一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

2015年06月

第138日

原文】
死を畏るるは、生後の情なり。躯殼有りて而る後に是の情有り。死を畏れざるは、生前の性なり。躯殼を離れて始めて是の性を見る。人須らく死を畏れざるの理を、死を畏るるの中に自得すべし。性に復(かえ)るに庶(ちか)からん。


【訳文】
死に対して恐怖をいだくのは、人間が生まれてから後に起る感情である。身体ができてから後に感情があるわけである。死を畏れないのは、生まれる以前の本性である。身体を離れてはじめて、この本性を見ることができる。人が死を畏れないという道理を、死を畏れる中(生後)において、自ら会得すべきである。かくして、本性に復ること(復性)がおそらくできるであろう。


【所感】
死ぬことを恐れるのは、人間がこの世に生れ、身体ができた後に発する感情である。死ぬことを恐れないのは、生まれる前の本性であって、天性が身体を離れた後にこの本性を見ることができる。人間は死を恐れない理性を、この世に生まれた後、死を恐れる中に自ら掴みとるべきである。これは本性に帰ることと同じことである、と一斎先生は言います。


『大学』における、「明明徳(明徳を明らかにする)」、あるいは王陽明先生の謂う「致良知(良知にいたる)」などと同じく、人が生れたときに持っていた本来の心(明徳・良知)に帰ることを説いた章です。


たしかに一斎先生の仰る通り、私たちは生まれ落ちたその瞬間には何も恐れていません。


ところが多くの人生経験を積むうちに、いつしか心(本性)の周囲には様々な塵芥(ちりあくた)が積り、それが死を恐れたり、行動することを躊躇させたりするようになります。


これはスポーツの世界では顕著にみられることです。


たとえば、プロ野球界において、新人時代は恐れるものは何もないとばかりに快投を続けた投手が、次第に一球の怖さを知り、勝ち星から遠ざかっていくというケースは数多く見ることができます。


こうなるとその選手は自信を失い、技術面を必死に磨こうとするのですが、結果は芳しいものになりません。


やはり超一流と言われる投手は、もちろん人の何倍もの努力をした上でのことですが、その上でより一層自分自身を信じ、結果という手に負えない未来を見ず、ただ目の前にある自分の投じる一球という今に魂を込めているのです。


つまり、結果は出てから反省すれば良いという良い意味での開き直りをしているのです。


もちろん小生の所属する営業の世界でもまったく同じことが言えます。


売上という結果を恐れてしまうと、お客様を訪問することさえもが苦痛となってしまうのです。


こう考えてきますと、仕事における結果とは、人生における死と同じものであるように思えます。


つまり、日々今為すべきことに精一杯の力を注いで仕事をすることは、人生において死を恐れなくなるための訓練をしていることになるのではないか。


人は仕事を通して人生を学ぶことができる。


小生は、この章句を味読することで、改めてそんな大切なことに気付くことができました。

第137日

原文】
生物は皆死を畏る。人は其の霊なり。當に死を畏るるの中より、死を畏れざるの理を揀(えら)び出すべし。吾れ思う、我が身は天物なり。死生の権(けん)は天に在り。當に順いて之を受くべし。我れの生るるや、自然にして生まる。生まるる時未だ嘗て喜ぶを知らざるなり。則ち我の死するや、応(まさ)に亦自然にして死し、死する時未だ嘗て悲しむを知らざるべきなり。天之を生じて、天之を死せしむ。一に天に聴(まか)すのみ。吾れ何ぞ畏れん。吾が性は即ち天なり。躯殼(くかく)は則ち天を蔵するの室なり。精氣(せいき)の物と為るや、天此の室に寓せしめ、遊魂(いうこん)の変を為すや、天此の室より離れしむ。死の後は即ち生の前、生の前は即ち死の後にして、吾が性の性たる所以の者は、恒に死生の外に在り。吾れ何ぞ畏れん。夫れ昼夜は一理、幽明(いうめい)も一理、始を原(たづ)ねて終に反(かへ)り、死生の説を知る。何ぞ其の易簡(いかん)にして明白なるや。吾人は當に此の理を以て自省すべし。


