持たせれば危険極まりないですよ」
「『史記』の中のことばに、「寇に兵を仮し、盗に糧を資するなり」というのがある。意味するところは、侵略者に兵を貸し与え、盗賊に食料を与えるということ。雑賀君が侵略者や盗賊だとは言わないけれど、やはりまず心を修めることを優先させないといけないね」
「大累とも相談してみます」
「しかし、『鬼谷子』ねぇ。よく、そんな本の存在を知ったもんだねぇ」
「ご存知ですか?」
「かつては、情報参謀必読の書と言われた時代もあったようだよ。今では忘れ去られつつある本だと思っていたけど、そういえば何年か前に、解説書が出ていて驚いた記憶がある」
「文庫本でしたよ」
「じゃあ、それが文庫にでもなったのかな? 独特の感性で本を見つけてくるねぇ、雑賀君は」
「また、大累が頭を抱えると思います。(笑)」
「しかし、考えようによっては、ウチにはああいうキャラクターは居ないから、必要な存在なのかも知れないね」
「そうですね。私なんかよりよっぽど頭は良いですからね。上手に活かせば、貴重な人材ではあると思います」
「彼の独特な感性も頭ごなしに否定せずに、上手に軌道修正してあげて欲しいね」
「大累に伝えます。さらに頭を抱えると思いますけど。(笑)」
ひとりごと
目的を持たないインプットでは、アウトプットは期待できません。
期待できないだけなら良いですが、もしかすると、間違った方向にアウトプットされる可能性すらあります。
学ぶ目的を明確にし、知識を正しく使うという意識を忘れないようにしましょう!
【原文】
凡そ学を為すの初めは、必ず大人たらんと欲するの志を立てて、然る後に書は読む可きなり。然らずして、徒らに聞見を貪るのみならば、則ち或いは恐る。傲を長じ非を飾らんことを。謂わゆる「寇に兵を仮し、盗に糧を資するなり」。虞(うれ)う可し。〔『言志耋録』第14条〕
【意訳】
まず学問を始めるにあたっては、必ず有徳の人物になろうという志を立てて、その後に書を読まねばならない。そうせずに、ただ悪戯に書物を貪り読むならば、それは恐ろしいことになる。傲慢さを増幅させ、自分の非行を飾るようなことになりかねない。これは『史記』にある言葉「侵略者に兵を貸し与え、盗賊に食料を与える」のようなものである。大いに憂うべきである。
【一日一斎物語的解釈】