今日のことば

【原文】
理は本形無し。形無ければ則ち名無し。形ありて而る後に名有り。既に名有れば則ち之を気と謂うも不可無し。故に専ら本体を指せば、則ち形後も亦之を理と謂い、専ら運用を指せば、則ち形前も亦之を気と謂う。並びに不可なること無し。浩然の気の如きは、専ら運用を指す。其の実は太極の呼吸にして、只だ是れ一誠のみ。之を気原と謂う。即ち是れ理なり。〔『言志晩録』第19条〕

【意訳】
理にはもともと形はない。形がなければ名前もつけられない。形があってはじめて名前をつけることができるはずである。ところがすでに理という名前がついているのであるから、これを気と名づけても問題ないはずである。したがってもっぱら本体を指す場合は、形となった後、すなわち形而下からはこれを理と呼び、もっぱら運用の側面を指す場合は、形となる前、すなわち形而上からはこれを気と呼んでもおかしくはないはずである。孟子のいう「浩然の気」は運用面を指している。その中身は宇宙万象の生成秩序の根源の働きであって、ただひとつの誠があるだけである。これを気の根源といい、即ちそれが理であるのだ

【一日一斎物語的解釈】
人間は生まれながらに道徳心をもっている。孟子はこれを「浩然の気」と呼んでいる。これを正しく育んでいけば、宇宙の摂理と一体となるのだ。それは別の言葉でいえば「誠」である。誠を貫けば、宇宙の摂理に適い、万物と一体となれるのだ。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、佐藤部長と飲んでいるようです。

「最近、『頑張らなくてもいい』みたいなことを言う人が増えていますよね。部長は、あれをどう思いますか?」

「そんなタイトルの本がよく売れているみたいだね。ああいう言葉は使う相手を間違えると、怠慢を生むことになるんじゃないかな」

「使う相手ですか?」

「うん。すごく頑張っている人、あるいは頑張り過ぎている人に、あえてそういう言葉をかけることは悪くないと思う」

「なるほど、だけど、最初から頑張っていない人にそれを言ったら、余計に頑張らなくなってしまうかも知れませんね」

「そういう人に限って、そういう言葉を真に受けるからね(笑)」

「たしかに。きっとその手の本を買っている人の多くは、頑張っていない人かも知れませんね(笑)」

「自分の怠慢を正当化するためにね(笑)」

「実は、頑張っていない人は、そのことに不安を感じているんでしょうね」

「うん。人間は生まれながらに道徳心を持っているというのが儒学の考え方だからね。頑張るべきときに頑張らないと、道徳心を育むこともできないんじゃないかな」

「道徳心がしぼんでしまうかも知れないんですね?」

「うん。道徳心を正しく育てていくと誠という徳目になる」

「誠って、わかるようでわからない言葉ですよね」

「簡単に言えば、人に嘘をつかないこと。そして、他人に嘘をつかない人であるためには、まず自分に嘘をつかない人でなければならない。つまり、誠というのは、自分にも他人にも嘘をつかない心の持ち方を言うんじゃないかな」

「頑張るべきときに頑張らなければ、誠を自分のものにできないんですね?」

「そうだね。それに頑張った時は、仮に結果が思うようにならなくても、それなりの充実感は残るよね」

「はい。やらないことを後悔するより、やって後悔した方がマシだと思っています」

「誠を手に入れた人の人生は充実しているはずだよ。それは宇宙の摂理と一致するものでもあるからね」

「宇宙の摂理、また出ましたね。やはり常に努力する人が真の幸せを感じることができるんですね」

「そのとおり。ただし、頑張ることを強制するのも間違いだと思う。『根を養えば、樹は自ずから育つ』という言葉もあるとおり、根っこに水を与えればいいんだよ」

「はい。茎や葉を引っ張って、成長させようとすれば、かえって枯れてしまうということですね?」

「結局、頑張れとか頑張らなくてよいとか、そういう表面的な言葉ではなく、いかに相手の内面に寄りそうかが大事なんだろうね」


ひとりごと

奇をてらったタイトルや、わざと一般論と逆のことを言って、人の興味を惹こうとする本が多いように感じます。

本を売るための手段なのでしょうが、考え物です。

そもそも、頑張らなくていいなどと声を大にして言うことでしょうか?

人間は生まれながらに努力を惜しまない生き物です。

だからこそ万物の霊長と言われる地位を得ているのです。

誠を胸に、日々精進する人でありましょう!!


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