今日のことば

【原文】
吾人の工夫は、自ら覔(もと)め自ら覰(うかが)うに在り。義理混混として生ず。物有るに似たり。源頭来処を認めず。物無きに似たり。〔『言志晩録』第4章〕

【意訳】
私たちの学問の工夫は、自ら求め、考究することにある。世の中の正しい道理は水が湧きだすように次々と生じている。まるで何物かが存在しているようであるが、その始源の場所は見つけることができない。まるで何物も存在していないようである

【一日一斎物語的解釈】
自ら学ぶ意志を持ち続ければ、学びは止まることがない。しかし、その学びの源泉はどこにあるかを知ることはできない。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、佐藤部長の部屋にいるようです。

「きのう、サイさんから楽しく学ぶことができれば、ずっと学び続けてられると言われました。なにごとも楽しくやることが大切ですね」

「仕事もそうだよね。仕事自体を楽しまないとね」

「はい。でも、楽しいことと楽をすることは違いますね」

「楽をしているときは、楽しめていないよね。苦労して、大変な思いをするからこそ、成果が出たときに喜べるし、また頑張ろうと思える」

「つまり、楽しく学ぶということは、楽をして学ぶことではないということですね」

「うん。難しくてなかなか理解できないことがあったり、学びの時間を奪う誘惑、そういうものに打ち克たないと楽しめないからね」

「私は最近、学びにゴールはないんだなぁとつくづく思います」

「学べば学ぶほど、自分がいかに無知であるかを知ってしまうからね」

「はい。そして、もっと学ばなければと思う自分がいます」

「すばらしい。神坂君は短期間でその域まで来たねぇ」

「部長が導いてくれたからこそです。でも、不思議ですよね。知りたいことが次から次へと湧いてきます。ところが、どこから湧き出しているのかはさっぱりわかりません」

「わたしも分からないよ。学びの源泉はいったいどこにあるんだろうね?」

「きっと、それを見つけてしまったら学びが終わってしまうような気がします」

「そうかも知れない。別に源泉がどこにあろうと、楽しく学べればそれで良いんだね」

「はい。若い頃には女のケツばかり追いかけていましたし、社会人になってからは、酒とゴルフだけが楽しみでした。その頃はそれが楽しいと思っていたんですけど、いま感じている楽しさとは比べ物になりません」

「学びから得られる楽しさというのは、究極の楽しみだよね」

「それはきっと死ぬまで続けられるからなんでしょうね? さすがに80歳をこえて女性を追いかけるわけにもいきませんし、ゴルフもそうです。でも学ぶことはずっと出来ます」

「究極の学ぶ楽しみは、朋友との学びだと思うんだ。オンラインツールによって、自宅にいながら朋友と学ぶことができるようになった。これで、本当に死ぬ直前まで楽しく学べる道が開けたんじゃないかな」

「本当にそうですね。昨日、80歳を超えているおばあちゃんが読書会に参加していました。その人の笑顔はとても素敵で、目もキラキラしていたんです。学ぶことは若さの秘訣なのかも知れませんね」

「うん。そして、健康の秘訣でもあると思うよ」


ひとりごと

本当に学べば学ぶほど、自分が無知であることを思い知らされます。

そして、もっと学ぼうという意欲が湧いてきます。

汲めども尽きせぬ学びの泉を発見できたなら、あとは楽しく学べばよいのです。

楽しめることは、それだけで幸せなことなのですから。


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