今日のことば

【原文】
古の賢者、志を当時に得ざれば、書を著して自ら楽み、且つ之を後に遺す。一世に於いては則ち不幸なり。而も其の人は則ち幸不幸無し。古今此の類少なからず。〔『言志耋録』第231条〕

【意訳】
昔の賢人は、その時代に志を遂げることがができないとわかれば、書物を著して自らの楽しみとし、それを後世に残すものだ。その人は、生きていた間は不幸だったといえるかも知れない。しかし、いまになってみれば、別に幸せでも不幸でもないであろう。今も昔もこのような例は少なくない

【一日一斎物語的解釈】
不遇な時には、自分の想いを文章にして楽しめばよい。自分の境遇を憂うのではなく、生きている間に何ができるかが重要なのだ。


今日のストーリー

シンガーソングライターの笠谷俊彦は、久しぶりにアルバムを発売したものの、新型コロナウィルス感染症の影響で思うようなプロモーションができず苦しんでいた。

「和田さん、俺ってどこまでツイてないんだろうな。こうやって、やっとアルバムを出したのに、プロモーションができないなんてさ」

「笠谷、苦しいのはお前だけじゃない。行きつけの大将のお店も閑古鳥が鳴いていて、いつまで続けられるかわからないと言っていた」

「え、大将のお店もですか? ということは、あのママのお店も厳しいのかなぁ」

「ライブハウスなんてもっと大変だぞ。飲食店という枠に入れずに、支援金すら支払われないんだからな」

「そうか、俺だけじゃないんだな。みんな、大変なんだな」

「そうだよ。でも、お前には生まれたてのアルバムがあり、素晴らしい曲がいくつもある。今は歌える場所で、魂を込めて歌い続けろ!」

「そうだね。今回は、売れっ子作詞家のふちすえあきさんの詩を歌わせてもらえるんだから、俺は幸せなのかもな」

「短期的に物を見るなよ、笠谷。今この瞬間だけ切り取れば、不幸のどん底かも知れない。しかし、人生は長いからな」

「とはいっても俺ももう40歳だぜ。生きている間に幸せになれるのかなぁ」

「幸せの定義は人それぞれだ。アルバムが売れることが幸せだというのなら、幸せは感嘆にはつかめないかもな」

「和田さん、酷いこと言うじゃないか!」

「それはそうだろう。今はCD自体が売れなくなってきている。しかも、このアルバムは自主製作盤だぞ。ミリオンセールスは期待できないだろう」

「そ、それはそうだけど、20万枚くらい売れればヒットアルバムと言われる。そこを目指したいのに、夢を摘むようなことを言わないでくれよ!」

「俺はお前に売れる歌手になって欲しいとは思っていない。それは前にも言ったはずだ」

「それは覚えているよ。ひたむきに歌い続け、50年後に聞いても人を感動させるような曲を歌おうって言ってくれたよな」

「そうだ。こんなにつらい時でもお前には、お前自身が生み出したメロディがある。それを後世に残せるなんて幸せなことだと思うんだけどな」

「なるほど、そうか。こうやってCDを残せば、俺が死んだあとにも聞いてくれる人がいるかも知れない。50年後にも、人生と戦う人の背中を押すような曲を歌い続けたいな」

「そうだよ。そういう曲を作り、お前の曲に背中を押されている人がいることを信じて歌い続けていけ」

「ありがとう、和田さん。人の背中を押す曲を歌う俺が、いつも和田さんに背中を押されている。これじゃ、ダメだよね?」

「弱い自分も自分の一部さ。そういう人の弱さを理解してあげられる男になれ。そんな想いがお前の歌に、そして声に籠れば、きっとまた背中を押すことになるんだよ」

「そうか、弱い自分も自分か。俺の曲を聞いた人が、自分の弱さをさらけ出して泣いて、そしてまた再び立ち上がる。そんなことができたら、俺はやっぱり幸せだな」

「さあ、もうすぐライブハウスがオープンするぞ。しっかり準備して、魂の叫びを伝えるんだ!」


ひとりごと

誰にでも不遇の時は訪れます。

そのとき、大切にするべきものは「今このとき」です。

今このときに自分にできることを、ただひたむきにやり続ける。

それで幸せになるかどうかはわかりませんが、やり切った充実感に浸れることは間違いありません。

実はその充実感こそが幸せの正体なのではないでしょうか?


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