一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

2015年04月

第76日

原文】
古楽は亡びざる能わず。楽は其れ何(いずれ)の世に始まる。果して聖人より前なる歟。若し聖人に待つこと有りて而して後作(おこ)りしなば、則ち其の人既に亡くして、而も其の作る所、安んぞ能く独り久遠を保たんや。聖人の徳の精英、発して楽と為る。乃ち之を管絃に被(かぶ)らせ、之を簫磬(しょうけい)に諧(ととの)え、聴く者をして之に親炙するが如くならしむ。則ち楽の感召にして、其の徳の此に寓するを以てなり。今聖を去ること既に遠く、之を伝うる者其の人に非ず。其の漸く差繆(さびゅう)を致し、遂に以て亡ぶるも、亦理勢の必然なり。韶の斉に伝わる、孔子深く心に契(かな)えり。然れども恐らくは已に当時の全きに非ず。但だ其の遺音尚お以て人を感ずるに足るも、而も今亦遂に亡ぶ。凡そ天地間の事物、生者は皆死し、金鉄も亦滅す。況や物に寓する者、能く久遠を保せんや。故に曰く、古楽亡びざる能わずと。但だ元声太和の天地人心に存する者に至りては、則ち聖人より前なるも、聖人より後なるも、未だ嘗て始終有らず。是れも亦知らざる可からず。


【訳文】
昔の音楽は、滅亡しないわけにはいかない。音楽はいつの時代に始まったのであろうか。はたして聖人より以前のものであろうか。もし、聖人が世に出てから作ったものであれば、その聖人がなくなって、その作られた音楽が、どうして永遠に残っていられようか。聖人の徳の秀でたものが、外に現われて音楽となった。これを管弦簫磬などの楽器に和して、音楽を聴く者をして、聖人に親しませるようにしたのである。すなわち、これは音楽が人を感動させて、聖人の徳が音楽のなかに存しているがためである。今は聖人が世を去ってから久しくなっているので、音楽を伝える者も昔の人のようでない。次第に相違が出てきて、遂に滅亡するようになるのも、あたりまえである。韶の善美な音楽が斉の国に伝わって、孔子はその音楽を大変賛嘆せられた。しかし、それは恐らく、舜の時のものではない。ただ残っていた音が、人を感動させるに十分なものであったであろうが、それは現在滅亡してしまった。大体、天地間の万物は、生じた物は総て死に、金属のようなものまでも、滅亡してしまう。まして、楽器に寄寓する音楽は、久しくも保ち得るものではない。それで、古代の音楽は、滅亡しないわけにはいかないというのである。ただ、元声・太和のような最上の音楽が、天地人心の中に存在しているものについては、聖人より前も後ろも変わりなく。元来終始のあるべきものではない。このことも、知っていなければいけない。


【所感】
昔の音楽は廃れていくのは当然である。聖人が作った音楽であれば、当の本人が亡くなった後に廃れてしまうのも致し方ない。その人(聖人)に親しむように作られた音楽が、当の本人でない人によって伝えられても、そこには差異が出て当然であり、その結果廃れていくのである。かつて孔子が感動した韶ではあったが、舜帝の当時とは差異が生じていたはずで、ついには廃れてしまった。すべてこの世界の事物は滅亡していくものである。ただし最上の音楽には聖人のこの世にあるなしに関係なく、本来は終始などないはずである。このこともよく覚えておくべきだ、と一斎先生は言います。


音楽は作者の逝去と共に次第に変貌し、遂には消え失せてしまうというのは、世の中のすべての事物と同様のことで、当然である。
しかし本物の音楽と呼べるものには流行り廃りはなく、永遠に存在するものであることも忘れてはならない。


