今日のことば

原文】
人は欲無きこと能わず。欲は能く悪を為す。天既に人に賦するに性の善なる者を以てして、而も又必ず之を溷(みだ)すに欲の悪なる者を以てす。天何ぞ人をして初めより欲無からしめざる。欲は果たして何の用ぞや。余謂(おもえ)らく、欲は人身の生気にして、膏脂(こうし)精液の蒸する所なり。此れ有りて生き、此れ無くして死す。人身の欲気四暢(ちょう)し九竅(きょう)毛孔に由りて漏出す。因りて軀殻をして其の願を熾(さかん)ならしむ。悪に流るる所以なり。凡そ生物は欲無き能わず。唯だ聖人は其の欲を善処に用いるのみ。孟子曰く、「欲す可き、之を善と謂う」と。孔子曰く、「心の欲する所に従う」と。舜曰く、「予(われ)をして欲するに従い以て治めしめよ」と。皆善処に就きて之を言うなり。〔『言志録』第110条〕

【意訳】
人間には欲がつきものであり、この欲が悪さをする。天は人に善性を与えておきながら、これを乱すのに欲を与えている。天はなぜ人に欲を与えないようにしなかったのか。欲はいったい何の役に立つのだろうか。私は思うのだが、欲とは人が生きるための生気であって、身体の油や精液の発散する場所である。人はそれがあるから生きることができるのであり、それが無くなれば死んでしまう。人の欲は体中に拡散し、目や鼻といった九つの穴や毛穴から漏れ出てくるのである。それによって身体を欲へと駆り立てるのであり、そのために悪を為すことになるのであろう。すべて生物から欲を無くすことはできない。ただ聖人と呼ばれる人だけが、その欲を善い方に活用するのである。孟子は「こうありたいと願うことを善という」といい、孔子は「心の思うままに従う」といい、舜帝は「私をして心の欲するままに統治せよ」と言った。聖人たちは皆、善い方向へと善を活用したのである。

【一日一斎物語的解釈】
天は人間に善性と欲望を与えている。実は人間は欲望があるからこそ生きていけるのだ。しかし、欲望が悪を引き起こす要因となるのは間違いない。人は無欲になることは不可能であり、聖人と呼ばれた人は、この欲望を見事にコントロールして善い方向に活用しているのだ。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、石崎君と同行中のようです。

「あっという間にオリンピックも終わってしまいましたねぇ」

「いろいろ言われたけど、いざ始まってみればスポーツの素晴らしさに酔いしれたな」

「はい、たくさんの感動をありがとう、って感じです」

「俺はやっぱり野球の金メダルが一番うれしかったな」

「巨人からは坂本選手だけしか参加しなかったのにですか?」

「そういう小さいことは関係ないよ。日本の野球界にとってオリンピックの金メダルは悲願だったんだ。長嶋さんも星野さんも成し得なかったことだからな」

「歴史的な出来事だったんですね。そういえば、金メダルをとった選手がよく『無欲の勝利』という言葉を口にするんですけど、本当に無欲だったのでしょうか?」

「人間は無欲になんてなれないと俺は思っている」

「では、『無欲の勝利』というのは嘘ですか?」

「嘘ではないだろう。ただ、メダルを取る選手は、メダルが欲しいと思ってプレーはしていないと思うんだ」

「でもメダルを目指して練習してきたんじゃないんですか?」

「もちろんそうさ。しかし、いざ競技が始まれば、メダルのことは頭にないはずだ。それよりも、練習してきたことを100%、いやここぞという場面では120%発揮しようと考えているだけだと思う」

「自分がやってきたことを信じてプレーするということですか?」

「そのとおり! 『練習は裏切らない』という格言もあるくらいだからな。誰よりも練習してきたという自信が、ここぞという場面で120%の力を生むんだろうな」

「100%ではなく120%の力を出せた人が勝つんですね」

「そうだと思うな。誰だってメダルは欲しい。だからそのために死に物狂いで練習をする。その練習が自信を生み、メダルが欲しいという欲望を抑え込むんだよ、きっと」

「私たち営業の世界だとなかなか難しい境地ですね」

「そうか? 俺は野球をやってきた。もちろんプロになれるレベルではなかったけど、試合で最高のプレーができるように精一杯練習をしてきた。それと全く同じ気持ちでお客様に接して、医療器械をご提案しているつもりだぞ」

「そうだったんですか。私はそこまで考えていませんでした」

「お前もサッカー少年だったんだろう? だったら、その時の熱い気持を思い出して、営業に全力で取り組め」

「売り上げは二の次ですか?」

「ここだけの話だが、俺は売り上げのことを真面目に考えたことはない。どうしたらお客様に喜ばれるか、それだけを考えているんだ」

「それで数字はついてきますか?」

「野球でも選手一人ひとりがベストのプレーをすれば、結果的にチームは勝つんだ。同じように、お客様にとって最善の提案ができれば、数字は勝手についてくるよ」

「(かっこいいなぁ)」

「えっ、何?」

「いや、課長は見かけによらず、良いことを言うなと思いまして」

「ちっ、お前は見かけどおりの小生意気なガキだな!!」


ひとりごと

人間は欲望がモチベーションとなって努力する生き物ではないでしょうか。

欲望のために日々の努力を怠らなければ、欲望を忘れるくらい打ち込んだ結果として、望む成果を手に入れることができるのかも知れません。

だからこそ、ここぞという場面では、逆に欲望を抑え込む必要があるのです。


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