一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

2015年06月

第138日

原文】
死を畏るるは、生後の情なり。躯殼有りて而る後に是の情有り。死を畏れざるは、生前の性なり。躯殼を離れて始めて是の性を見る。人須らく死を畏れざるの理を、死を畏るるの中に自得すべし。性に復(かえ)るに庶(ちか)からん。


【訳文】
死に対して恐怖をいだくのは、人間が生まれてから後に起る感情である。身体ができてから後に感情があるわけである。死を畏れないのは、生まれる以前の本性である。身体を離れてはじめて、この本性を見ることができる。人が死を畏れないという道理を、死を畏れる中(生後)において、自ら会得すべきである。かくして、本性に復ること(復性)がおそらくできるであろう。


【所感】
死ぬことを恐れるのは、人間がこの世に生れ、身体ができた後に発する感情である。死ぬことを恐れないのは、生まれる前の本性であって、天性が身体を離れた後にこの本性を見ることができる。人間は死を恐れない理性を、この世に生まれた後、死を恐れる中に自ら掴みとるべきである。これは本性に帰ることと同じことである、と一斎先生は言います。


『大学』における、「明明徳(明徳を明らかにする)」、あるいは王陽明先生の謂う「致良知(良知にいたる)」などと同じく、人が生れたときに持っていた本来の心(明徳・良知)に帰ることを説いた章です。


たしかに一斎先生の仰る通り、私たちは生まれ落ちたその瞬間には何も恐れていません。


ところが多くの人生経験を積むうちに、いつしか心(本性)の周囲には様々な塵芥(ちりあくた)が積り、それが死を恐れたり、行動することを躊躇させたりするようになります。


これはスポーツの世界では顕著にみられることです。


たとえば、プロ野球界において、新人時代は恐れるものは何もないとばかりに快投を続けた投手が、次第に一球の怖さを知り、勝ち星から遠ざかっていくというケースは数多く見ることができます。


こうなるとその選手は自信を失い、技術面を必死に磨こうとするのですが、結果は芳しいものになりません。


やはり超一流と言われる投手は、もちろん人の何倍もの努力をした上でのことですが、その上でより一層自分自身を信じ、結果という手に負えない未来を見ず、ただ目の前にある自分の投じる一球という今に魂を込めているのです。


つまり、結果は出てから反省すれば良いという良い意味での開き直りをしているのです。


もちろん小生の所属する営業の世界でもまったく同じことが言えます。


売上という結果を恐れてしまうと、お客様を訪問することさえもが苦痛となってしまうのです。


こう考えてきますと、仕事における結果とは、人生における死と同じものであるように思えます。


つまり、日々今為すべきことに精一杯の力を注いで仕事をすることは、人生において死を恐れなくなるための訓練をしていることになるのではないか。


人は仕事を通して人生を学ぶことができる。


小生は、この章句を味読することで、改めてそんな大切なことに気付くことができました。

第137日

原文】
生物は皆死を畏る。人は其の霊なり。當に死を畏るるの中より、死を畏れざるの理を揀(えら)び出すべし。吾れ思う、我が身は天物なり。死生の権(けん)は天に在り。當に順いて之を受くべし。我れの生るるや、自然にして生まる。生まるる時未だ嘗て喜ぶを知らざるなり。則ち我の死するや、応(まさ)に亦自然にして死し、死する時未だ嘗て悲しむを知らざるべきなり。天之を生じて、天之を死せしむ。一に天に聴(まか)すのみ。吾れ何ぞ畏れん。吾が性は即ち天なり。躯殼(くかく)は則ち天を蔵するの室なり。精氣(せいき)の物と為るや、天此の室に寓せしめ、遊魂(いうこん)の変を為すや、天此の室より離れしむ。死の後は即ち生の前、生の前は即ち死の後にして、吾が性の性たる所以の者は、恒に死生の外に在り。吾れ何ぞ畏れん。夫れ昼夜は一理、幽明(いうめい)も一理、始を原(たづ)ねて終に反(かへ)り、死生の説を知る。何ぞ其の易簡(いかん)にして明白なるや。吾人は當に此の理を以て自省すべし。


