今日の神坂課長はA県立がんセンターの多田先生の部屋に居るようです。

「多田先生、読みたい本がどんどん増えているのに、時間がなくてなかなか読めないんですよね。先生もお忙しいと思うのですが、どうやって読書の時間を作っているのですか?」

「神坂、お前は甘いな」

「え? いきなり強烈なパンチを浴びせてきますね」

「甘い奴に甘いといって何が悪い。だいたい時間がないなんていうのは、本を読めない言い訳に過ぎないんだよ」

「そ、そんなことないと思いますけど・・・」

「じゃあ、お前に与えれらた一日と俺の一日では時間の長さが違うとでも言うのか?」

「いや、それはお互いに24時間ですけど・・・」

「本気で読書をしようと思えば、時間はいくらでもあるはずだ。医者を待つ時間もそうだし、通勤電車の中、トイレの中、行儀が悪いと言われるだろうが、食事中だってそうだ。どうせお前はスマホを見てるんだろう」

「あ、食事中とトイレ時間はスマホタイムです」

「ほらみろ! 人間、その気にさえなれば、どんな場所だって自分のやりたいことをやれるものだ。時と場所で揺らいでいるなんていうのは、そもそも志が低い証拠だ」

「先生、睡眠時間はどれくらいですか?」

「だいたい4時間ってとこだな」

「たったの4時間ですか? 早死にしますよ」

「だらだら生きているくらいなら、早死にした方がましだ。この年齢の2時間と老後の2時間で、いったいどちらが良い仕事ができると思う?」

「それは、今でしょうね」

「そうだろう。だったら、今は睡眠時間を削ってでも本を読めばいい。それでも老後が与えられたら、のんびり過ごせばいいじゃないか」

「やっぱり、結果を出している人は考え方が違いますね」

「たしかにそうだな。結果を出していない奴は、考え方が違うな」

「うっ、そうストレートに結果を出してない奴と言われると、ちょっと悔しいです!」

「それなら、時間を無駄にするな。今を思い切り生きるというのは、そういうことだろう?」

「はい。人が見ていないときでも、自分でやると決めたことはやり続けないといけませんね?」

「そういうことだ。ところで、俺はこれからうなぎを食いに行くんだが、お前は読書タイムだよな?」

「いや、今言ったことは、明日から実行すると決めたんです。うなぎにお供します!」

「調子の良い奴だ!」


ひとりごと 

時と場所を言い訳にしていては、修養はできないのだ、と一斎先生は言います。

我々に与えられている時間は平等です。

しかし、その時間をどう活かすかは、各々に決定権があるのです。

そうだとしたら、時間を無駄にせず、有効に活用すべきですよね?


【原文】
時として本体ならざるは無く、処として工夫ならざるは無し。工夫と本体は一項に帰す。〔『言志耋録』第70条〕

【意訳】
どんなときでも本体(本然の性:生来の道徳的徳性)の発揮でないものはなく、どんな場所でも工夫(修養)できないことはない。このように工夫と本体とはひとつのものに帰するのだ

【一日一斎物語的解釈】
時と場所によって心が惑わされるようではまだまだ修行が足りない、つねに修養を心がけて、道徳的本性を保つことを鍛錬せよ


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