今日の神坂課長は、久しぶりに相原会長とナイター競艇に来たようです。

「けっこう人が多いですね」

「ここにいるお年寄りの人たちは、ネットで舟券が買えないからじゃないかな?」

「ああ、なるほど。きっと、そうですね。待ちわびていたんですね」

「ネットで舟券が買えるということは便利なんだろうけど、なんでもかんでも便利さを追求するのは考えものだね」

「そういうことへの警鐘として、自然災害があるのかも知れませんね」

「被害に遭った人たちを前にしては、言えない事だけど、そういうこともあるんだろうなぁ」

「すべてのものは宇宙の摂理に則って活動しているんだそうです。しかし、人間はある時点から、宇宙の摂理をもコントロールできると思い上がってしまったのかも知れません」

「そうだね。万物の霊長としての意味を勘違いしてしまったんだよね」

「便利すぎるより、適度に不便な方が、人間の生き方には向いているのかも知れません。中庸というのは、そういう意味もあるのかもなぁ?」

「少なくとも便利さと幸福度は比例しないようだね」

「そうですか?」

「江戸時代の庶民の暮らしは、貧しかったけれども清潔で質素だった。そして、なにより人びとはそれなりに幸せを感じていたらしい」

「たしかにその時代に比べたら、今の時代は、なにもかも便利になっているのに、大きな幸福を感じなくなっている気がします」

「もっと便利にならないかといつも不満要素を探しているのが現代人なんだろう」

「そういうことから一歩抜け出したいですね。自然と宇宙の摂理に則った生き方ができるように、いつも心を真ん中に置くことを意識しないと」

「『心を真ん中に』か、良いこと言うね、神坂君」

「そういえば一斎先生は、宇宙の摂理は声もなく、臭いもないと言っています。そこから、自我を取り除くことの大切さを学べるのだと」

「なるほど、そうするとこの季節外れの雨風などは、宇宙が嘆き悲しんでいる証拠なのかもねぇ。しかし、歳を重ねると、無臭というのは難しいよ。だんだん加齢臭がきつくなるからね。(笑)」

「なんだか、寂しい話になってきましたね。さて、そろそろ11レースです。今日のメインカードですが、かなりの追い風が吹いているので、一波乱あるかも知れませんよ」

「ここは精神を集中し、心を真ん中に置いて、的中を目指したいね」

「ははは。会長、舟券を当てたいというのは、自我の中でももっともロクなものじゃないですけどね」

「あー、たしかに。でも、ここに来た以上、外れるより当たりたいからさ」


ひとりごと 

昨今の自然災害の多さは、宇宙の摂理からの人間へのなんらかの警鐘なのかも知れません。

これ以上、便利さを求めるのではなく、現状に満足し、不自由を常と思う覚悟も必要なのではないでしょうか?

いずれにしても、人間は宇宙の摂理を変えることはできません。

宇宙の摂理に則って生きることが、一番平穏な生き方であり、それが理想の生き方なのかも知れません。


【原文】
「惟(こ)れ精、惟れ一」とは、工夫の上に本体を説き、「声無く臭(かおり)無し」とは本体の上に工夫を説く。〔『言志耋録』第54条〕

【意訳】
『書経』にある惟れ精、惟れ一」とは、精一の工夫自体が本体を明らかにすることになることを説き、『詩経』にある「声無く臭無し」とは、本体の無声無臭の在り様は、声をなくし臭いをなくす、つまり自我をなくすという工夫につながること説いている

【一日一斎物語的解釈】
心を養う工夫とは、宇宙の摂理に逆らわず、中庸を保つことである。一方、宇宙の摂理には声も臭いもないことから、自我をなくす努力が必要なことを学ぶことができる。


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