一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

2015年03月

第47日

原文】
君の臣に於ける、賢を挙げ能を使い、与(とも)に天職を治め、与に天禄を食(は)み、元首股肱(ここう)、合して一体を成す。此(これ)を之れ義と謂う。人君若し徒(いたずら)に、我禄俸を出(いだ)し以て人を養い、人将に報じて以て駆使に赴かんとすと謂うのみならば、則ち市道と何を以てか異ならん。


【訳文】
人君たる者はその臣に対して、賢者を挙用し、有能者を使って、それらの者と共に、天から与えられた職務を尽くし、共に天から授かる俸禄をもらい受け、元首の君主と輔佐する臣とが一体となって、国家のために尽くすことを義というのである。
しかし、もし人君が徒らに、自分が俸禄を出して人民を養っているから、人民らはその恩義に報いんとして、自分の命のままに追い使われようとしているだけのことであるというならば、それは利益だけを考えて道義的観念を無視する商売の道と別に異なることがあろうか。


【所感】
人の上に立つ者は、客観的な視点で賢者あるいは有能者を登用し、上下関係を忘れて共に働くことが肝要であり、それを義と呼ぶのである。ところが上に居るからという理由だけで、下位者に対して自分の家来のように取り扱うのであれば、それは義を忘れて利にはしる商人と同じレベルとなってしまう、と一斎先生は言います。


ここでは、現在の仕事を天職と捉えて、上下の区別なく共に天命を尽くし、共に天から俸禄を頂くのだという捉え方が大変重要です。


一斎先生は、政治の話として語られていますが、一般的な私たちの社会における仕事においても、こうした意識をもってリーダーがメンバーに接するのであれば、その職場は良好な環境で素晴らしいアウトプットを生み出すでしょう。


以前にも


「立場の上下は認めても、人間そのものの上下は認めない」


という仏教の言葉を紹介しました。


リーダは決してメンバーを私物化(私有化)してはいけません。


リーダー自らがメンバーと共に働く姿勢を明確にすることの重要性に、あらためて気づかせてくれる箴言のひとつと言えます。

第46日

原文】
土地人民は天物なり。承けて之を養い、物をして各おの其の所を得しむるは、是れ君職なし。人君或いは謬(あやま)りて、土地人民は皆我が物なりと謂いて、之を暴す。此を之れ君、天物を偸(ぬす)むと謂う。


【訳文】
土地や人民は天から授かったものである。これを天から受けて養い、万物をして各々その安んずる所を得せしめるのが、人君たる者の務めである。ところが、人君が誤って、天物である土地や人民は、ことごとく自分の私有物と考えて、乱暴なことをすると、その行為は天物を盗むものというべきである。


【所感】
土地人民を私物化してはいけない。天からの授かりものとして丁重に養い育て、安定化を図ることは君としての責務である。私物化をして乱雑に扱うようでは、天からの授かりもの盗む行為に等しいのだ、と一斎先生は言います。


J・F・ケネディ大統領が自身の尊敬する人物であるとしてその名を挙げた、米沢藩主の上杉鷹山公は、次期藩主の治広公に家督を譲る際、伝国の辞として下記の三項目を申し渡したそうです。

 
一、国家は先祖より子孫へ伝え候国家にして我私すべき物にはこれ無く候
一、人民は国家に属したる人民にして我私すべき物にはこれ無く候
一、国家人民の為に立たる君にて君の為に立たる国家人民にはこれ無く候


決して民を私物化することなく、むしろ君が人民のためにあるのだ、ということを示された言葉です。


一斎先生のこの言葉を読むたびに、この上杉鷹山公のことが思い出されます。


ビジネスの世界においても、リーダーはメンバーを自分の所有物だなどと思い上がってはいけません。


メンバーのためのリーダーである、という意識をもって組織を引っ張っていくことが求められます。

第45日

原文】
寵過ぐる者は、怨(うらみ)の招なり。昵(じつ)甚だしき者は、疎んぜらるるの漸なり。


【訳文】
人から寵愛され過ぎると、かえって怨を招くことになる。また、余り親しみ過ぎると、かえって疎遠になる。


【所感】
人間関係は適度な距離を保ってこそ長く続くものだ、と一斎先生は言います。


小生も少し前に、とある方とあまりにも親しみ過ぎたために、かえって適度な距離を失い、急速に関係が悪化し、社交を断絶するという経験をしました。


リーダーとしてメンバーを寵愛し過ぎれば、そのメンバーは他のメンバーに対して優越感をもち、それが言動に現れます。


それによってメンバー間の距離感の均衡が破られ、険悪なムードを誘発することになります。


あるいは親しみが過ぎると、今まで見えていなかった欠点が目に留まりだし、嫌悪感を抱くということもあるでしょう。


営業人の場合は、お客様とも適切な距離感で接することが求められます。


馴染み過ぎると、適切な利益を確保できないなどの弊害も生まれます。


お客様と友達付き合いをすることを否定するものではありませんが、あまりオススメしない所以です。

第44日

原文】
得意の時候は、最も当に退歩の工夫を著(つ)くべし。一時一事も亦亢竜有り。


【訳文】
自分の望み通りになった時こそ、一歩後退する配慮がなければならない。
一っ時でも一つの事でも、高く昇りつめた龍(栄達を極めた身分の者)は、総て必ず衰退の悔(かい)というものがある。