【訳文】
生物は総て死を畏れる。人間は万物の霊長である。死を畏れる中から、死を畏れない理由を選び出して安住すべきである。私は次の如く考えている。自分の体は天から授かったもので、死生の権利というものは天にある。それで、従順に天命を受けるのが当然である。我々人間の生まれるのは、自然であって、生まれた時は、まだ喜びを知らない。我々人間の死ぬのも自然であって、死ぬ時に悲しみを知らない。天が我々人間を生み、そして死なすのであるから、死生は天に一任すべきで、別に何も畏れることはいらない。我が本性は天から与えられた物、すなわち天物で、体は天物である本性をしまっておく所の室なのである。精気が一つの固まった物となると、天(本性・天物)は、この室に寄寓するが、魂が体から遊離すると、天はこの室から離れていく。死ぬと生まれ、生まれると死ぬものであって、本性の本性たる所以のものは、いつも死生の外に、すなわち死生を超越しているから、自分は死に対する恐怖はない。昼夜には一つの道理があるが、幽明(死生)にも一つの道理がある。物の始めをたずねれば、必ず終りがあるもので、これによって、死生のことも知ることができる。なんと簡単明瞭なものではないか。我々はこの道理をもって、みずから反省すべきである。


【所感】
生物は皆死を畏れている。人間は万物の霊長であって、死を畏れる中から、死を畏れない理由を選び出す。私はこう思う。自分の体は天から授かったものである。生きるも死ぬも天に委ねられているので、素直に天命を受けるべきである。我々人間は自然に生まれ、生まれた時は、まだ喜びを知らない。死ぬのも自然であって、死ぬ時に悲しみを知らない。天が我々人間を生み、また死を与えるのであるから、死生は天に一任すべきで、別に何も畏れることはいらない。我が本性は天から与えられた物で、体は天物である本性をしまっておく部屋なのである。精気が一つの固まった物となると、天は、この部屋に寄寓するが、魂が体から遊離すると、天はこの部屋から離れていく。死ぬと生まれ、生まれると死ぬものであって、本性の本性たる所以のものは、いつも死生の外にあるから、私に死に対する恐怖はない。昼夜には一つの道理があり、幽明(死生)にも一つの道理がある。物の始めをたずねれば、必ず終りがあるもので、これによって、死生のことも知ることができる。なんと簡単明瞭なものではないか。我々はこの道理をもって、みずから反省すべきである、と一斎先生は言います。


そもそも人間の本性ともいえる心は、天から一時的に与えられたものに過ぎないのであるから、いつか死を迎えることを畏れても仕方がない。


したがって天がわが本性をお迎えにくるまでの期間を、精一杯悔いなく生きるのみである。


仏教においても、生老病死は四苦と呼ばれ、人間の力では避けることができない苦悩を意味します。


病になったら、その病と上手にお付き合いをし、老いが兆しても、自然体で受け入れ、老いを楽しむ。


そんな境地になるにはどうすればよいのでしょうか?


第120日で紹介した『荀子』の中のことば、


君子の学は通ずるが為めに非ず。窮するとも困まず憂うるとも意の衰えず、禍福終始を知りて心の惑わざるが為めなり。


にもあるように、四苦に心を惑わすことのない境地を手に入れるために、
私達人間は終生学問をする必要があるのです。


自分の力ではどうしようもないことに思い悩むより、自分の力で変えることができる物事に全力を尽していきましょう!

第136日

原文】
気節の士、貞烈の婦、其の心激する所有り。敢て死を畏れざるは、死を分とする者の次なり。血気の勇の死を軽んじ、狂惑の夫の死を甘んずるは、則ち死を畏るる者より下(さが)れり。又釈老の徒の如きは、死に処するに頗る自得有り。然れども其の学畢竟亦死を畏るるよりして来る。独り極大の老人、生気全く尽き、溘然(こうぜん)として病無くして以て終る者は、則ち死に安んずる者と異なる無きのみ。


