今日の神坂課長は、佐藤部長と「季節の料理 ちさと」に来たようです。

「ママ、またCOVID-19の感染者が増えて来たね。心配でしょう?」

「そうね。このままの状態が続けば年内にはお店を閉めるしかないかな?」

「えーっ、マジで?! なんとか頑張ってよ、応援することしかできないけどさ」

「神坂君、ありがとう。もちろん、頑張るわよ。ここまできたら、もう開き直るしかないもんね」

「ママ、なんだか清々しい表情だね」

「そうよ。聖人君子の心の中というのはさっぱりしていて、まるで洗い立ての真っ白なシャツのようだ、という言葉を以前に佐藤さんから教えてもらったんだけど、今はそれに近づいたかも?」

「諦めじゃないよね?」

「諦めてはいないわ。私にとって、このお店に立つことは、仕事というより人生そのものなんだもの」

「うん、がんばろう!! それにしても、洗い立てのシャツのような真っ白な心って、すごいね。俺は一生かかってもその領域には行けない気がする。部長はどうですか?」

「もちろん私もそうだよ。そんな心境になってみたいものだよ」

「ね、ママ。部長がなれないのに、俺がなれるわけないよね?」

「それはそうね。(笑) あ、そうだ。ちょっと待っててね」

ちさとママは一旦厨房に入って、なにやら料理を運んできました。

「今日は私の心のような真っ白なお料理を作ってみました」

「うわっ、本当だ。真っ白だ。なにこれ?」

「ホワイトたまごでつくったオムレツよ。中身は海鮮ピラフです。まだ、ホワイトたまごが残ってるから後で作ろうか?」

「それは誰の?」

「これは余り。お客さまが急遽会社に戻ることになってキャンセルになったの」

「それでいいよ。食べたい!」

「あら、ありがとう。じゃあ、どうぞ」

「これを食べたら、俺の心も少しは白くなるかね?」

「・・・」

「いや、二人とも無視かい!!」

「ははは」


ひとりごと 

西郷南洲翁は、豪傑の気分とはどんなものか?と聞かれた際に、

風呂上りの身体に涼風を浴びるような気分だ、

と答えたそうです。

どんな状況になっても、さっぱりとした清々しい心持を保つには、日ごろから心を鍛錬するしかありません。

それにしても、真っ白なシャツのような心持ちというのには憧れますね。


【原文】
聖賢は胸中灑落(しゃらく)にして、一点の汚穢(おわい)を著(つ)けず。何の語か尤も能く之を形容する。曰く、「江漢以て之を濯(あら)い、秋陽以て之を曝す。皜皜乎(こうこうこ)として尚(くわ)う可からざるのみ」。此の語之に近し。〔『言志耋録』第65条〕

【意訳】
聖人や賢人は胸中はいつもさっぱりとしていて、一点の穢れもないものである。それを表現するのにどんな言葉が最も適しているであろうか。『孟子』にある、「江漢以て之を濯い、秋陽以て之を曝す。皜皜乎として尚う可からざるのみ(曽子が孔子を評した言葉:先師の御人格は、たとえば布をさらすのに、揚子江・漢水の豊富な水で洗いあげ、強い秋の日ざしでさらしたように、これ以上真っ白にならぬというほどの比類なきおかたです)」という言葉がこれに近いのではないだろうか

【一日一斎物語的解釈】
何かを達観した人の心の中は、まるで洗い立てのシャツのように真っ白である。


白シャツ











ユニクロHPより