今日のことば

原文】
古今舜を以て大孝の人と為せり。舜は固より大孝なり。然れども、余は舜の為に此の名を称するを願わず。舜は果たして孝子為(た)らんか。其の此の名有るを聞かば、必ず将に竦然(しょうぜん)として惴懼(ずいく)し、翅(ただ)に膚(はだえ)に砭刺(へんし)を受くるのみならざらんとす。蓋し舜の孝名は、瞽瞍(こそう)の不慈に由りて顕わる。瞽瞍をして慈父たらしめば、則ち舜の孝も亦泯然(みんぜん)として迹(あと)無からん。此れ固より其の願う所なり。乃ち然るを得ず。故に舜は只だ憂苦百端、罪を負い慝(とく)を引き、父の為に之を隠す。思う、己、寧ろ不孝の謗(そしり)を得んとも、而も親の不慈をして暴白せしめじと。然して天下後世の論已に定まり、舜を推して以て古今第一等の孝子と為して、瞽瞍を目して以て古今第一等の不慈と為す。夫れ舜の孝名、摩減す可からざれば、則ち瞽瞍の不慈も亦摩減す可からず。舜をして之を知らしめば、必ず痛苦に勝(た)えざる者有らん。故に曰く、「舜の為に此の名を称することを願わず」と。〔『言志録』第116条〕

【意訳】
昔から舜帝は天下の孝子されている。実際に舜は大孝の人であろう。しかし、私は舜帝のことを思うと、それを称されることを願わない。舜はいったい孝子なのか? 舜がこれを聞けば恐れ多いものと、肌に針を刺されたように感じるであろう。思うに舜の孝行は父である瞽瞍の無慈悲によるのだ。瞽瞍が慈悲深い父であったなら、舜の名は後世に響くことはなかったであろう。むしろ舜はそれを願ったが、かなわぬことであった。このために舜はもだえ苦しみ、罪を負い、罪悪を引き受けて父をかばったのである。私が思うに、舜は自分は親不孝者と謗られようと、父の無慈悲を覆い隠そうとした。しかし実際には舜の孝行は天下に響き、瞽瞍は天下の無慈悲者として定着してしまった。舜帝の孝行振りも、瞽瞍の無慈悲さも消し去ることはできない。舜にこの事を知らせれば、苦痛に耐えられないであろう。それ故に、私は「舜の孝行振りが称されることを願わない」と言うのだ、と一斎先生は言います。

【一日一斎物語的解釈】
中国伝説の皇帝・舜は天下の孝行息子だとして知られているが、その影には父である瞽瞍(こそう)の無慈悲があった。瞽瞍が舜に愛情を注いでいたなら、舜がこれほどまでに孝子として称賛されることはなかったであろう。このように善行の影には、人に知られたくはない事実が隠れていることもある。人を称賛するにしても、非難するにしても、出来る限り事情を拝察すべきである。

今日のストーリー

今日の神坂課長は、佐藤部長の部屋に居るようです。

「部長、善い行いをしている人は、褒められて必ずしも喜ぶというわけでもないんですね」

「ほぉ、何があったの?」

「Y社に粟野君という好青年がいるんです。彼は担当施設でも知らない人がいないくらいの孝行息子らしいんですよ」

「いまどき珍しいね」

「はい。それで、この前偶然話をする機会があったので、そのことを聞いてみたんですよね」

「なるほど」

「そうしたら、自分が孝行息子だと言われることはあまり嬉しくないと言うんです」

「理由は?」

「自分が親の面倒をみているということは、親からしたら息子に面倒をみさせていることになるじゃないですか。つまり、親が自らの力では生計を立てられていないことがわかってしまう。それは親にとっても辛いことだし、そう思わせてしまうことは、自分にとってもとても辛いことだと言うんです」

「真の孝子だね、その青年は!」

「え?」

「これは一斎先生の言葉にあるんだけどね。中国伝説の皇帝・舜は親孝行で有名な人なんだけど、彼が孝行息子だと言われることになった発端は、彼の父親にあるんだ」

「ほぉ」

「舜を生んだ母親は亡くなっていて、父親は再婚し、その女性との間に舜の弟が生まれた。そこで、父親は舜が邪魔になって、なんども舜を殺そうとしているんだよ」

「自分の息子をですか?」

「うん。それでも舜は父に対して自分の孝を貫くんだ。それで、彼は孝行息子だという評判が立ったというわけ」

「その父親は、とんでもない奴ですね。自分の息子を殺そうとするなんて尋常じゃないですよ!」

「いま神坂君が感じたことを誰もが感じるよね。しかし、舜がそういう発言を聞いたら、彼はその辛さに耐えられなかったはずだ、と一斎先生が言っているんだよ」

「あー、粟野君と同じ話ですね」

「うん。父親が無慈悲な人間だということがあからさまになってしまうことが、舜にはなにより耐えきれないだろうということだよね」

「たしかに、そうかも知れませんねぇ・・・」

だから、今の神坂君の話を聞いて、その粟野君という青年は、舜にも匹敵する孝行息子だな、と思ったの」

「なるほどなぁ。人の気持ちは複雑なんですね。私ならそんな父親に孝を尽くそうとも思いません。それでもあえて我慢して孝を尽くすなら、褒められた時には当然だとそっくり返りますよ!」

「ははは。普通はそうだよね」

「そうか、人を安易に貶すのは当然ダメなのはわかっていましたが、褒める場合にも相手の感情を推し計る必要があるんですねぇ・・・。いやー、むずかしいなぁ、人の心は!!」


ひとりごと

人間の感情というのは複雑なものです。

誰で褒められたら嬉しいだろうと考えがちですが、この事例のようなケースも考えられるわけです。

安易に褒めたり、貶したりするのではなく、常に相手の心を推し計ることがなにより重要だということでしょう。


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