この章を読んで感じるのは、音楽のような形のないものと、文学のように書という形で残されるものとの寿命の違いです。


本日、共に学ぶ仲間と道元禅師ゆかりの永平寺を訪れ、宝物殿にて、道元禅師直筆の「普勧座禅儀」を拝見し心から感銘を受けました。


これは当時既に紙と墨が発明されており、800年の時を超えた現在にも道元禅師の書が現存していればこそ感じ得た感動であろうと思います。


ところが音楽は古代においては録音という技術がなく、作者の想いの込められた演奏が残されていません。
その結果、音楽は永く存在することができなかったのではないでしょうか。


森信三先生は、名著『修身教授録』の中で、成形の功徳と称して以下のような説明をされています。


すべて物事というものは、形を成さないことには、十分にその効果が現れないということです。同時にまた、仮に一応なりとも形をまとめておけば、よしそれがどんなにつまらぬと思われるようなものでも、それ相応の効用はあるものだということです。

現実界が有形界だとしたら、この地上に一つの新たな有形物を生み出すということは、それ自身確かに一つの善事であり、功徳のあることと言ってもよいわけです。


小生は営業部門のマネジメントをしています。


マネージャーとして最初に取り組んだ事の一つが、手書きの日報をデジタル化(IT化)することでした。


書いたら書きっぱなしで、再読されることがほとんどなかった日報を、全社で共有するIT日報へと変えたことによって、本来無形であった多くの有用な情報が社の財産として活かされるようになりました。


これも成形の功徳のひとつだと認識しています。


さて一方で一斎先生は、本物は永遠であるとも指摘しています。


本物とは何か。


それは天地自然の法則であり、それに適ったものと言えるでしょう。


日々、成形の功徳を実感すべく、形にするという活動を行いながら、本物を見出し、本物を生み出せるような人間へと成長したいものです。

第76日

原文】
人君当に士人をして常に射騎刀矟(とうさく)の技に遊ばしむべし。蓋し其の進退、駆逐、坐作、撃刺(げきし)、人の心身をして大いに発揚する所有らしむ。是れ但だ治に乱を忘れざるのみならずして、又、政理に於いて補(おぎない)有り。


【訳文】
人君たる者は、武士をして弓術や馬術やそして剣道をやらせなければならない。思うに、これらの進んだり退いたり、駆けたり逐(お)ったり、坐ったり立ったり、撃ったり刺したりする動作は、人の心身を大いに鼓舞し元気づける所のものである。このようなことは、よく治まった泰平の世にいて、乱世に処する覚悟を忘れないだけではなく、また政治を行うにつけても大変たすけになる。


【所感】
君主は、武士に対して武道を学ばせるべきである。そこで学ぶ前進後退、駆けたり追ったりすること、坐ったり立ったりすること、撃ったり刺したりすることは、武士の心身を大いに成長させるところがある。有事に備えるだけでなく、政治上でも大いに意味のあることである、と一斎先生は言います。


武士である以上、武道を学ぶことは当然ですが、武道を学ぶことによって、瞬時の判断や臨機応変の対応などを学ぶことができ、それは政治を行う上でも役立つということでしょう。


