一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

2015年02月

第6日

【原文】
学は立志より要なるは莫し。而して立志も亦之を強うるに非ず。只だ本心の好む所に従うのみ。


【訳文】
学問をするには、目的を立ててこれを遂行しようと志すことより肝要なことはない(志を立てることが大切である)。志を立てることも、外からこれを強制すべきでものではない。ただ本心の好む所に従うばかりである。


【所感】
志を立てることを強制してはいけない。


この言葉は日頃社内にて営業研修の講師をしている小生にとっては、大きな戒めになると共に、また悩ましい言葉でもあります。


ちなみに小生の実施している社員さん研修は、知識習得ではなく、心を磨くことを目的としております。


その社員さん教育においては常々、

夢 = For me 
志 = For you 

であり、どうせなら夢より志を持とうとメッセージをし続けているのです。


しかしこれはまさに強制以外のなにものでもありません。


過去と他人は変えることができない、といいます。


やはり強制ではなく、本人が気づくときを待つしかないのでしょうか?


ところが現在の学校教育は、知識習得(知育)の時間はあっても、人間力を磨くいわゆる修養(徳育)の時間は極めて少ないと言えます。(ようやく道徳の授業が復活することは喜ばしいことです)


よって徳育を受けていない若者の本心のままに任せていたら、小生のように中年になって大きな悔いを抱くことになりかねません。


志が立たなければ学も成就せず、また仕事においても成功は覚束ないでしょう。


なるべく若い時期に、志をもつことの大切さに気づかせる。


これは早急かつ永遠の課題なのかも知れません。


小生も諦めず、投げ出さずに心の研修を継続していく所存です。

第5日

【原文】
憤の一字は、是れ進学の機関なり。舜何人ぞや、予(われ)何人ぞやとは、方(まさ)に是れ憤なり。

【訳文】
心に発憤するという意味の憤の一字は、人が学問に進んでいくための最も必要な道具ともいえる。かの顔回が「舜も自分も同じ人間で、大志をいだいて励むならば、舜の如き人物になれるぞ」といったことは、まさしく憤ということである。

【所感】
『論語』述而篇には「憤せざれば啓せず、悱せざれば発せず」という言葉があります。啓発という言葉の出典がこれです。

孔先生は、弟子が身悶えるほど奮い立つ(憤)ようでなければ教えることはしなかったそうです。

ひとつのことを成し遂げるには、まず強く思うこと、身悶えるほどに奮い立つことが一番重要であると、佐藤一斎先生は教えてくれます。

かつて松下幸之助翁は、講演での質疑の際に、聴衆からダム式経営を軌道に乗せるにはどうすれば良いかと問われ、「わかりまへん。ただ思うことです」と答えたそうです。

そのとき多くの聴衆は失笑したそうですが、客席後方にいた若き日の稲盛和夫さんは、この答えに衝撃を受け、思うことの大切さを学んだのだそうです。

また後半部分の顔回の言葉は、『孟子』滕文公篇の冒頭にある言葉です。

舜といえば古の聖人です。強い思いをもって努力するならば、あの聖人の舜にだってなれないことはない、という強い覚悟を示した言葉です。

孔子が最も愛した高弟の顔回ならではの言葉とも言えますが、聖人も同じく人間であるから、努力次第では同じ域に達することも可能である、という言葉は私たちに勇気を与えてくれます。

さて、いま小生が憤していることは、若い人たちに古典を学ぶ場を提供していくことにあります。

もっと早く古典に親しんでいればもっと違った人生を歩めただろうに、と小生のように返らぬ悔いをしてもらいたくない、そのためには若いうちから古典を学ぶことが重要であると信じるからです。

もちろん自分の分に応じた学びの場しか提供することができないことは言うまでもありません。

このブログもその憤から生まれたのです。

第4日

【原文】
天道は漸を以て運(めぐ)り、人事は漸を以て変ず。必至の勢は、之を卻(しりぞ)けて遠ざからしむる能わず、又、之を促して速やかならしむる能わず。

【訳文】
天然自然の道は徐(おもむ)ろに運行し、人間社会のあらゆる事がらはゆるやかに変転していく。そこには必ずそうなるべき状勢があって、これを退けて遠く離すこともできないし、またこれを急がせて速くしようとすることもできないものである。

【所感】
Take it easy

Walk don't run

Let it be

Que sera sera

人は哀しいことからは直ぐに逃げ出したいと思い、愉しいことにはいつまでも浸っていたいと思うものです。

しかし、どちらも時と共に自然と変転していきます。

陰の次は陽が、陽の次は陰が待ち構えています。

だから今眼の前にあること、やるべきことを手を抜かずに、精一杯を尽すことが最善なのです。

天から与えられる課題に対し、ひとつひとつ真正面からぶつかって解決していくのみです。

第3日

【原文】
凡そ事を作すには、須らく天に事うるの心有るを要すべし。人に示すの念有るを要せず。


【訳文】
総て事業をなすには、ぜひとも天(天神・天帝)意に従う敬虔な心を堅持することが肝要である。功を人に誇示し、自分の存在を社会に認めさせようとする気持ちがあってはいけない。


【所感】
この章も耳が痛くなる言葉が続きます。


小生は未だに、功を誇り自分を認めてもらいたいという気持ちを消し去ることができていません。


一斎先生は「他人に認められたい」という思いがいけないのであって、「どうせ認められるなら天に認めてもらいなさい」と諭してくれます。


森信三先生の箴言に「一切の悩みは比較より生ずる」という言葉があります。


人と比べて何が足りないとか、何が劣っているなどと比較をして悩むのが人間の常のように思えます。
そんなどうにもならない比較をすることをやめて、我が為すべき事に全力を尽くせば、悩みは消え、しあわせを感じることができるのでしょう。

