今日のことば

【原文】
君子の世俗に於ける、宜しく沿いて溺れず、履みて陥らざるべし。夫の特立独行して、高く自ら標置するが若きは、則ち之を中行と謂う可からず。〔『言志耋録』第123条〕

【意訳】
立派な人が世俗にあるときは、世俗に従いつつそれに溺れることはなく、世俗の道を履み行いながら埋没するようなことがないようにすべきである。自分は君子だと言って、世俗に随わず自ら信じる道を行き、気位が高過ぎるというようなことでは、中庸の道を実践しているとは言えないであろう

【一日一斎物語的解釈】
自らを他人とは違う、自分は立派な人間だなどと思っているうちは、真の君子とはなり得ない。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、YouTube動画で「孔田丘一の儒学講座』を観ているようです。

「最近、クソ暑くて動画を撮る気にもなれずに過ごしておりましたが、まだ死んでおりませんぞ!! ははは」

「死なないよアンタは!」

「しかし、どこの会社に呼ばれても、なぜ企業のトップの人間というのは偉そうな連中が多いんじゃろうなぁ」

「言葉では『先生』と呼んでいながら、態度にはお前を呼んでやったというのが見え見えの幹部が多い。ああいう人間が幹部に居るようでは、そう長くは続かんぞと思うんだが、なぜか意外とシャーシャーと生き延びているからなぁ。世の中、理不尽なもんですわ」

「だいたい、本当に立派な人間というのもは驕る心をとっくの昔に捨て去っておる。むしろ、常に相手を立てて、自身は遜るんじゃよ」

「まあ、厳しい経済競争の中で生き残っていくには、自己アピールもできんと出世も覚束ないんじゃろうが、真に立派な人間もしっかり登用する目を持って欲しいものですな」

「政治家連中なんていうのは、もっともけしからん!!」

「また声がデカくなってきたぞ!」

「国民目線だとかなんとか言っておるが、奴らが会食しているのはいつも高級料亭じゃ。今、コロナで苦しんでいる大衆食堂になぞ、行ったことすらない連中が言っておるんだから、笑い話じゃよ」

「運転手付きの車に乗って、料亭まで来て、食事が終わればまた高級車でお帰りじゃ。庶民派だとかいう政治家が居るが聞いて呆れるわな」

「本当に立派な人というのは、世俗の中にこそ居るもんじゃ。彼らは世俗にありながら、そこに溺れることもなく、世間の人たちと生活を共にしながら、ちゃんと正しい道を外れておらん。そういう人をこそ、政治家にせねばいかん! 世襲議員には、特別に難しい試験でもやらせて、合否を判定すべきじゃな。科挙の復活なんか良いんじゃないかな。はっはっは」

「なにが面白いんだよ、この爺さん」

「会社もそうですぞ。部下の前で偉そうなことを言っているアンタ、そこのお前じゃよ。耳の穴をかっぽじってよく聞きなされ」

「なんか、俺に言われている気がする」

「偉そうな態度をすればするほど、自身の薄っぺらさが透けて見えるんじゃ。部下と一緒に泥に塗れて仕事をしなさい。どろんこの笑顔の方が、どれほど美しいものか。アンタらにはわからんのかのう?」

「ようやく涼しくなってきたから、またボチボチ動画を配信するので、暇な人は視てください。では、そろそろガソリンが切れそうだから、補充するとしますわ。では、また。生きていたら会いましょう!」

「ちっ、どうせガソリンって酒だろう。絶対酔っぱらってしゃべっているもんな、このジジイ。さて、俺もガソリンを補充しようかな」

ひとりごと

『書経』という古典には、「野に遺賢なし」といって、立派な政治が行われているときには優秀な人材はすべて登用されているから、在野には賢者はいない、と言っていますが、今はどうでしょうか?

下手をすると、在野にしか立派な人はいないのかも知れません。

高級料亭のテーブルに飾られた薔薇よりも、野に咲くレンゲソウの方が真の美しさをたたえているのでしょうか?

いずれにしても、偉そうに威張り散らすようなリーダーにはならないでください。(過去の反省を踏まえた当事者の弁)


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