今日の神坂課長は、佐藤部長の部屋に居るようです。

「部長、『言志耋録』の中の言葉で、耳は目より大切だと言っているものがありますよね?」

「ああ、あるね」

「一斎先生は、目が不自由になってもよいが、耳が不自由となることはよろしくないと言っています。耳と目ってどっちが大切なのでしょうね?」

「どっちも大事なんだけどね。敢てどちらかを取るなら耳をとると一斎先生は言っているんだよね」

「はい。私なら耳より目を失いたくないんですけど」

「どうして?」

「真っ暗闇の世界って怖いじゃないですか!」

「ははは。なるほどね」

「部長は聴力を失う方が嫌ですか?」

「究極の選択だよね。やっぱりどちらも大事なんだけど、敢て言うなら耳かな?」

「なぜですか?」

「たとえば、ある人から手紙をもらうのと、直接その人から話を聴くのでは、どちらが相手の真意をつかめると思う?」

「それは直接会うは限らず、電話の場合も想定していますか?」

「うん、わかりやすくするには、電話の場面を想定しようか」

「うーん、たしかに文字よりは声の方が真意を把握しやすいかも知れません」

「うん。人間は自分が感じている以上に、目から入る情報よりも耳から入る情報を重視しているんじゃないかな?」

「なるほど。そう言われればそうかも知れませんね」

「でも、今はどちらも活用できるんだから、両方を上手に活用したいよね」

「そうですね、耳と目からそれぞれ情報をインプットして、心で考えて答えを出したいです」

「もっと言うなら、営業人は五感をフルに発揮すべきだよね!」

「はい。最近ちょっと視覚に頼り過ぎていたかも知れません。もう一度五感を研ぎ澄ませます!!」


ひとりごと 

現代では、目の方が耳より重視される時代になっているように思います。

しかし、目は騙せても、耳は騙せないのではないでしょうか?

聴覚をもっと上手に活用することが、良好な人間関係を保つ上でも、商売を行う上でも重要なのかも知れません。


【原文】
耳の職は事を内に納(い)れ、目の職は物を外に照らす。人の常語に聡明と曰い聞見(ぶんけん)と曰う。耳の目に先だつこと知る可し。両者或いは兼ぬることを得ずば、寧ろ瞽(こ)なりとも聾なること勿れ。〔『言志耋録』第72条〕

【意訳】
耳の役割は事物を自分の内側に取り込むことであり、目の役割は事物を外に照らし出すことである。人がよく使う言葉に、「聡明」とか「聞見」という言葉がある。ここからも目より先に耳を使うべきことがわかるだろう。もし、両方の役割を発揮することができないならば、目が不自由になっても、耳が不自由になることがないようにすべきである。

【一日一斎物語的解釈】
自分の耳で聞いていないことを信じるよりは、自分の目で見たものを信じよ。
自分の目でみたものを信じるよりは、自分の耳で直接聞いたものを信じよ。


medical_jinkou_naiji_boy