今日のことば

【原文】
多言の人は浮躁(ふそう)にして或いは人を枉(ま)ぐ。寡黙の人は測り難く、或いは人を探る。故に「其の言を察して其の色を観る」とは、交際の要なり。〔『言志耋録』第193条〕

【意訳】
口数の多い人はうわついた調子の人が多く、時には他人を傷つることがある。無口な人は心中を察し難く、時には他人の心中を伺い見ている。『論語』に「言を察して色を観る(達人は人の言葉をよく聞き分けて、その顔色を見抜く聡明さがある)」とあるが、まさに交際の要諦である

一日一斎物語的解釈
人物を鑑定する際は、言葉に惑わされることなく、表情を観察することも忘れてはいけない。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、営業2課の本田さんと同行しているようです。

「いつになっても、はじめてドクターに会う時は、緊張するものですね」

「そうだよね。相手のキャラクターがわからないうちは、会話も手探り状態だよな」

「課長は相手のどういうところを見て、キャラクターを判断していくのですか?」

「俺自身が口達者なところがあるから、逆に言葉だけに惑わされないことは意識しているかなぁ」

「特に相手はドクターだと、言葉を信じてしまう傾向はありますよね」

「そう。それで何度も痛い目に遭った」

「私もです」

「それで今は表情を読むことを意識しているよ。後は声色かな」

「声色ですか?」

「言葉には色があると思うんだよ。同じ『ありがとう』でも、心から満足している『ありがとう』と、内心不満な『ありがとう』では、明らかに声の色が違う」

「深いですね」

「そんなことないよ。観音様って居るだろう。あの文字を考えてごらん。音を観るって書くんだよ」

「あぁ、本当ですね!」

「つまりは、仏様であっても声を出してくれないと本当の心は読み取れないのかも知れないね」

「たしかに、無口な人は一番応対が難しいです」

「俺が最も苦手とするタイプだよ。そんな人に会うと、昔は一所懸命に話しかけてしまっていたな。(笑)」

「今は違うんですか?」

「今は、こっちもあまりしゃべらない。無言で心と心の会話を心掛けるんだ」

「それで何かわかりますか?」

「いや、わからん」

「ははは、ですよね!」

「でもね。こっちも口数を少なくすると、相手も必然的に少しは話してくれる。その結果、声の色を観ることができるわけ!」

「さすがは、神坂課長ですね!」

「だてに、営業人生を20年近くも歩いてはいないだろ?(笑)」

「今日は、私も音を観てみます!」


ひとりごと

本来、観音様の観音とは、見えないものを心の眼で観るということのようです。

しかし、神坂課長のように解釈しても間違いではないでしょう。

我々凡人には、無音から察するよりも、実際に発せられた音から察する方が容易なはずですから。


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