今日のことば

原文】
体膚(たいふ)の垢汚(こうお)、化して蟣蝨(きしつ)と為れば、刷除(さつじょ)せざるを得ず。又此の物も亦吾が皮毛の末に生ずる所たるを思念すれば、猶お殺すに忍びず。大人の心、天地万物を以て一体と為す。其の刑を恤(あわれ)み罰を慎むは、即ち是れ此の念頭と一般なり。〔『言志録』第213条〕

【意訳】
自分の身体から出た垢や汚れが虱(しらみ)となれば、これを取り除かざるを得ない。しかし、この虱も自分の皮膚や毛髪から生じたものだと考えると、殺すには忍びない。立派な徳のある人の心は、天地万物と一体化している。そのような人が刑罰を気の毒に思い、慎重に対処するのは、こうした考え方と同じなのだ

【一日一斎物語的解釈】
虫であっても、人間と同じように天地から生まれた物だと考えると、虫を殺すことも躊躇せざるを得ない。まして相手が同じ人間であれば、少しくらい問題があったところで、それを責めたり、非難したり、処罰を与えるようなことはできないはずだ。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、元同僚・西郷さんが主査する読書会に参加しているようです。

「孔子がこんなに人を叱ることがあるのですね?」

「この宰我という弟子は、『論語』の中ではいつも叱られているんだよ」

「昼寝したくらいで、可哀そう」

「ははは。湊さん、きっと昼寝だけが理由ではないんじゃない?」

「え、じゃあ、やっぱり昼間から女と?」

「それは、ちょっと学者先生の勘繰りが過ぎるよね。残念ながら、真の理由はわからないので、学者先生も想像たくましく色々な説を出しているけどね」

「各先生の意見がここまで分かれる章句も珍しいですね」

「それだけ孔子の叱り方が尋常じゃないということだろうね」

「でも、人の行為には必ず理由がありますよね。結果が悪い行為であっても、決して悪いことをしようとしたわけじゃないというケースもあります」

「以前の神坂君はよく頭ごなしに叱ってたよね」

「はい。それでサイさんに、今の言葉を言われたんです(笑)」

「そもそも会社で、初めから悪いことをしてやろうと思っている社員さんはいないだろうからね」

「ところが宰我には何かそうした悪いことを感じさせるものがあったんでしょうね。だから、孔子はあれほど激高したんだろうなぁ」

「あ?」

「どうしたの、湊さん?」

「この前、娘が神棚の水を飲んだので、理由も聞かずに叱ってしまったんです。何か理由があったのかも知れない…」

「うん、喉が乾いたからという理由ではないかもね?」

「ちょっと、聞いてきます」

「ははは。ここがオンラインの良いところだね」

湊さんは、画面をオフにして娘さんのところに行ったようです。

「皆さん、理由がわかりました! 娘はバスケットボールをやっているんですけど、足を捻挫してしまって、どうしても3日後の試合までに治したかったから神棚の水を飲んだんだそうです」

「なんで、神棚の水を飲むと治ると思ったのかな?」

「私がお水を変えるときに、そのお水を植物にあげるんです。『神様の水だから、元気になるよ』って言いながら」

「それを見てたんだね、娘さん」

「うー、愛おしい!」

湊さんは涙ぐんでいます。

「やっぱり叱る前にちゃんと理由を聞くべきでした」

「それって、子育ても部下指導も一緒だね。簡単に叱ったり、罰を与えたりする前に、その人を信じてあげることが大切なんだな」


ひとりごと 

ここで取り上げている『論語』の章句はこれです。

宰予(さいよ)、晝(ひる)寢ぬ。子曰わく、朽木(きゅうぼく)は雕(ほ)るべからず、糞土(ふんど)の牆(しょう)は杇(ぬ)るべからず。予に於てか何ぞ誅(せ)めん。子曰わく、始め吾人に於けるや、其の言(ことば)を聴きて其の行を信ず。今吾人に於けるや、其の言を聴きて其の行いを觀る。予に於てか是(これ)を改む。

意味は、
宰予がだらしなく昼寝をしていた。
先師が言われた。「腐った木には彫刻することはできない。ぼろぼろの土の垣根には上塗りをしても駄目だ。そんな怠惰なお前をどうして責めようか.責めても仕方のないことだ」。
先師は又言われた。「私は今までは、人の言葉を聞いてその人の行いを信じた。だが今は、その人の言葉を聞いても、その行いを見てから信じるようにしよう。お前によって人の見方を変えたからだよ」。
なぜ、ここまで孔子が激しい言葉で叱責したのか、多くの学者先生の意見が分かれる章句です。
しかし、人の行為には必ず理由があります。
まず叱る前に、その理由を聞くことをお勧めします。
もしかしたら、行為は悪でも動機は善であるかも知れないのですから。


kamidana1