戦国の世が終わり、天下泰平の江戸時代となり、武士はいつしか武人から役人へと変貌していきました。


本来は戦うことがその職務であった武士が、それなりに立派に役人として務めることができたのは、武道を身につけていたからなのかも知れません。


そうであるとすれば、現在の政治家に欠けているのは文武両道の武であると言えそうです。


決死の覚悟をもって政治にあたる政治家であるためには、彼らにも武道を身に付けさせることが必要なのかも知れません。


いや、小生のようなビジネスリーダーも然りと言えそうです。

第75日

原文】
人心は歓楽発揚(かんらくはつよう)の処(ところ)無かる可からず。故に王者の世に出ずる、必ず楽(がく)を作りて以て之を教え、人心をして寄(き)する所有り、楽しんで淫(いん)するに至らず、和して流るるに至らざらしむ。風移(うつ)り俗易(かわ)りて、斯(ここ)に邪慝(じゃとく)無し。当今(とうこん)伝うる所の雅俗(がぞく)の楽部(がくぶ)は、並(ならび)に風(ふう)を移し俗(ぞく)を易(か)うるの用無しと雖(いえど)も、而(しか)も士君子(しくんし)之を為すも、亦不可なる無し。坊間(ぼうかん)の詞曲(しきょく)の如きに至っては、多くは是れ淫哇巴ゆ(いんあいはゆ)、損有りて益無し。但(た)だ此(こ)れを舎(お)けば、則ち都鄙(とひ)の男女、寄(よ)せて以て歓楽発揚す可き所無し。勢(いきおい)も亦之を繳停(しゃくてい)す可からず。諸(これ)を病(やまい)に譬(たと)うるに、発揚は表(おもて)なり。抑鬱(よくうつ)は裏なり。表を撃(う)てば則ち裏に入(い)る、救う可(べ)からざるなり。姑(しばら)く其の表を緩(ゆる)くして、以て内攻(ないこう)を防ぐに若(し)かず。此(こ)れ政(まつりごと)を為す者の宜(よろ)しく知るべき所なり。


【訳文】
人の心というものは、大いに喜び楽しんだり、発散する所がなくてはならない。故に有徳の君王が世に現われると、必ず音楽を作って人民に教え、人心を音楽に引き寄せて楽しくさせるが、みだらなことにはならないし、互いに和合しても放逸になることもない。そのような音楽であるから、風俗が変っても邪なることは起らない。今伝わっている高尚なそして卑俗な音楽は風俗を改める効用はないけれども、学徳のある人がこれを奏でても、少しも悪いことではない。世間で行われている歌詞音曲のようなのは、大抵みだらで、しかも卑俗なもので、損があっても何等益する所はない。ただ、これを捨ててしまえば、町や田舎の男女は、互いに寄り合って、喜びや楽しみを発散する所がない。自然の成り行き上、これも無理に止めさすこともできない。これを病にたとえれば、人心を発散させるのは表であり、抑えふさがるのは裏である。表を打てば裏に入り込んで、どうしても救いようがない。それでしばらく表をゆるくして、病が内部をおかさないようにするのがよい。これは為政者たるものは知っておくのがよい。


【所感】
人の心は常に楽しみ、解放されているべきである。古の聖人が即位すると必ず音楽を作ったのもそのためである。また音楽によって人民を導いたのである。現在の雅楽なども、人民を導くということはなくなったが、悪いものではない。しかし一般の民衆における歌は、淫らなものでなにも益のないものである。かといってこれを禁止するようなことになれば、発散するところがなくなってしまう。病気でいえば一気に症状を出させずに、無理に薬で押さえ込めばかえって病状は体の奥深くに進行するようなものである。為政者はこのことをよく理解しておくべきである、と一斎先生は言います。


