今日の神坂課長は、営業部の佐藤部長、総務部の西村部長、大竹課長とゴルフのラウンド中のようです。

大竹「ナイスショット! 神坂君、今日は調子良さそうだね」

神坂「いやいや、ラフですよ。それほど良いショットじゃないけどなぁ」

「贅沢言わないの。真直ぐ飛んでOBじゃなければ最高!!」

西村「大竹君は相変わらずノー天気でいいねぇ」

「ボス、何言ってるんですか! 我々はプロゴルファーじゃないんだから、楽しくゴルフができれば幸せじゃないですか」

佐藤「大竹君とラウンドすると、みんなのスコアが良くなるよね」

「ホント、タケさんは、いつも笑っていますよね。心はいつも快晴って感じじゃないですか!」

「そりゃそうだよ、神坂君。僕の心の太陽はいつだって燦燦と照っているからね」

「たしかに、太陽のような笑顔をしてるもんなぁ」

「神坂君も僕の様にいつでも笑っていたいなら、利己心とか傲慢さとか怒りや欲望から心を開放してやることだね。そうすれば、いつだって心は快晴でいられるんだから」

「タケさんは、まったくストレスを溜めていないのが凄いですよね。あんな面倒な上司が上にいるのに、よくノーストレスでいられますね」

西「神坂、聞こえてるぞ!!」

「ゲッ、あのおっさん、地獄耳だな。ここからティーグランドまでは、5m以上あるのに!」

「神坂君、ボスはそれほど面倒な人じゃないよ。単純明快な人だからね。仮にストレスを感じた日でも、家に帰って酒を飲んで早めに寝てしまえば、翌朝はもう気分爽快だよ」

「その点だけは、尊敬しますよ」

「なんだよ、その点だけはって! 他にも先輩として見習うことはたくさんあるだろう? お、ナイスショット!! ボスも絶好調ですね。さあ、4人ともまずまずの滑り出しだ! 今日は楽しくいきましょう!!」

「何言ってるんですか、タケさんのティーショットはチョロじゃないですか!」

「そっちこそなに言ってるの? 神坂君、僕もしっかりフェアウェイキープだよ、セカンドはピンまで300ヤード近く残ったけどね」

「タケさんの場合、ノー天気というより、ただのアホなんじゃないのかな?」

西「神坂君、それは言わないでおこう。みんな気づいているんだから、ねぇ、サトちゃん」

「ははは。アホになれる人というのは、組織には必要不可欠ですから、大切にしてあげてください」

「なるほど、心の太陽を曇らせないためには、アホになれってことか!!」


ひとりごと 

心の曇りを取り除けば、いつも明るい陽射しのような笑顔で過ごすことができるのでしょう。

では、心の曇りを払うにはどうすればよいのか?

それは、バカになること、バカを演じることかも知れません。

孔子も『論語』のなかで、寧武子という人を褒めて「智をまねることは難しくないが、愚を真似るのは容易ではない」と言っています。

ちょっとアホを演じて、明るい笑顔を振りまきましょう!!


【原文】
人心の霊なること太陽の如し。然るに但だ克伐怨欲(こくばつえんよく)、雲霧四塞(うんむしそく)すれば、此の霊烏(いずく)にか在る。故に誠意の工夫は、雲霧を掃(はら)いて白日を仰ぐより先なるは莫し。凡そ学を為すの要は、此よりして基を起す。故に曰く、「誠は物の終始なり」と。〔『言志耋録』第66条〕

【意訳】
人の心の霊妙なることは太陽のようである。ただ(勝つことを好むこと)・伐(自らを誇ること)・怨(怒り恨むこと)・欲(貪り欲すること)などが、雲や霧のようにあたり一面を塞いでしまうと、太陽が隠れるように、心の霊妙さはどこにあるかわからなくなる。それ故、誠意の工夫は、この雲霧克伐怨欲)を掃い除いて、輝く太陽(霊妙な心)を仰ぎみることが最も肝要である。総じて学問をなすことの要点は、このようにして土台を築きあげるのである。それ故に、『中庸』にも「誠は物の終始なり」とあるのだ。

【一日一斎物語的解釈】
人の心は太陽のようなものであるから、気分は本来快晴となるはずである。しかし、実際には気分がすぐれないときもある。それは、私欲が自我という雲によって心が曇り、日差しが妨げられるからである。


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