【所感】
得意の絶頂に居続けることはできない。おごれる者久しからずで真っ逆さまに転落しないように、一歩退き、人に譲る心持ちがなければならない、と一斎先生は言います。


『易経』には


亢竜悔あり


とあります。


その意味は、盈(み)つるものは必ず欠ける道理であって、決していつまでも久しくその状態を保つことはできないという意味です。


奢れる者久しからず、で退くことを考慮しておかないと、必ず悔やむ時がくると指摘しています。


また、引き際の美学という言葉もあります。


リーダーたるものは、いつも自分の引き際を考慮し、いつかは自分を超えていくであろう後進を育てなければなりません。


リーダーは孤独なのです。

第43日

原文】
昨の非を悔ゆる者は之れ有り、今の過を改むる者は鮮(すく)なし。


【訳文】
過去になした誤りを後悔する者はあるけれど、現在の過失を改めようとする者は
極めて少ない。


【所感】
過去の失敗には気づくことができても、今現在の状態を正確に把握して
臨機応変な対応をする人は少ないものだ、と一斎先生は言います。


過去と他人は変えられない。


変えられない過去について憂いているばかりで、変えることができる現在の過ちを
看過してしまうことは残念なことですね。


ところが他人のことは客観的に観察できても、自分のこととなると
途端に盲目的になってしまうのが人間です。


いまここ、こそが大切です。


さて、ではいまを正しく生きるには、どうしたら良いのでしょうか。


それには、常に義を利に優先させる意識(=先義後利)を持つことだ。


小生はそう信じてボチボチやっております。。。

第42日

原文】
分を知り、然る後に足るを知る。


【訳文】
自分の身のほどを知って、初めて現状に満足することを知る。


【所感】
自分の分際をはっきりと認識する。
それによって自分がいかに恵まれているかを知ることができる、
と一斎先生は言います。


人にはそれぞれ分際・分限といえるものがあるのは事実です。


社長になれる人、部長になれる人、係長で終わる人がいるのが現実です。


あるいは、何万人ものファンを持つシンガーもいれば、
数千人のファンに愛されるシンガーもいます。


この分というものは、動かしがたいものです。


しかし、分の大小は人間の偉さとは無関係です。


分を受け容れることができれば、自分自身がいかに有り難いご縁によって、
生かされているかを知ることができます。


いま手にしているものを手放してまで、手に入れたいものがあるか?


家族、友人、同僚という大切なご縁を手放してまで、地位や名誉が欲しいのか?


そう自分に問いかけてみると、いま手にしているものの有り難さを
実感できるはずです。


若い時に、分を知れというのは酷かも知れません。


しかし人間も四十になる頃には、分を受け容れ、現状に満足することが
必要だということでしょう。


小生も五十を前にして、ようやくそのことに気づき、充実した日々を
過ごせるようになりました。

第41日

原文】
富貴は譬えば則ち春夏なり。人の心をして蕩せしむ。
貧賤は譬えば則ち秋冬なり。人の心をして粛ならしむ。
故に人富貴に於いては即ち其の志を溺らし、貧賤に於いては則ち其の志を堅くす。


【訳文】
金持や身分の貴いのは、これを譬えてみると、春や夏の気節のようなもので、
人の心を怠けさせわがままにさせる。
貧乏や身分の低いのは、これを譬えてみると、秋や冬の時節のようなもので、
人の心を緊張させる。それで、人が富貴の地位におる時は、
その志を薄弱なものにさせ、貧賤の逆境にある時は、その志を堅固なものにさせる。


【所感】
財産が豊富で、地位も高い位置にあるときは、調子に乗って淫らな生活をし、
志を保ち続けることは難しい。逆に貧乏で地位の低いときには、
かえって人は気持ちを引き締め、志を強く認識するようになる、
と一斎先生は言います。