この章も前章と同じことを指摘していますが、特に音楽というものの有用性を説くために、もう一度取り上げたということでしょうか。


かつてビートルズ旋風が吹き荒れた頃、ロックを聴くこと、エレキギターを持つことは不良の証であるとされたそうです。


しかし今、ビートルズの音楽を否定するような論説を目にすることはありません。


時代の変遷とともに新しい音楽の要素が加わっていくのは当然の成り行きであって、これを止めることはできないということでしょう。


ただしこうした現代の流行ばかりでなく、歌舞伎や能などの伝統芸能および俳句や短歌などの文学をいかに若い人たちに伝えていくか、それが現代の課題なのかも知れません。

第74日

原文】
治安日に久しく、楽事漸く多きは、勢(いきおい)然るなり。勢の趨(おもむ)く所は即(すなわ)ち天なり。士女(しじょ)聚(あつま)り灌(よろこ)びて、飲讌歌舞(いんえんかぶ)するが如(ごと)きは、在在(ざいざい)に之れ有り。固(もと)より得(え)て禁止す可(べ)からず。而(しか)るを乃(すなわ)ち強(し)いて之を禁(きん)じなば、即(すなわ)ち人気抑鬱(にんきよくうつ)し、発洩(はつえい)する所(ところ)無く、必ず伏(ふ)して邪慝(じゃとく)と為(な)り、蔵(かく)して凶姦(きょうかん)と為り、或は結ばれて疾毒瘡(しつちんどくそう)と為り其の害殊(こと)に甚(はなはだ)し。政(まつりごと)を為す者は、但(た)だ当(まさ)に人情(にんじょう)を斟酌(しんしゃく)して、之(これ)が操縦(そうじゅう)を為し、之を禁不禁(きんふきん)の間に置き、其れをして過甚(かじん)に至らざらしむべし。是(こ)れも亦(また)時に赴(おもむ)くの政(まつりごと)然(しか)りと為す。


【訳文】
国がよく治まって平和が永く続くと、楽しみ事が多くなるということは、自然の成り行きである。この自然の勢いのおもむく所、それがとりもなおさず天意なのである。男女が集って喜び合い、酒宴を催して歌ったりおどったりするようなことは、いたる所でしている事であって、もちろん禁止することはできない。それを無理に禁止したならば、人心が抑えられ塞って発散する所が無く、必ず隠れてよこしまな事をしたり、または、それが内に凝りかたまって、熱病になったり、腫れ物が生じたりして、その弊害は甚だしいものがある。政治家は、人心の向う所をよく酌みとって適当に処理し、禁ずるような禁じないような状態にして、偏り過ぎないようにすべきである。これもまた、時勢に適応した政治である。


【所感】
国が平和になれば、人民が陽気になるのは当然であって、無理にこれを押さえ込まないことだ。厳しく取り締まれば、かえって法の目をくぐるような行為をしたり、疫病が発生したりする。政治家たるものは、人民に適度な楽しみを与えておくべきで、あまりに厳しく取り締まらないようすべきである、と一斎先生は言います。


この章を読んで、まず頭に浮かぶのは


白河の 清きに魚も 棲みかねて もとの濁りの 田沼恋しき


という狂歌です。


これはご存知のように、白河公こと松平定信公の政治があまりにもクリーンであったために、庶民は窮屈さを感じ、かつての田沼意次時代のダーティな政治(賄賂政治)が懐かしく感じてしまう、という趣旨の歌です。


何事もやり過ぎは偏りを生じ、思いもかけない悪を生みだすことになるものです。


孔子は『論語』の中でこう仰っています。


わく、くに(せい)(もっ)てし、(ととの)うるに(けい)(もってすれば、れて()ずることし。てし、(ととの)うるにてすれば、()ずる(ただ)し。『為政第二篇』より


つまり、国を治めるのに、政令や法律のみによって、統制するのに刑罰をきびしくすれば、民は要領よく免れて何ら恥じることがなくなる。一方国を治めるのに道徳を基本とし、統制するのに礼(慣習法的規範)によれば、自ら省みて過を恥じ、そうして自ら正していくようになる、ということです。


法治政治ではなく、徳治政治こそが大切であるとする儒教の教えに沿った言葉です。


一斎先生のこの言葉も同じ趣旨の言葉でしょう。


組織においてもリーダーは、あまりに厳しくメンバーを管理することは避けるべきです。


小さなことには目をつぶり、徳を磨きつつ、大らかな心で接していくことが求められます。

第73日

原文】
古(いにしえ)は方相氏儺(だ)を為す。熊(ゆう)皮を蒙り、黄金四目、玄衣朱裳(しゅしょう)、戈(ほこ)を執り盾を揚げ、百隷(れい)を帥(ひき)いて之を殴(う)つ。郷人群然として出でて観る。蓋し礼を制する者深意有り。伏陰愆陽(けんよう)、結びて疫気と為る。之を駆除せんと欲する、人の純陽の気に資するに若(し)くは莫きなり。方相気を作(な)して率先し、百隷之に従う。状、恠物(かいぶつ)の若く然り。闔郷(こうきょう)の老少、雑遝(とう)して聚(あつ)まり観て、且つ駭(おどろ)き且つ咲(わら)う。是に於いて陽気四発し、疫気自ら能く消散す。乃ち闔郷の人心に至りても、亦因りて以て懽然として和暢(わよう)し、復(ふたたび)は邪慝(じゃとく)の内に伏鬱(ふくうつ)する無し。蓋し其の戯に近き処、是れ其の妙用の在る所か。