第2日

【原文】
太上は天を師とし、其の次は人を師とし、其の次は経(けい)を師とす。


【訳文】
人が学問をするにあたって師とすべきものに、天・人・経の三つがある。その中で最上なのは、天を師とすることであり、その次は立派な人を師として学ぶことであり、その次は聖人の書を師としてこれを学ぶことである。


【所感】
西郷南洲翁が沖永良部島に流された際、一斎先生の『言志四録』を貪るように読み、そこから101条を抜き出して『手抄』を作成したことは有名です。


同じく南洲翁は天について下記のような名言を残しています。

「人を相手にせず、天を相手にすべし。天を相手にして、己れを盡し、人を咎めず、我が誠の足らざる所を尋ぬ可し」


では、天とはいったい何を指すのでしょうか?


それは神と言っても良いし、お天道様と言ってもよいのでしょうが、つまりは自然界のすべてを司っている偉大な何か(サムシング・グレート)だと私は理解しています。


二宮尊徳翁は、『二宮翁夜話』の中で

「夫れ我教は書籍を尊まず、故に天地を以て経文とす。予が歌に『音もなくかもなく常に天地(あめつち)は書かざる経をくりかえしつつ』とよめり、此のごとく日々、繰返し繰返してしめさるる、天地の経文に誠の道は明らかなり。掛かる尊き天地の経文を外にして、書籍の上に道を求むる学者輩の論説は取らざるなり。能く目を開きて、天地の経文を拝見し、之を誠にするの道を尋ぬべきなり」

と、喝破しています。


聖人の書を有りがたく拝読することも重要ではあるが、それに止まることなく、不文の経文に耳を傾けることを忘れてはいけないというお教えです。


ここにも実践を重んじる陽明学の思想が色濃く出ているように感じます。


書よりも実際の人間を師とせよ、そして師と仰ぐ人間よりも天地の不文律を師とせよ、との教えは、年齢と共に頭で考えるばかりで自分の感性を磨くことを忘れている中年男の私に、まるで雷に打たれたかのような衝撃を与えてくれます。

第1日

【原文】
凡そ天地間の事は、古往今来、陰陽昼夜、日月代るがわる明らかに、四時錯(たがい)に行(めぐ)り、其の数皆前に定まれり。人の富貴貧賤、死生寿殀(じゅよう)、利害栄辱、聚散離合に至るまで、一定の数に非ざるは莫し。殊に未だ之を前知せざるのみ。譬えば猶お傀儡(かいらい)の戯の機関已に具われども、而も観る者知らざるがごときなり。世人其の此の如きを悟らず、以て己の知力恃むに足ると為して、修身使役として東に索(もと)め西に求め、遂に悴労(すいろうい)して以て斃る。斯れ亦惑えるの甚だしきなり。(文化十年五月二十六日録す)


【訳文】
天地間における事がらは、昔から今に至るまで、陰と陽があり、昼と夜があり、太陽と月とが交互に世を照らし、春夏秋冬の四季が互いに運行することなどは、その理法(運命)が総て前から定まっている。それと同じく、人の富貴とか、貧賤とか、死とか生とか、長寿とか短命とか、利とか害とか、名誉とか恥辱とか、聚合とか離散とかいうものは、ことごとく既に定まった運命でないものはない。ただこれを存知しないだけのことである。それはたとえば、あやつり人形の芝居のからくりが、もうちゃんと具わっているのを、観る人がそれと知らずに観ているようなものである。

 しかるに、世間の人々は、そのように一定の理法(運命)で支配されていることを悟らないで、自分の知恵・力量はたのみになるものと考えて、一生涯せっせと骨折り苦しんで、栄誉とか功名を東に西に探し求め、遂にやつれ疲れて倒れてしまう。これはなんとまあ、心得ちがいも甚だしいことではないか。(文化十年(1813)五月二十六日録(しる)す。


【所感】
これは一斎先生のもつ深い宿命観から発せられた言葉なのでしょう。
人生の出来事はすべてあらかじめ決まっていることで、ジタバタしてもムダである。諦観をもって日々を過ごすべきだ、と一斎先生はお考えだったのでしょうか?


私はそうは思いません。
私はこの章句から、以下のような教訓を読み取りたいと思います。
つまり、
地位や名誉や財産を得ることを人生の成功と捉えるのではなく、自分の受け持ち(分)を弁えて、自分にできる精一杯のこと(使命)を手を抜かずにやり抜くことが重要である、と。
たとえ結果が既に決まっているとしても、自分にできることをひとつひとつ積み上げていきたいと思います。
佐藤一斎先生のこの言葉も、それを教えてくれているのでしょう。


国民教育者で哲学者の故森信三先生は名著『修身教授録』のなかで、「人間というものは、自分のかつての日の同級生なんかが、どんな立派な地位につこうが少しもあわてず、悠々として、六十以降になってから、後悔しないような道を歩む心構えが大切です。知事だの大学教授だのと言ってみたところで、六十をすぎる頃になれば、多くはこれ恩給取りのご隠居さんにすぎません。」と仰っています。


禍福始終を知って惑わない生き方、今の私には程遠い道ではありますが、つねに心して、六十歳以降になって小さな花が咲くような人生を送りたいと思います。
プロフィール

れみれみ