【訳文】
生物は総て死を畏れる。人間は万物の霊長である。死を畏れる中から、死を畏れない理由を選び出して安住すべきである。私は次の如く考えている。自分の体は天から授かったもので、死生の権利というものは天にある。それで、従順に天命を受けるのが当然である。我々人間の生まれるのは、自然であって、生まれた時は、まだ喜びを知らない。我々人間の死ぬのも自然であって、死ぬ時に悲しみを知らない。天が我々人間を生み、そして死なすのであるから、死生は天に一任すべきで、別に何も畏れることはいらない。我が本性は天から与えられた物、すなわち天物で、体は天物である本性をしまっておく所の室なのである。精気が一つの固まった物となると、天(本性・天物)は、この室に寄寓するが、魂が体から遊離すると、天はこの室から離れていく。死ぬと生まれ、生まれると死ぬものであって、本性の本性たる所以のものは、いつも死生の外に、すなわち死生を超越しているから、自分は死に対する恐怖はない。昼夜には一つの道理があるが、幽明(死生)にも一つの道理がある。物の始めをたずねれば、必ず終りがあるもので、これによって、死生のことも知ることができる。なんと簡単明瞭なものではないか。我々はこの道理をもって、みずから反省すべきである。


【所感】
生物は皆死を畏れている。人間は万物の霊長であって、死を畏れる中から、死を畏れない理由を選び出す。私はこう思う。自分の体は天から授かったものである。生きるも死ぬも天に委ねられているので、素直に天命を受けるべきである。我々人間は自然に生まれ、生まれた時は、まだ喜びを知らない。死ぬのも自然であって、死ぬ時に悲しみを知らない。天が我々人間を生み、また死を与えるのであるから、死生は天に一任すべきで、別に何も畏れることはいらない。我が本性は天から与えられた物で、体は天物である本性をしまっておく部屋なのである。精気が一つの固まった物となると、天は、この部屋に寄寓するが、魂が体から遊離すると、天はこの部屋から離れていく。死ぬと生まれ、生まれると死ぬものであって、本性の本性たる所以のものは、いつも死生の外にあるから、私に死に対する恐怖はない。昼夜には一つの道理があり、幽明(死生)にも一つの道理がある。物の始めをたずねれば、必ず終りがあるもので、これによって、死生のことも知ることができる。なんと簡単明瞭なものではないか。我々はこの道理をもって、みずから反省すべきである、と一斎先生は言います。


そもそも人間の本性ともいえる心は、天から一時的に与えられたものに過ぎないのであるから、いつか死を迎えることを畏れても仕方がない。


したがって天がわが本性をお迎えにくるまでの期間を、精一杯悔いなく生きるのみである。


仏教においても、生老病死は四苦と呼ばれ、人間の力では避けることができない苦悩を意味します。


病になったら、その病と上手にお付き合いをし、老いが兆しても、自然体で受け入れ、老いを楽しむ。


そんな境地になるにはどうすればよいのでしょうか?


第120日で紹介した『荀子』の中のことば、


君子の学は通ずるが為めに非ず。窮するとも困まず憂うるとも意の衰えず、禍福終始を知りて心の惑わざるが為めなり。


にもあるように、四苦に心を惑わすことのない境地を手に入れるために、
私達人間は終生学問をする必要があるのです。


自分の力ではどうしようもないことに思い悩むより、自分の力で変えることができる物事に全力を尽していきましょう!