【訳文】
気概と節操のある人や、貞操と正義のある婦人が、何かに激しく奮起して、決して死を畏れないのは、死を天から定められたものとして、それに甘んずる賢者に次ぐものである。血気に勇み立って死を軽視し、狂い惑う男子が死を満足とするのは、死を畏れる常人よりも劣っている。また、仏家や道家の人々の如きは、死に対して極めて超然として自得している。しかしその教えが、死を畏れる所から起っているので、その自得は疑問である。ただ極めて長寿の老人が、まったく元気が衰え尽きてしまって、突然無病で死亡するのは、死に何の不安を抱かない聖人と異なる所がない。


【所感】
気概と節操のある人や、貞操と正義のある婦人は、その心に激しさを抱いている。死を畏れないのは、死を天命として受け容れる賢者に次ぐものである。血気の勇により死を軽視し、狂い惑う夫の死を止む無しとするのは、死を畏れる常人よりも劣っている。また、仏家や道家の人々の如きは、死に対して泰然自若としている。しかしその教えは、死を畏れる所から生まれている。ただ極めて長寿の老人が、精魂尽き果てて、突然無病で死亡するのは、死に何の不安を抱かない聖人と異なる所がない。


引き続き死に感する章が続きます。


一時的な感情の高まりで死をものともしないのは凡人以下だ、と一斎先生は断じています。


この匹夫の勇については、『孟子』「梁恵王下篇」に以下の記載があります。


王請う、小勇を好むなかれ、それ剣を撫し、疾視して曰く、彼悪(いずく)んぞ敢えて我に当たらんやと、これ匹夫の勇、一人に敵する者なり、王請う、これを大にせよ。


訳は以下の通りです。


王よ、どうか小勇を好まないでください。例えば剣を握って相手をにらみつけ、「かなうものならかかってこい!」と言う。これは匹夫の勇で、一人を相手にするだけのものです。王よ、どうかこれを大きな勇にしてください。


あの『葉隠』にある、


武士道とは死ぬことと見附けたり。


という言葉も、武士は常に死を意識しながら日々を精一杯生きることを説いているのです。


そもそも人間の命は天から与えられたものであるから、無闇に粗末にしてはいけません。


その命は、高い志を抱いて社会のために尽くすべきものです。


そういう意味で、天寿を全うして大往生を遂げることができれば、それこそが立派な人生と言えるのかも知れません。


自分に課された命を尽くして、与えられた生を全うしましょう。

第135日

原文】
常人は平素一善の称すべき無くして、偶(たまたま)病篤きに及び、自ら起たざるを知り、遺嘱して乱れず、賢者の為(しわざ)の如き者有り。此は則ち死に臨みて一節の取る可きに似たり。然れども、一種死病の証候、或は然るを致すこと有り。是れ亦知らざる可からず。


【訳文】
普通一般の人で、平常何ら称賛すべき善行が一つも無いのに、たまに病危篤になり、自ら再起不可能を知ると、後事を遺言して少しも乱れた様子の無いのは、賢者のようである。これは臨終に際しての処置という一節だけがとるべき価値がある事のように思われる。しかし、一種の死病の症候として、こうなる者もあるからして、この事もまた知っておくべきである。


【所感】
凡人であって、平素はとくに称えるようなことのない人が、病気が悪化し、回復が望めないとなると、後のことを託して心を乱さずに、あたかも賢者のように振る舞うこともある。これは死に際しては称えるべき価値のある行動をしたと評することができる。しかし、病の症状として、こうしたことがあるということは知っておくべきである、と一斎先生は言います。


ここは解釈の難しい章です。


いわゆる聖人でも賢人でもない常人と呼ばれる人が、死に際しては立派に振る舞うことがあるが、それは病のなせる業だと理解すればよいのでしょうか?


これは、死を痛切に目の前に実感したとき、今まで心を覆ってきた濁りがすべて洗い落され、生まれた時の純粋な心(これを明徳あるいは良知などと呼びます)を取り戻すことができるからなのかも知れません。


しかし、一般的には死を前にしては、まだやり残したことへの後悔の念が生じてしまう人が圧倒的に多いでしょう。


かく云う小生も、今ここで命が消えるとしたら、後悔の念に駆られることは間違いありません。


この「死生観」について、森信三先生はこう仰っています。


われわれ人間は、自分の力を真に残りなく発揮し尽くすことによって、そこにおのずから死生一貫の道に合することができるのであります。同時にそれはまた生死を超越する一道でもありましょう。すなわち現在の自分としては、もはやこれ以上はできないというまで生に徹することによって、そこには、生命の全的緊張の中に、おのずから一種の悠々たる境涯が開かれてくるとも言えましょう。

