今日の神坂課長は、昨日に続きA県立がんセンターの多田先生のところに居るようです。
「ところで多田先生、よく悩み続けていると突然パッと視界が開けることがある、と聞くのですが、私にはそんな経験はありません。先生にはありますか?」
「ははは。お前みたいに何にも考えずに生きている奴に、一旦豁然の状況が訪れるわけないだろ」
「あ、そうそう。その一旦豁然ってやつです」
「そうだな。俺が2チャンネルの内視鏡を使ったEMR(粘膜切除術)を開発したときは、そんな状況だったかもな」
「スネアで病変を引っ張り上げて、一気に切除するあの手技ですね。どんな状況だったのですか?」
「俺はずっと外科に頼らずに早期癌を一括切除できないかと考え続けてきたんだ。分割して切除すると、病変が播種(他の臓器に散らばること)する恐れがあるからな」
「なるほど」
「北海道のドクターが生理食塩水を使って病変を膨隆させる手技をやっているのを知って、それをさらに発展させられないかと日夜悩んでいたな」
「そしてある日突然、視界が開けたのですか?」
「そうだな。ある患者さんの処置をするのに、2チャンネルのスコープを使っていて、突然ひらめいたんだよ。『そうか、こいつを使えば良いのか』ってな」
「カッコいいですねぇ」
「いいか、神坂。お前もそういう瞬間を経験したいなら、まず徹底的に悩むことだ。ああでもない、こうでもないと日夜考え続けることが先決なんだよ」
「はい」
「ただし、ずっと悩み続けていれば解決できるなんて思うなよ。座禅を組んでさえいればアイデアが湧いてくるのは一休さんくらいだ」
「え?」
「お前は一休さんじゃないんだから、ただ悩んでいるだけでは解決しない。とにかく行動することだ。トライアンドエラーだよ」
「何度もチャレンジし、失敗を経験するということですか?」
「そうだ。行動を続けていれば、なにかの瞬間にひらめくんだよ。ニュートンがリンゴが落ちるのをみて、万有引力を発見した話はお前も知っているだろう?」
「はい、さすがに」
「あれは、ニュートンがずっと悩み続け、そしていろいろな実験をしていた挙句にたどり着いた境地だ。ただ、リンゴの木の下で瞑想していたわけじゃない」
「なるほど」
「お前は、心からもだえ苦しむほどの悩みを持っているか? 他人と比べて自分が劣っているとかいうくだらない悩みじゃないぞ。世の中を変えたいと思うような大きな悩みだ」
「いやー、そこまで大きな悩みはないです」
「それなら、まずお前の仕事で何を解決できるのか? 誰を助けたいのかをしっかり考えてみろ。そこが見えれば、あとは実践するだけだ。もがき苦しめばいつかは一旦豁然の域に達するかも知れないぞ」
「つまり、真剣に仕事に取り組んでいる人間でなければ、突然視界が開けるような経験はできないということですね」
「お前も40を超えたんだから、いつまでものほほんと生きている場合じゃないぞ!」
「別に、のほほんと生きているつもりはないんですけど・・・」
ひとりごと
ニュートンのように、多くの偉人が何か別の事象から自分の悩みや課題を解決するヒントを得たという話がたくさんあります。
この人たちは日々悩み悶え、あがき苦しんだ挙句に、一旦豁然を体験したのでしょう。
正しい悩みを持つこと、そしてそれを解決するために動き続けること、これが一旦豁然の条件のようです。
【原文】
一旦豁然の四字、真に是れ海天出日の景象なり。認めて参禅頓悟の境と做すこと勿れ。〔『言志耋録』第46条〕
【意訳】
一旦豁然の四文字は、まさに海上に旭日が昇ったような心の状態である。これは坐禅の最中にふと悟りを開くような心境と同じだと見なしてはいけない。
【一日一斎物語的解釈】
悩み続け、行動し続けた先にしか視界が開けることはない。