今日のことば

【原文】
此の学は伝の伝有り。不伝の伝有り。堯は是を以て之を舜に伝え、舜は是を以て之を禹に伝うる如きは、則ち伝の伝なり。禹は是を以て之を湯に伝え、湯は是を以て之を文・武・周公に伝え、文・武・周公は之を孔子に伝えしは、則ち不伝の伝なり。不伝の伝は心に在りて、言に在らず。濂渓・明道は蓋し伝を百世の下に接せり。漢儒云う所の伝の如きは、則ち訓詁のみ。豈に之を伝と謂うに足らんや。〔『言志晩録』第23条〕

【意訳】
聖人の学には伝の伝と不伝の伝とがある。かつて堯が舜に伝え、舜が禹に伝えたのは伝の伝である。禹から殷の湯王に伝わり、湯王から周の文王・武王・周公へと伝わり、それがさらに孔子へと伝わったのは不伝の伝である。不伝の伝は心を通じて伝わるものであって、言葉を介さない。宋の周濂渓や程明道は思うに百世を隔てて孔子の心に接したものであろう。漢代の儒者がいう伝とは、いわゆる訓詁の学であって、字句に拘泥するのみで、これを伝と呼ぶことはできない

【一日一斎物語的解釈】
学問には、文字から学ぶ学び方と著者(聖人)の心と自分の心を通わせる学び方がある。書籍を活学するためには、後者のやり方を身につけるべきであろう。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、YouTube動画で『孔田丘一の儒学講座』を視聴しているようです。

「諸君、学問には手段が二つあることをご存知かな?」

「ひとつは直接、師から学ぶ方法。これは師事するという言い方をしますな」

「もうひとつは、古の偉人から学ぶ方法。こちらは古の偉人に私淑すると言うのはご存知じゃろう」

「今時の若い者は、このどちらもやっておらん」

「ただ根拠も怪しいネットで調べて、それが正しいと信じ込んでおる」

「しかし、ネット上は嘘やまやかしがたくさんありものじゃ。しかも、故意にフェイクニュースを流そうとする輩までおるからなぁ」

「まずは身近に師を持つべきですぞ。師を持たない人は型がないから、形なしと言われるのです」

「ところがそういうと、『私には師匠にするような人は居ません』と周囲をロクに見ることもなく、失礼なことを平気で言う」

「もしそうなら古の偉人に師を求めなされ」

「東洋でも西洋でも良い。この人はすごいと思う人に私淑しなされ」

「ワシの場合は、孔子に私淑しておる。もう三十年以上もの間、迷ったときは、『孔子ならどうするだろうか?』と考えることにしておるのじゃ」

「しかし、文字にこだわり過ぎてはいけませんぞ」

「時には、行間に秘められた古の偉人の心と自分の心を通わせるのです」

「いわば、心で学ぶのですな」

「これがないと、学問は深まらない。言葉を学んで分かったような気になっておる連中は、大概、心で学んでおらんのです」

「だから、実践が伴わない。実践が伴わないから活学できん」

「こんなものは真の学問ではないですな」

「ワシも敬愛している日本の儒学者に細井平洲という先生がおる。このひとは、『学思行、相須(ま)って良となす』と言っておる」

「学んだことを、時に偉人と心を通わせつつ思索する。その上で実行せよ、とな」

「ネットで調べたことは、なるべく直接文献に当って真偽を確かめるんですぞ!」

「では、今日はこの辺にしておきますかな」

「諸君! 独学では真の学びは得られませんぞ!」

動画が終わりました。

「なるほどなぁ。部長は一斎先生に私淑しているんだな。俺は誰に私淑しようかな?」


ひとりごと

現存する師につくことを、師事するといい、一方的に古の偉人に学ぶことを私淑するといいます。

ここでは、この師事と私淑と両方ともに大事だということでしょう。

特に私淑する場合は、文字に拘泥することなく、心を通わせるべきだとアドバイスしています。

皆様には、私淑するべき偉人はいますか?


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