今日のことば

原文】
一部の歴史は、皆形迹(けいせき)を伝えて、情実或いは伝わらず。史を読む者は、須らく形迹に就きて以て情実を討出(とうしゅつ)するを要すべし。〔『言志録』第141条〕

【意訳】
一部の歴史の中には、すべて表面上の形跡を伝えるだけで、その出来事の中で起きている人間の心の動きを伝えようとしていない。歴史を読む(学ぶ)者は、表面上の事実からその内にある実情を探り当て、つかみ出さなければならない。

【一日一斎物語的解釈】
歴史上の出来事を読み取る際には、表面的な事実だけでなく、その奥にある登場人物の心の動きを捉える必要がある。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、元同僚の西郷さんと食事をしているようです。

「『論語』がなぜ二千五百年もの長期に渡って読み継がれてきたかが少し分かる気がしてきましたよ」

「ほぉ、ぜひ聞かせてほしいな」

「孔子の言葉にしても、他の弟子達の言葉にしても、言葉だけが記載されていて、どんな場面かが書かれていないですよね?」

「うん」

「それがかえって読む人に自由な発想をさせているんじゃないですか?」

「神坂君、流石だね。その通りだと思うよ。もし細かく場面設定が書かれていたら、読む方も発想が広がらないよね」

「はい。自由に孔子や子路、顔回の気持ちを想像して、自分の学びにすることができる」

「つまり読む人の数だけ違う『論語』が生まれるんだよね」

「あー、そうです! だから、これだけ長い間、読み継がれてきたんじゃないかなぁ」

「どんなシーンを想定するかで、孔子の立場も変わってくるから、当然想像する孔子の気持ちも変わってくるよね」

「はい。孔子は自分自身のことを謙遜しているととるのか、弟子たちを今してめているととるのか、そのシーンの捉え方で全然違う問答になるんですよ」

「現に、有名な先生方の解釈ですら、あれだけ異なる解釈がされる訳だからね」

「それって、歴史上の出来事も同じかも知れませんね」

「そうだね。学校の授業では、どうしても出来事だけが表面的に教えられて終わってしまう。だけど、本当に重要なのはその出来事の中に登場する人物の心の動きを読むことだと思わないかい?」

「おっしゃるとおりです。歴史の授業でも、そういうことをディスカッションしたら、面白い授業になりますね」

「歴史好きな少年・少女が増えるよね!」

「はい。サイさんの読書会も実はそこがとても勉強になっています。『論語』の章句を読んで、参加者の皆さんがどう感じたか、ご自身の出来事に照らして話をしてくれるので、とても勉強になります」

「私はあくまで読書会の主査でしかない。多くの先生方の解説を併記して、参加者の皆さんに自由に章句を味わってもらい、感じたことや学んだことを話してもらう。それが最大のウリだと思っているんだ」

「はい。こんな読書会は他になかなかないですよね。これからもできるだけ参加させて頂きますので、よろしくお願いします!」

「こちらこそ。これは私が死ぬまで続けると決めたライフワークだからね。ぜひ末長くお付き合いください」


ひとりごと

古典を読む際には、正解を探すべきではありません。

極端な言い方をすれば、間違った解釈をしても良いのです。

それよりもそこから何を学び、どう仕事や人生に活かすが重要なのです。

そういう意味では、自由に古典の登場人物の心を想像する読み方が最適です。

小生が主査する潤身読書会では、常にこうしたスタンスで会を運営しています。

そしてこの一斎先生の章句を読んで、歴史もまたそうした捉え方で良いのかもしれないと思う様になりました。


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