森信三先生は、


「逆境は神の恩寵的試練なり」


という箴言を残されています。


逆境こそが人を鍛え、人を完成させるのだと言うことです。


苦労は勝手でもしろ


と言われる所以でしょう。


松下幸之助翁も


「好況よし、不況またよし」


として、不況のときこそ、今までのやり方を見直すチャンスだと捉えています。


こうした教えを知っていれば、いざ自分が貧賤の状態に陥ったときでも、
ジタバタすることなく、しっかりと志を見据えて、一歩前に踏み出すことが
できるはずです。


富貴および貧賤に処する最善の方法は、まさに下記の『論語』のことばに尽きる
といえそうです。


「富と貴(たっとき)とは、是れ人の欲する所なり。
其の道を以て之を得ざれば處らざるなり。貧(まずしき)と賤(いやしき)とは、
是れ人の惡(にく)む所なり。その道を以て之を得ざれば、去らざるなり」


君子は、正しい道(=義)を尽くして富貴を得たのでなければ、
その状態に居座るようなことはしない。
また
正しい道(=義)に則ったにも関わらず貧賤の状態となった場合は、
無理にその逆境を脱出しようとしないものだ、という意味です。


常に正しい道に則った生活をすることを心掛けたいものです。

第40日

原文】
愛悪(あいお)の念頭、最も藻鑑(そうかん)を累(わずら)わす。


【訳文】
愛憎や好悪の感情(考え)が心におこると、最も人物の鑑定に間違いをきたすものである。


【所感】
人と接する時は好悪の感情を交えてはいけない。
好悪の感情が入れば、人を客観的に正しく見ることができなくなる、
と一斎先生は言います。


中国古典の『礼記』には、


愛してその悪を知り、憎みてその善を知る


という言葉があります。


好意を抱いている人にも必ず欠点はあり、また敵意を抱く人にも
必ず長所があるということでしょう。


時折、好きな人の言うことはすべて受け容れるが、
嫌いな人の言うことはすべて否定(拒絶)するという人を見かけます。


しかしこの世の中には、言動や行動のすべてが正しい人も、
またすべてが間違っている人も存在しないのです。


必ず清濁両面を持ち合わせています。


したがって、リーダーとしてメンバーに良い仕事をしてもらうためには、
個人的な好悪の感情を外して、客観的にその仕事内容を評価することが
求められます。


更に一つ上を目指すのであれば、好悪の感情そのものを懐かない様に、
自分自身を磨いていくことが必要なようです。

第39日

原文】
人の賢否は、初めて見る時に於いて之を相するに、多く謬(あやま)らず。


【訳文】
人の賢か愚かは、最初に視た時の印象というものが、たいてい間違いがない。


【所感】
人の評価は第一印象で決まってしまうものだ、と一斎先生は言います。


ここも見る側からの視点、見られる側からの視点と2つの見方で考えてみます。


まず見る側の視点としては、第一印象すなわち直感をある程度信用せよ、
ということです。


人間の判断力は我々が思っている以上に優れているのかも知れません。


言葉、顔色、態度などから総合的に下す判断は概ね正しいことが多いようです。


次に見られる側の視点に立つと、結局心の在り方がそのまま言葉や表情に
現れてしまうので、心を正すことが肝要であるということになります。


昨日も触れたように、心の在り方を正すことが大切であり、
人間関係を良好に保つ根本であるということです。



そして、心の在り方を正すために、私たちは学び続けなければいけないようです。

第38日

原文】
心の形(あら)わるる所は、尤も言と色とに在り。言を察して色を観れば、
賢不肖、人廋(かく)す能わず。


【訳文】
心が最も外面に現われるところは、言葉と顔色である。
人のいう言葉をよく推察して、その人の顔色をみると、
その人がかしこいか愚かであるかがわかるもので、
人はそれを隠すことはできないものである。


【所感】
言葉や表情は心の在り様を素直に映し出すから、言葉と表情をよく観察すれば、
その人が理解しているか否かは明確につかむことができる、と一斎先生は言います。


小生のように、営業の世界に身を置く者にとっては、心しておくべきお言葉です。


営業人がいくら言葉を飾ったり、見せかけの笑顔で対応したとしても、
お客様にはその心は簡単に見透かされてしまうものです。


さて、この言葉も解釈の深さによって、2つの捉え方ができそうです。


1つめは、心の内をすぐに見透かされない様に、言葉を慎み、
顔に出ないように努めなければならない、という捉え方。


2つめは、いくら繕ってみても、言葉や表情を完全にコントロールすることは
不可能であるから、心の内面をいつも清く正しくしておかなければならない、
という捉え方。


『論語』の言葉に


「君子は本を務む」


とあります。


心の在り方をいつも正しい位置に置くことに努めよということが、
一斎先生がもっとも伝えたかったメッセージではないでしょうか。
プロフィール

れみれみ