日のことば
【原文】
古書画は皆古人精神の寓する所にして、書尤も心画たり。此(これ)に対すれば、人をして敬を起して追慕せしむ。宜しく時時之を展覧すべし。亦心を養うの一たり。〔『言志耋録』第281条〕
【意訳】
古い書や絵画には、総じて昔の人の精神が宿っているものであるが、なかでも書にはもっとも心が描き出されているものだ。それを鑑賞していると、自然と尊敬の念が生じ、古人を慕う気持ちになる。時々そうした書画を鑑賞すべきである。それがまた、心を養うことになるのだ。
【一日一斎物語的解釈】
書には、作者の心が宿る。偉人の書を鑑賞することもまた修養のひとつである。
今日のストーリー
今日の神坂課長は、総務部の西村部長に誘われて、N市立博物館にやってきたようです。
「不要不急の外出の感もありますが、これだけ人が少なければ問題ないですかね?」
「私も迷ったんだけどね。どうしても渡辺崋山の書画は観ておきたかったんだよ」
「以前に岩村に言ったときに、渡辺崋山の絵を観たことを覚えています」
「うん、この人は田原藩の家老で、しかも学者であり絵師でもあった人なんだ」
「マルチな才能の方だったんですね。たしか一斎先生の肖像画も書いていましたよね」
「うん、それも観れるはずだ。さっそく入ってみよう」
「崋山の絵と書がこれだけ揃うのは、滅多にないことだよ、神坂君」
「西村さん、興奮してますね。(笑)」
「それはそうさ。ほら、あそこに国宝の鷹見泉石の肖像画がある」
「あ、あれは岩村で観ましたね。覚えています」
ふたりはしばらく無言で渡辺崋山の絵と書に見入っていたようです。
「以前、岩村で一斎先生の書や渡辺崋山の絵を観た時は、絵の方に関心がいって、書にはあまり感じるものがなかったのですが、今回は書の方に魅力を感じます」
「おぉ、それは君が人間的に成長した証拠だね」
「そうなんですか?」
「書にはその作者の魂が宿っているからね。言霊がほとばしり出てくるのを感じるようになったら、大したもんだよ」
「この人の書からは、繊細さが伝わってきます」
「これが遺書だね。『不忠不孝渡邉登』と書かれている。母親を残して自害する空しさが文字からひしひしと伝わってくるなぁ」
「はい。なぜか涙が出てきました」
「神坂君の心もかなり穢れが落ちて来たな」
「そうでしょうか?」
「美しい心の持ち主でなければ、この書を観ても涙は出ないだろう」
「書を鑑賞することも、ひとつの修養になりそうですね」
「場合によっては絵画以上に、書を鑑賞する方が心の修養になるかも知れないなぁ」
「はい。また、こういう展示会があったら誘ってください!」
ひとりごと
文字は上手に越したことはありませんが、大事なことは魂を込めて書くことでしょう。
文字に思いを込めれば、その思いは相手にしっかり伝わるものです。
小生も何度か偉人の書を鑑賞し、その度に文字が発するメッセージを感じ取ろうと試みました。
まだまだ修行の身であり、受け取ったメッセージが正しいか否かはわかりませんが、これからも偉人の書を鑑賞する機会を積極的に作っていく所存です。