【訳文】
中国の古代で、方相氏という役人が、疫病を取り払う式を行った。役人は熊の皮をかぶり、金色の四つ目をして、黒い衣に赤色の下ばかまを着け、ほこと盾を手にして、多くの部下を従え、疫病の神を打った。村の人々は群り集まって来てこれを見た。思うに、この儀式を周代における礼の制度となしたことには深い意義がある。陽気の中にある陰気と季節はずれの陽気とが結合して悪い気となり、人に病をおこさせる。この悪疫を取り除こうとするには、人間の純粋なる陽気によるにまさるものはない。それで、方相氏がまず陽気を発し、多くの部下が従った。その状態は怪物のようであった。村の老若男女はことごとくごたごたと集って、これを見ては驚きながら笑った。そのために、陽気が四方に発散し、悪疫の神は退散してしまった。全村の人々の心もこれによって喜んでのどかになり、再び悪疫が内にこもらなくなった。思うに、滑稽じみた処が、妙用のある所であろうか。


【所感】
中国の古代において、方相氏という人が疫病を退治するために敢えて民衆から嘲笑をかうような格好をして、疫病神を退治する儀式を行った。これを見た民衆は大いに笑った。ところがこの心から笑うということによって、民衆の中に陽気が起こり、これによって疫病が消え失せてしまった。つまり民衆の心が明るく溌剌としたことで、陰気(疫病)が入り込む余地がなくなったのだ。このように滑稽じみたことがかえって良かったということであろうか、と一斎先生は言います。


この章を読んで真っ先に頭に浮かんだのは、フランスの哲学者アランの名著『幸福論』にある以下の言葉です。


幸せだから笑うのではない、笑うから幸せなのだ


辛いときこと、まず笑ってみよう。
笑うことで、人間が本来有している陽気を呼び覚まし、内面から健全になろう。そうすれば幸せは後からついてくるものだ、ということでしょう。


この一斎先生の引用した説話の意味することは、方相氏は実際に疫病神を退治したわけではなく、道化役を演じて民衆を笑わせることで、民衆の中にある陽気を呼び覚まし、自然治癒力を高めたということです。


思えばチャップリンの映画も、チャップリンが道化を演じながら、悲しい現実の中に笑いの種を蒔き、観衆の心に明るい火を灯してくれたように思います。


いつも笑顔の絶えない人間であろうとするだけでなく、積極的に道化を演じて笑いを振りまく人でありたいですね。

第72日

原文】
人をして懽欣鼓舞して外に暢発せしむる者は楽なり。人をして静粛収斂して内に固守せしむる者は礼なり。人をして懽欣鼓舞の意を静粛収斂の中に寓せしむる者は、礼楽合一の妙なり。


【訳文】
人をして喜ばせおどらせ、外面にのびのびした様子を現わさせるのは音楽である。人をして身を正しくおごそかにし、心をひきしめて、内に堅く守らせるのは礼である。人をして喜んでおどらせる心持を、整正厳粛にして、ひきしめた心の中にあらしめるのは、礼楽合一の妙といえる。


【所感】
人の外面を溌剌とさせるものが音楽であり、人の内面を荘厳にするものが礼である。心は溌剌としていて、しかも荘厳であるというのは、音楽と礼とが見事に調和された状態である、と一斎先生は言います。


