今日のことば

【原文】
物には心無し。人の心を以て心と為す。故に人の贈る所の物、必ず其の人と同気なり。失意の人、物を贈れば物も失意を以て心と為し、豪奢の人、物を贈れば物も豪奢を以て心と為し、喪人(そうじん)、物を贈れば物も喪を以て心と為し、佞人(ねいじん)、物を贈れば物も佞を以て心と為す。但だ名有るの贈遺は受けざるを得ず。而も其の物の其の心と感通すること是の如くなれば、則ち我は受くるを屑(いさぎよ)しとせざる所有り。唯だ君父の賜う所、正人君子の贈る所、微物と雖も、甚だ敬重するに足るのみ。〔『言志後録』第175章〕

【意訳】
物そのものには心などないので、人の心がそのまま物に遷るものである。よって、人が贈る物は、その贈り主の心境を反映することになる。失意の人が物を贈れば、その物にも失意が遷る。奢った人が物を贈れば、その物にも奢りの心が遷る。国を逃れている人が物を贈れば、その物にも喪失の思いが遷る。口先だけの人が物を贈れば、その物にも佞の心が遷るものである。ただし、名目のはっきりした贈り物は受け取らないわけにはいかない。ところが上述したように、その贈り物は贈り主の心を反映しているものであるから、気持ちよく受け取れないところもある。ただ君主や父親からの賜り物や心の正しい人や立派な人からの贈り物については、どんな小さなものであっても、大いに敬重するべきである。

【一日一斎物語的解釈】
物には念が遷り込むと言われる。したがって、心持の宜しくない人物からの品物は受け取らない方がよい。物の良し悪しではなく、送り主の心をよく吟味すべきなのだ。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、営業2課の石崎君と同行しているようです。

「あれ、そのネクタイ、前の彼女からもらったものじゃなかったか?」

「そうですよ」

「よく平気で使えるな」

「え、なんでですか?」

「お前、それをくれた女の子を振ったんだよな?」

「そうですよ」

「それを見るたびに思い出さないか?」

「いま、課長に言われるまで忘れてました」

「すごいな、お前の鈍感力は」

「いちいち彼女が変わるたびにモノを捨ててたらもったいないじゃないですか」

「しかし、モノには念が籠るものなんだぞ」

「そうなんですか?」

「彼女の恨みがそのネクタイに凝縮されているかもよ」

「えー、怖いな。そういえば、このネクタイをつけた日の夜は寝苦しい気がします」

「ほらな(笑)」

「マジですか! そんなことってあるんですか?」

「あるよ。残留思念ってやつだよ。テレビ番組でFBIの超能力捜査班がその残留思念から犯人を割り出すのをやっているだろ?」

「なんだか気持ち悪いな。家に帰ったら捨てようかな?」

「その方がいいかもな」

「でも、今まで付き合った彼女の品物が結構あるんですよね」

「どれくらいだ?」

「30個くらいです」

「ひとりの女の子から30個もプレゼントをもらったのか?」

「いえ、ひとりにつき2~3個ですかね」

「お前、何人の女の子と付き合ってきたんだよ!!」


ひとりごと

小生はテレビで時折放送されているFBI捜査官の番組が好きで良く見ています。

そこでよく出て来るのが残留思念です。

そんなものが本当にあるのかどうかはわかりませんが、一斎先生が言っているのはこれと同じものなのでしょうか?

それにしても一斎先生の幅広い考え方には敬服します。


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