今日のことば

原文】
賢者は(ぼっ)するに臨みて、理の当に然るべきを見て以て分と為す。死を畏るるを恥じて死に安んずるを希(こいねが)う。故に神気乱れず。又遺訓有りて、以て聴くを聳(そびや)かすに足る。而して其の聖人に及ばざるも、亦此に在り。聖人平生の言動、一として訓に非ざるは無く、而して歾するに臨み、未だ必ずしも遺訓と為さず。死生を視ること、真に昼夜の如く、念を著くる所無し。〔『言志録』第133条〕

【意訳】
賢人は臨終に際して、その死を道理の上で当然のこととして受け入れるので、死を畏れず、安らかに死ぬことを望むものである。このために心を取り乱すこともない。また遺訓によってそれを聴くものの心をゆさぶる。しかしこれこそが聖人に及ばない点であるとも言えるのだ。なぜなら聖人の平生の言動はすべて人の教えとなるものであるから、必ずしも遺訓を遺さないのである。死生を昼夜の如く見ているため、心を惑わすこともないのだ。

【一日一斎物語的解釈】
仕事においても、危急の際に心を惑わすことなく、言葉で人を導くリーダーは有能と言える。しかし、日頃から常に有事に備えて言葉で教え諭すリーダーの下では、危急のときにもメンバーは各々が最適な行動を取るようになる。それが理想のリーダー像である。


今日のストーリー

J医療器械が販売した医療機器が患者さんの体内で脱落するという事故が起きたようです。

「脱落したパーツは回収できたのか?」

神坂課長が担当の本田さんに尋ねています。

「はい。直ぐに回収できたようで、患者さんには大きな被害は出ていません」

「そうか、それは不幸中の幸いだ。それで、ドクターへの説明は?」

「はい、メーカー担当者と私で済ませています。かなりお怒りでしたが、最後には、とにかく再発防止をしっかりしろと言って頂きました」

「うん、ドクターの信頼を失ったのは間違いないが、それはまた時間をかけて取り戻そう。ところで、患者さんへの説明は?」

「それはドクター側でやるとのことでした」

「それなら、とりあえずやるべきことはやった、ということだね」

「はい」

「明日には俺もドクターにお詫びにあがろう」

「よろしくお願いします。それにしても課長、こんな大きな事故があったというのに、とても冷静ですね。的確に指示を与えて頂いたので、私も次第に落ち着きを取り戻すことができました」

「いや、俺なんかまだまだだよ。こうやって事が起きてから、後追いで指示を出しているだけだからね。その点、佐藤部長は平生のうちから、こういう事態に備えていろいろとアドバイスをしてくれる。実はそのアドバイスを思い出しながら、みんなに指示を出しただけなんだよ」

「そうでしたか。でも、私から見たらお二人ともすごいです。腹が据わっているというか、本当に心強く感じました」

「賢者と呼ばれる人は、素晴らしい遺訓を残す。しかし、実はそれこそが賢者が聖人に劣る理由だと、一斎先生は言っている」

「なぜですか?」

「聖人は常日頃から人の心に残る言葉を発しているので、あえて死の間際に遺訓を残す必要がないんだそうだよ。部長と俺の差もそこにあるのかもね」

「あぁ、そういうことですか」

「いや、待てよ。そうなると俺も賢人ということになるな。こりゃ、前言撤回だな」

「ははは。良いじゃないですか。お二人はやはり賢人と聖人ですよ!」


ひとりごと

緊急事態となっても、冷静に対応できるリーダーは心強いものですが、しかし、最高のレベルではない。

平生のうちから、緊急事態に備えて、メンバーに備えを徹底させているリーダーこそが最高レベルなのだそうです。

パニックに陥る人と言うのは、想定外のことが起ることをまったく考えていないことが多いようです。

日頃から、想定外のことは必ず起きるものと考え、想定外を想定しておくことが重要なのでしょう。


sick_panic_man