しばらく難解な章句が続きます。


かつて孔子の生きた時代には、礼と楽とは政治を司る上で非常に重要な要具として尊重されていました。


この章句はその礼と楽の効用について述べた言葉のようです。


何事も伸縮自在であることが良しとされます。
常に縮んだ状態では憤懣も鬱積しますし、伸びきった状態では堕落してしまいます。


音楽(『詩経』にあるような詩に調子をつけたもの)によって心を伸びやかにする一方で、礼によってしっかりと心を引き締める。


かつては、この双方をしっかりとその身に修めた人が君子と呼ばれたのでしょう。


『論語』泰伯篇の中で孔子は、


詩に興り、礼に立ち、楽に成る


と述べています。


この言葉は、伊與田覺先生の訳によれば、「詩によってふるいたち、礼によって安定し、楽によって人間を完成する」となります。


一斎先生の言葉と同趣旨の言葉と解して良いでしょう。


また森信三先生も『修身教授録』の中で、


歌や俳句をやることは、諸君がリズム感を磨く上で、最もよい方法だと思います。つまり無形の生命が文章の上に現れたとき、それがリズムとなるわけです。ですから、リズム感を磨くということは、生命の真の趣に触れるという意味で、人間修養の一助として大切なことだと思うのです。


と仰っています。


現代においては、詩は文学、楽は短歌や俳句に置き換えてもよさそうです。


古典や当代一流の方の文章を読み、礼を弁え、俳句や短歌で生命の真の趣に触れる、そんな生活を心がけよということですね。

第71日

原文】
諌(いさめ)を聞く者は、固より須らく虚懐なるべし。諌を進むる者も、亦須らく虚懐なるなるべし。


【訳文】
人の忠告を聞き容れる者は、いうまでもなく、ぜひわだかまりの無いさっぱりとした心で聞かなければいけない。忠告をする者も、誠意をもって、もちろんわだかまりの無い平らかな心でなければならない。


【所感】
人の忠告を聞くときは、心を空っぽにし、丸受けするべきである。また人に忠告をする場合も見返りを求めない純粋な心で忠告すべきである、と一斎先生は言います。


他人からの耳の痛い忠告を素直に受け入れることは、小生のような不完全な人間には本当に難しいことです。


その割には、他人には偉そうに忠告をしたがる傾向があります。


そして忠告する場合には、それを受け入れない相手を見ると、


「正しいことを指摘しているのに、なぜ理解しないのだろう」


憤りを感じます。


一斎先生は、忠告を聞く場合も、忠告を与える場合も、その心の持ち様は同じであって、虚心坦懐であるべきだと言います。


虚心坦懐とは、心を空しくすることです。


森信三先生は、「敬」とは己の心を空しうすることだ、と仰っています。


つまり、忠告をする場合にも、忠告を受ける場合にも虚心坦懐であれとは、言い換えれば、常に相手を敬せよということなのです。


相手に対して敬する気持ちがあれば、自分の忠告は相手に届くでしょうし、また相手の忠告を素直に聞き入れることができるのです。


人の長所を見て敬することのできる人間でありたいですね。

第70日

【原文】
凡そ人を諌めんと欲するは、唯だ一団の誠意、言に溢るる有るのみ。苟くも一忿疾の心を挟まば、諌めは決して入らず。


【訳文】
だいたい、人の欠点・短所を改めさせようとするには、忠告しようとする誠意が、ただ言葉に満ちあふれているようでなければだめだ。かりにも、怒り憎むような気持ちが少しでもあれば、忠言(諫言)は決して相手の心には入らない。


【所感】
他人に忠告をしようと思うなら、ただ純粋に相手を思う気持ちを言葉に込めて伝えることである。もし怒りや憎しみの心があるならば、その言葉は決して相手には響かないであろう、と一斎先生は言います。


そもそも相手の短所を見る前に、長所を伸ばすことを考えることがリーダーの資質として求められます。


どうしても短所について指摘をしなければならない場合には、その人になんとしても成長してもらいたいという誠の心を込めなければいけない。
そしてその誠が言葉にも溢れていなければいけないのだという教えです。