かくして人間としては、もちろん一面からは長く生きたいには相違ないですが、同時にまたどうしても死なねばならぬとあれば、それもまた已むを得ないという、悠々たる心境になれるでもありましょう。

ここにおいてか、真に死を超える道とは、畢竟するに死に対する恐怖の消滅する道とも言えましょう。


生に徹して生きるとは、世の為人の為に自分の命を捧げきることです。


まだまだ小生は、いつ死んでも構わないという心境にはとてもなれません。


まずは残された人生を日々、己のベストを尽くして生きていくのみです。

第134日

原文】
堯・舜・文王、其の遺す所の典謨訓誥(てんぼくんこう)は、皆以て万世の法と為す可し。何の遺命か之に如かん。成王の顧命、曾子の善言に至りては、賢人の分上、自ら正に此の如くなるべきのみ。因りて疑う。孔子泰山の歌、後人仮托して之を為すかを。檀弓(だんきゅう)の信じ叵(かた)きは、此の類多し。聖人を尊ばんと欲して、而も卻(かえ)って之が累を為すなり。


【訳文】
堯・舜・文王などの聖王が、『書経』に遺した教訓は、総て万世の法則・規範であって、これにまさる遺命はない。若くして即位した周の成王の臨終の命や曾子の善言は、賢人の本分上のことで聖人のものではない。孔子が作った泰山の歌が『礼記』の檀弓篇に「泰山其れ頽(くず)れんか、梁木其れ壊(かい)せんか、哲人其れ萎(や)まんか」とあるが、七日後に他界したといわれている。これは後世の人が孔子にことよせていったもので、檀弓の文は信用し難い。このようなものは外にも類がある。こんなことは、聖人を尊敬しようとして、かえって禍をなすのである。


【所感】
堯・舜・文王の『書経』にある教訓は、すべて万世に通じる法則とすることができる。これに勝る遺命があるだろうか。成王の臨終の言葉や曾子の善言は賢人のものであり、聖人のものではない。そこで私が疑問に思うのは、『礼記』檀弓上篇に掲載されている、孔子が臨終間際に作ったという「泰山の歌」のことである。孔子は「泰山其れ頽(くず)れんか、梁木其れ壊(かい)せんか、哲人其れ萎(や)まんか」とあり、その七日後に他界したといわれている。これは後世の人が孔子を敬するがあまり事実をゆがめてしまたもので、こうした類のことは多く存在している。聖人を尊敬する気持ちがかえって禍を及ぼしているのだ、と一斎先生は言います。


小生には本章の一斎先生の意図が計りかねます。


一斎先生は禍を及ぼすと断じていますが、古来偉人のイメージをつくり上げるために、こうした事実とは信じがたいエピソードが多く語られています。


釈迦が生まれてすぐに七歩歩いて天と地を指さし「天上天下唯我独尊」と唱えたという話はその代表例でしょう。


ところがそもそも聖人と呼ばれる程の人は、その真実の言動だけで十分に人が学ぶべきお手本となっているのであるから、こうした偶像は不要なのだと、一斎先生は仰りたかったのでしょうか?


あるいは、孔子は支那における最後の聖人ですので、こうした遺訓のような言葉は残しているはずがない、と仰りたかったのでしょうか?


一日一斎を御拝読頂いている皆様のご意見を頂戴したく存じます。


ここまでの数章を通じて一斎先生は、聖人と賢人との違いを遺訓の有無におかれているようです。


賢人はともすれば言葉を濫用するが、聖人はあくまでも泰然自若であって余計な言葉を用いて人を導くことはしない。


それが聖人の聖人たる所以である、と一斎先生は見ているようです。


ただし、小生のような凡愚な人間にとっては、賢人の遺訓にも大いに教えられるところがあります。


よって聖人の行いも、賢人の遺訓も、共に有り難く拝読・拝聴させて頂きたいと思います。
プロフィール

れみれみ