今日のことば

原文】
昏睡して囈語(げいご)を発するは、心の存せざるを見るに足る。〔『言志録』第187条〕

【意訳】
ぐっすり眠り込んで、寝言を言うようでは、常に全力を尽そうという心を失っていることが露呈してしまう。

【一日一斎物語的解釈】
常に自分の為すべきことを成そうとしている人は、寝ている時でも気を許さないので、寝言を言うようなことはない。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、総務課の大竹課長と一杯やっているようです。

「最近は、日替わりで別の人と飲んでます」

「いきなり飛ばし過ぎじゃないの?」

「ずっと飲みに行けなくて、小遣いも余っているので大丈夫です!」

「そういうことじゃなくてさ……」

「仲間と一杯やってから帰って寝ると、ぐっすり眠れるんですよね」

「一人で飲んでも酒は酒じゃないの?」

「そう思うんですけど、実際、眠りの深さに違いがありそうなんです。最近は熟睡できているからか、寝言も少なくて助かるとカミさんに言われました」

「そういえば、神坂君の寝言はまるで起きていて誰かと話しているような寝言だったなぁ」

「社員旅行では、みんな私と同じ部屋になるのを嫌がるんですよね(笑)」

「そりゃそうだよ。うるさいだけじゃなくて、ちょっと怖いからなぁ」

「人を化け物みたいに言わないでくださいよ。そういえば、儒学では、寝言を言っているようでは鍛錬が足りないと見るんだそうです」

「それは厳しいねぇ」

「独りを慎むというのは、起きているときだけじゃダメなんですよ、タケさん」

「いやいや、寝ている時くらい気を抜きたいなぁ」

「ひとつのことに全力を傾けることを、孟子は『心を尽くす』と言っていて、それが十分にできない人は、まず『心を存す』ことを意識しなさい、と言っています」

「心を存す?」

「結局、ひとつのことに没入できない人というのは、いろいろな物事に気を取られて集中できていない状態なんですよ。だから、まず心を存す、つまり心を一カ所に留めることに努めるべきなんです。ところが寝言を言うというのは、その心を存することすらできていない証拠なんだそうです」

「そうだとしたら、最近、神坂君が寝言を言わなくなったのは、鍛錬を積んだ成果なんじゃないの?」

「おー、そうなのかな? きっと、そうですね。そうか、俺もついにそのレベルに達したか!」

「いや、あの、軽くおだててみただけなんだけど……」


ひとりごと 

寝言を言うようでは、鍛錬が足りない。

あまりに厳しいご指摘です。

しかし、自分が取り組んでいることを夢に見るというのは、心に迷いがある証拠なのかも知れません。

これもまた、禍福終始を知って惑わぬ心をつくりなさい、という教えなのでしょう。


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