小生は、かつて部下指導で大きな失敗をしました。


決して小生は組織のメンバーを嫌ったり憎んだりしていたわけではありませんでした。


むしろなんとか営業という職業の楽しさに気付いてもらいたいという一心から厳しく接したというのが事実です。


しかし小生が発した言葉は、それを聞き容れるメンバーに誠を感じてもらえるような言葉ではありませんでした。


むしろ時には心に傷を負わせてしまいかねないような言葉が多かったと今になって反省をしています。


この一斎先生の言葉を読んで、小生の至らなかった点が明確になりました。


言葉に誠の心を込める。


日々、鍛練・精進しなければなりません。

第69日

原文】
己を治むると人を治むると、只だ是れ一套事のみ。自ら欺くと人を欺くと、亦只だ是れ一套事のみ。


【訳文】
自分を治めていくことと、他人を治めていくこととは、同じ事である。自分自身を欺くことと、他人を欺くこととは、これまた同じ事である。


【所感】
自分の身を治めることは他人を治めることに通じ、自分の心に背くことは他人を欺くことと同じ事だ、と一斎先生は言います。


中国古典の『大学』にある大変有名な言葉に、


修身斉家治国平天下


があります。


これは、国を治め天下を平らかにするためには、まず自分自身を修めることから始めよという教えです。


職場において、メンバーを治めたいと願うなら、リーダー自身がまずその身を修め、自ら変革する以外に道はありません。


過去と他人は変えられないが、自分と未来は変えることができると言われる所以です。


また、自らを欺くとは、義よりも利をとることに他なりません。


「ちょっとくらいいいか」というほんの出来心から起こした行動が、結果的に仲間や同僚からの信頼を損なう要因となります。


常に自分を律し、心の汚れを磨き、人間本来の素直な心を持ち続けよ。
そうすれば自然に人が集まってくるものだ。


一斎先生はそう教えてくれているのです。

第68日

原文】
情に循(したが)って情を制し、欲を達して欲を遏(とど)む。是れ礼の妙用なり。


【訳文】
感情(七情)の起るがままに行動すれば、弊害が生ずるから、ほどよくこれを制御しなければいけない。欲望はある程度まで達したならば、これを抑制しなければいけない。これがすなわち礼(礼儀)をうまく用いるということにほかならない。


【所感】
情や欲はある程度満たされたところで抑えなければならない。これが礼の上手な用い方である、と一斎先生は言います。


人間の情念や欲望を完全に押さえ込むことはできないし、それをしようとすればかえって人間味を欠いた人物が出来上がる危険性もあります。


ある程度のところまでは、自分の情念や欲望を満たしてやることが必要であると一斎先生も認めています。


では、ある程度とはどのレベルをいうのでしょうか?


私見ですが、やはり利他の心を忘れて、完全な利己心からなにかを独占するような程度まで行けば、これは行き過ぎと捉えて良いと思います。


たとえばグループで報奨金をもらった場合、役職に応じて金額に差をつけることは許容範囲でしょうが、リーダーがそれを独占するようなことになれば、メンバーを大切にするという利他の心があまりにも乏しく、場合によっては恨みを買うようなことにもなりかねません。


さて、一斎先生は、限度を超えないようにするには礼を用いよと言います。


『礼記』の冒頭には


「敬せざるなかれ」


とあるように、礼とは敬することであり、「敬」という心を形として表現することが「礼」なのです。


我以外皆師と捉えて、身分や年齢の上下に関わらず、常に他人を敬する気持ちを持つことで、情欲を抑えることが可能になるのでしょう。


『論語』の中で孔子は、


「七十にして心の欲する所に従えども、矩を踰えず」


つまり鍛錬を積んで生きることで、七十歳になる頃には、自分の心のおもむくままに行動しても、決して行き過ぎるということはなかった、と言っています。


齢五十手前の小人である小生は、常に敬を意識し、礼を用いて、己の情欲を抑えていかねばならないようです。
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れみれみ