今日のことば

【原文】
「憤を発して食を忘る」とは、志気是の如し。「楽しんで以て憂を忘る」とは、心体是の如し。「老の将に至らんとするを知らず」とは、命を知り天を楽しむこと是の如し。聖人は人と同じからず。又人と異ならず。〔『言志晩録』第9章〕

【意訳】
孔子が「憤を発して食を忘る」と言ったのは、その志がそのように高かったことを指している。「楽しんで以て憂を忘る」と言ったのは、その心がそのようであったことを指している。「老の将に至らんとするを知らず」と言ったのは、孔子が天命を楽しんでいたことを示している。このように聖人と呼ばれる人は一般人にはないものを持っているようであるが、しかし一方では大きく異なるわけではない

【一日一斎物語的解釈】
食事を忘れ、憂いを忘れ、身体に老いがきていることも忘れるくらいに、天命と信じる仕事に没頭できることほど幸せなことはない。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、N大学医学部附属病院の倉庫脇にある休憩室でY社の菊池さんと雑談中のようです。

「この前、会社の同僚に神坂さんのことを話したら、すごく面白がってくれたんです」

「どうせまたディスったんだろ?」

「そんなことないですよ。褒めましたよ。いや、褒めたつもりですけど……」

「どっちだよ!!」

「意外とどういう人かと聞かれると、答えるのが難しいですよね?」

「そんなことないよ。たとえば、俺のことなら、『仕事がうまく行かないときには、悶々として食事をすることさえ忘れ、仕事が順調に捗っているときは嬉しくて辛いことなど全部忘れる。そして、もう四十を超えたというのに、それに気づかず、いつまでもバカをやっている』。そんな人間だと言ってくれれば良いんだよ」

「なんか、ちょっとカッコよすぎませんか?」

「事実だと思うけどなぁ」

「少なくとも神坂さんが食事を忘れることはないと思いますけどね。競合のM社に商談を取られたときでも、牛丼のメガ盛りを食べてませんでしたっけ?」

「あれは、やけ食いだよ!」

「なんか神坂さんらしくない自己紹介だなぁ」

「バレたか。これは『論語』の中の言葉でね。孔子がある時、弟子に向って言った自己紹介のことばをアレンジしたんだ」

「やっぱり。付け焼刃はダメですね」

「そうかなぁ。結構、イケてると思ったんだけどなぁ……」

「もっと正直なやつが良いですよ」

「どんなの?」

「困っている人をみると居ても立ってもいられなくなって、自分の仕事を後回しにしてでも助けたくなる。神坂さんって、そういう人なんじゃないですかね」

「それ、いただき!! めっちゃいいじゃんか。菊池君、俺のことをそんな風に思っていてくれたのか?」

「はい」

「ちなみに、菊池君自身の自己紹介はどんな感じになるの?」

「人が聞いたら泣いて喜ぶようなお世辞の名人、ですかね」

「……」


ひとりごと

今日も、『論語』の章句を引用されています。

この章句の原文は、以下のようなやり取りの中に出てきます。

ある時、弟子の子路が、葉公と言う人から「お前さんの先生はどんな人だ?」と聞かれて、答えられなかった。

それを聞いた孔子が、こう言います。

「私は道を求めて得られないときには、悶々として食事をすることさえ忘れ、道を得ることができれば嬉しくて辛いことなどすべて忘れてしまい、もう老いがそこ迄迫ってきているのにそれに気づくことがない、そんな人間だと言ってくれれば良かったのだよ」

見事な自己紹介文だとは思いませんか?


jikosyoukai_businessman