今日のことば

【原文】
立誠は柱礎(ちゅうそ)に似たり。是れ竪の工夫なり。居敬は棟梁に似たり。是れ横の工夫也。〔『言志耋録』第99条〕

【意訳】
誠を立てることは、建築でいえば、柱や土台をつくることに似ている。これは縦の工夫である。また身心をつつしむことは、建物でいえば棟や梁をつくることに似ている。これは横の工夫である

【一日一斎物語的解釈】
誠は人間を創る上での支柱となり、敬は人間を創る上で梁となる。この2つがしっかりしなければ、人間は完成しない。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、人材育成について、新美課長、大累課長と打ち合わせをしているようです。

神坂「俺は自分の過去を反省して思うんだけど、やっぱり会社で有益な人間になる前に、まず人間として一人前にならないとダメだと思うんだよ」

大累「なるほど、たしかに神坂さんの若い頃を考えると、説得力がありますねぇ」

「お前にだけは言われたくないわ!!」

新美「いや、本当にお二人の若い頃は怖かったです。私はヤクザの事務所に就職してしまったのかと思いました」

「それは言い過ぎじゃないの?」

「でも、新美に言われると、言い返せないけどな」

「たしか、松下幸之助さんの言葉だったと思うんですけど、『企業人である前に社会人でなければならない』というのがありましたよ」

「あ、それそれ、それを言いたかったんだよ!」

「しかし、社会人のあるべき姿って、わかるようでわからないですよね?」

「それについては、一斎先生がこう言ってる。『人間を家に例えるなら、誠が支柱で、敬が梁だ』って」

「どういうことですか?」

「誠っていうのは、誠意のある態度を言うんだと思う。しかし、もっと端的に言ってしまえば、自分にも他人にも嘘をつかないことだな」

「なるほど、それが人間の柱になるわけですね?」

「でも、柱がいくら太くて立派でも、梁がなければ家は建たない。人間も同じで、誠だけでは一人前にはなれない。それにプラスして、敬、つまり他人を敬い、自らを慎む心が無ければだめで、それがいわば梁のようなものだ、と」

「神坂さんの若い頃に、他人を敬う気持ちは微塵もなかったですもんね」

「だから、お前にだけは言われたくないんだよ!」

「今の話は、すごく腹に落ちますね。結局、敬の心だけだと、他人に迎合してしまう恐れもあります。そこに、一本芯を通さないといけない。それが誠というものなんでしょうね」

「さすがは新美だね。誰かさんと違って理解が早いよ」

「しかし、誠も敬う心も、社会人になってから教えるものなんですかね?」

「そうなんだよ、本来は職場でも学校でもなく家庭で教えるもの、いや家庭で自然に身につくものだった」

「核家族化していることで、それができなくなってきたんですね?」

「え?」

「例えば、自分の親が祖父母に対して敬意をもって接する姿を見せれば、子供も自然と親に敬意をもつようになる、ってことだよ」

「そうか、それが今は、じいちゃん、ばあちゃんと別々に暮らしているから、親が絶対的になり過ぎているんですね」

「そのとおり。しかし、そんなことを言っても始まらないから、今は職場でそれを教えていくしかないんだろうな。だから、お前みたいに先輩を馬鹿にしている奴が上司だと、部下もだんだんそうなるわけよ」

「たしかに! だって、私がこうなったのは、神坂さんを見てきたからですもんね!!」


ひとりごと

人づくりにおいて、誠が柱で、敬が梁だという一斎先生の言葉は興味深いですね。

誠という柱をしっかり立てて、その上で敬という梁を張り巡らしていく。

人はひとりでは生きていけません。

誠と敬をもって他人と接するならば、自然と人の和の中心にいる存在となっていくのでしょう。


kensetsu_house_honegumi