今日のことば
【原文】
人は皆往年の既に去るを忘れて、次年の未だ来らざるを図り、前日の已に過ぐるを舎てて、後日の将に至らんとするを慮る。是(ここ)を以て百事苟且(こうしょ)、終日齷齪(あくさく)して以て老死に至る。嘆ず可きなり。故に人は宜しく少壮の時に困苦有り艱難有るを回顧して、以て今の安逸なるを知るべし。是れ之を自ら本分を知ると謂う。〔『言志耋録』第284条〕
【意訳】
人間という生き物は誰でも、過ぎ去った年のことは忘れて、これからやってくる翌年のことを考え、昨日のことを真摯に顧みることをせずに、来てもいない明日のことを心配する。そんなことだから、万事をいい加減に処理し、小事にこだわった挙句、やがて老いて死んでいくことになるのだ。なんと哀しいことではないか。それ故に、人間は若い頃の苦しみや辛い出来事をよく振り返って、今現在が平穏無事であることに感謝をすべきだ。これこそが自分に与えられた本分を尽くすということなのだ。
【一日一斎物語的解釈】
まだ訪れてもいない明日を憂うより、来し方を顧みて、今現在を平穏に過ごせていることを知るべきである。
今日のストーリー
今日の神坂課長は、休日を自宅で過ごしているようです。
奥様の菜穂さんが話しかけています。
「ねぇ、イサム。せっかく高騰したビットコインがまた下がってきたんだけど、そろそろ売り時なのかな?」
「さあ、どうかな。テスラの株が急落したみたいだし、もっと下がるんじゃないの?」
「だよねぇ、どうしよう。利益を確定しちゃおうかなぁ。どう思う?」
「だから、下がる可能性が高いから売ってしまえば良いんじゃない」
「でもさぁ。また、上がったら損をするしなぁ」
「あんまり欲を出さない方が良いんじゃいないのか。とりあえず儲かっているんだからさ」
「だよねぇ・・・。でもなぁ・・・」
翌日、神坂課長は大累課長を誘ってランチに出掛けたようです。
「大累、なんで女ってのは、まだ来てもいない未来を心配したがるんだろうな」
「別に女性がみんな神坂さんの奥さんと同じ考え方ってわけではないでしょう」
「そうかなぁ。俺の付き合った女は大概そうだったけどなぁ」
「たしかに、まだ起きてもいないことを心配するのは、バカらしいとは思いますけどね」
「そうだろう。これまでいろいろと苦労して、なんとか今を無事に生きられている。それだけで幸せだと思うんだけどな」
「神坂さん、いつの間に悟りを開いたんですか?」
「そういうわけじゃないけどな。そうやって起こりもしない未来を心配して死んでいくのは、あまりにも人生を無駄にしている気がするんだよ」
「奥さんにそう言ったんですか?」
「バカたれ、そんなこと言ってみろ。間違いなく、大喧嘩の始まりさ」
「なるほど」
「毎朝目が覚めて、今日も生きている。一日が終って眠りにつける。それだけでもありがたいことなのかも知れないぞ」
「神坂さん、どうしちゃったんですか? 熱でもあるのでは?」
「平熱だ! さっき店の入り口で計ったじゃないか。ほら、前に兄貴が急死しただろう。兄貴だって、まさか今日死ぬと思って目覚めたわけではないはずなのに、その日の夜には棺桶の中だったわけだ」
「あぁ、たしかに・・・」
「とにかく、生きているだけで丸儲け。そう考えて、先のことを心配し過ぎずに、自分の分際をよく弁えて生きていかないとな」
「今日から、神坂さんを『仙人』と呼ばせてください。(笑)」
ひとりごと
まだ見ぬ未来を心配する気持ちはわかります。
しかし、想像通りの未来が来なかったことも、長年の経験からわかっているはずです。
それならば、何とか苦労を乗り越えて今日まで生きてきた来し方に思いを馳せ、今が無事であることを喜び、今ここに集中すべきなのではないでしょうか?
明日は明日の風が吹くのですから。

