今日の神坂課長は、佐藤部長の部屋に居るようです。

「一斎先生の言葉に、『楽にも苦にも本物と偽物がある、という章句があったのですが、どういう意味なのでしょう?」

「なかなか難しい言葉だよね」

「はい、偽物の楽というのはなんとなくわかる気もするのですが、偽物の苦というのはどういうことなのか・・・」

「王陽明という学者の説では、要するに外物に影響された苦楽は偽物だと言っているんだよね」

「外物に影響された苦楽?」

「たとえば、他人と比べて、自分が優っていると思うのが楽、劣っていると思うのが苦、といった感じかなぁ」

「なるほど、自分の外にあるものの代表が他人ということですね」

「ある高価な物を持っているからと優越感を感じるのは偽物の楽で、持っていないと嘆くのを偽物の苦と考えてもいいね」

「そう考えると、ほとんどの人が偽物の苦楽に一喜一憂していることになる気がしますね」

「そう。王陽明は、『楽は心の本体なり』と言っているんだ。本当の楽は、常に人間の心のうちにあって、外物に影響されるようなものではなく、そうしたものを超越した存在なのだそうだよ」

「難しいですね。本物の楽を手に入れるには、人間学を学ぶしかないということですかね?」

「そうだね。そして、それを実際の仕事や生活で実践していくしかないのかな」

「たまに、本当は苦しいくせに無理をして、『これは良いことだ』なんて言っている奴がいますが、あれは見てて哀れに感じてしまいますね。(笑)」

「我慢をしているうちは、本物ではないんだよね。そういう人は、結局は周りの人の目線を気にし過ぎているんだろうな」

「外物に影響されているわけですね」

「本当に苦しかったら、思い切り泣けばいいんだよ。泣くという行為は、心を楽にするためには必要なものだからね」

「たしかに、泣いてスッキリするってことはありますね。ただし、いつまでもメソメソしているのはダメでしょうね」

「うん、一度泣いたら、後は心を入れ替えて、現状を一旦受け入れる。そして、そこから抜け出すには何をすべきかをポジティブに考える。そういう思考回路を持ちたいね」

「ありがとうございます。だいぶ苦楽の真偽というものが分かってきた気がします。特に他人と比べないということは、私にとっても重要な課題です」

「私もだよ。(笑)」


ひとりごと

この一斎先生の言葉を読むと、我々の大半が偽物の苦楽に惑わされているのだと感じます。

外物に影響されずに生きるというのは、なかなか難しい課題です。

しかし、それが自然にできるようにならない限り、真の楽を手に入れることはできないということでしょう。


【原文】
楽の字にも真仮(しんか)有り、苦の字にも亦真仮有り。〔『言志耋録』第34条〕

【意訳】
楽ということにも本物と偽物があり、苦ということにも本物と偽物がある

【一日一斎物語的解釈】
苦楽には本物と偽物がある。真の楽は心の中にあるのだ。


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