今日のことば

原文】
深夜闇室に独坐すれば、群動皆息み、形影倶に泯(ほろ)ぶ。是に於いて反観すれば、但だ方寸の内烱然(けいぜん)として自ら照す者有るを覚え、恰(あたか)も一点の燈火闇室を照破するが如し。認め得たり、此れ正に是れ我が神光霊昭の本体なるを。性命は即ち此の物。道徳も即ち此の物。中和位育に至るも、亦只だ是れ此の物の光輝、宇宙に充塞する処なり。〔『言志録』第214条〕

【意訳】
真夜中、真っ暗な部屋に独りで坐ってみると、総ての動きがやみ、影も形もないようである。そこで深く考えてみると、心の内には明らかに自らを照らすものがあることを悟り、あたかも一つの燈火が暗室を照らすようである。これが正にわが心の不思議な輝きを放つ本体であることに気付く。『中庸』にある性命も、道徳もこれであろう。『中庸』にあるように、すべてが程良く過不足なく、天地各々その位に安んじ、万物が化育するといったのも、ただこの不思議な光が全宇宙に充ち塞がっているに過ぎないのだ

【一日一斎物語的解釈】
中庸であることが大切であり、やり過ぎも良くない、不足するのも良くない、と言われると迷いが生じてしまう。しかし、そうした中庸の心というのは学びとるものではなく、本来は生まれたときから与えられているのだ。時には静かに自分の心と対話をすることで、天地との調和を図ることも必要である。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、営業1課の新美課長とランチ中のようです。

「最近、寝る前に5分間だけ瞑想を始めたんですよ」

「最近じゃなくて、昔からお前は迷走してるじゃないか!」

「それ、メイソウ違いですよ!!」

「え? あー、座禅とかそういうの?」

「わかっててわざと言ってるでしょ。しかし迷走のお陰で、そんな嫌味な先輩でも可愛く思えるようになってきました」

「やかましいわ! そんなにすぐに効果が出るかよ!」

「これでももう3ヶ月続けてますからね。不思議なんですけど、最近は瞑想を始めると、心の真ん中に何か光のようなものを感じるんです」

「気のせいじゃないの?」

「それが次第に大きくなってきたんですよ。これって心の本体じゃないかなと思っているんです」

「さあな。で、その光を感じるようになってから何が変わったんだ?」

「小さなことで感情を揺さぶられることがなくなりました。さっきみたいな嫌味を言われても。これって中庸ってやつじゃないですかね?」

「過不足なく、ど真ん中にいるっていう中庸か?」

「はい」

「そうなのかな? お前みたいなデブでも、瞑想できるんだな」

「デブは関係ないでしょ! と怒ると思ったでしょ?」

「おっ、怒らないのか?」

「はい。神坂さんはそうやって人の欠点をしてきする可哀そうな人だと思えるようになりましたから」

「ムカつくな! しかし、これで頭に来たらダメなんだな。よし、俺も瞑想してみるかな」

「神坂さんは昔からずっと迷走してるじゃないですか!」

「お前、嫌味な性格と人の真似しかできないオリジナリティの無さは全然変わってないぞ」

「ダメだ、いまのはムカつく!!」


ひとりごと 

ここに書かれている一斎先生の言葉については、実体験がないので語れません。

そこで、きっとこんな感じなのかな?というところをストーリーにしてみました。

一日の最後に姿勢を正して瞑想する。

必要なことなのかも知れませんし、この章句を読むたびにやってみよかと思いながら実行できていない自分が恥ずかしいです…。


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