第136日

原文】
気節の士、貞烈の婦、其の心激する所有り。敢て死を畏れざるは、死を分とする者の次なり。血気の勇の死を軽んじ、狂惑の夫の死を甘んずるは、則ち死を畏るる者より下(さが)れり。又釈老の徒の如きは、死に処するに頗る自得有り。然れども其の学畢竟亦死を畏るるよりして来る。独り極大の老人、生気全く尽き、溘然(こうぜん)として病無くして以て終る者は、則ち死に安んずる者と異なる無きのみ。


【訳文】
気概と節操のある人や、貞操と正義のある婦人が、何かに激しく奮起して、決して死を畏れないのは、死を天から定められたものとして、それに甘んずる賢者に次ぐものである。血気に勇み立って死を軽視し、狂い惑う男子が死を満足とするのは、死を畏れる常人よりも劣っている。また、仏家や道家の人々の如きは、死に対して極めて超然として自得している。しかしその教えが、死を畏れる所から起っているので、その自得は疑問である。ただ極めて長寿の老人が、まったく元気が衰え尽きてしまって、突然無病で死亡するのは、死に何の不安を抱かない聖人と異なる所がない。


【所感】
気概と節操のある人や、貞操と正義のある婦人は、その心に激しさを抱いている。死を畏れないのは、死を天命として受け容れる賢者に次ぐものである。血気の勇により死を軽視し、狂い惑う夫の死を止む無しとするのは、死を畏れる常人よりも劣っている。また、仏家や道家の人々の如きは、死に対して泰然自若としている。しかしその教えは、死を畏れる所から生まれている。ただ極めて長寿の老人が、精魂尽き果てて、突然無病で死亡するのは、死に何の不安を抱かない聖人と異なる所がない。


引き続き死に感する章が続きます。


一時的な感情の高まりで死をものともしないのは凡人以下だ、と一斎先生は断じています。


この匹夫の勇については、『孟子』「梁恵王下篇」に以下の記載があります。


王請う、小勇を好むなかれ、それ剣を撫し、疾視して曰く、彼悪(いずく)んぞ敢えて我に当たらんやと、これ匹夫の勇、一人に敵する者なり、王請う、これを大にせよ。


訳は以下の通りです。


王よ、どうか小勇を好まないでください。例えば剣を握って相手をにらみつけ、「かなうものならかかってこい!」と言う。これは匹夫の勇で、一人を相手にするだけのものです。王よ、どうかこれを大きな勇にしてください。


あの『葉隠』にある、


武士道とは死ぬことと見附けたり。


という言葉も、武士は常に死を意識しながら日々を精一杯生きることを説いているのです。


そもそも人間の命は天から与えられたものであるから、無闇に粗末にしてはいけません。


その命は、高い志を抱いて社会のために尽くすべきものです。


そういう意味で、天寿を全うして大往生を遂げることができれば、それこそが立派な人生と言えるのかも知れません。


自分に課された命を尽くして、与えられた生を全うしましょう。

第135日

原文】
常人は平素一善の称すべき無くして、偶(たまたま)病篤きに及び、自ら起たざるを知り、遺嘱して乱れず、賢者の為(しわざ)の如き者有り。此は則ち死に臨みて一節の取る可きに似たり。然れども、一種死病の証候、或は然るを致すこと有り。是れ亦知らざる可からず。


【訳文】
普通一般の人で、平常何ら称賛すべき善行が一つも無いのに、たまに病危篤になり、自ら再起不可能を知ると、後事を遺言して少しも乱れた様子の無いのは、賢者のようである。これは臨終に際しての処置という一節だけがとるべき価値がある事のように思われる。しかし、一種の死病の症候として、こうなる者もあるからして、この事もまた知っておくべきである。


【所感】
凡人であって、平素はとくに称えるようなことのない人が、病気が悪化し、回復が望めないとなると、後のことを託して心を乱さずに、あたかも賢者のように振る舞うこともある。これは死に際しては称えるべき価値のある行動をしたと評することができる。しかし、病の症状として、こうしたことがあるということは知っておくべきである、と一斎先生は言います。


ここは解釈の難しい章です。


いわゆる聖人でも賢人でもない常人と呼ばれる人が、死に際しては立派に振る舞うことがあるが、それは病のなせる業だと理解すればよいのでしょうか?


これは、死を痛切に目の前に実感したとき、今まで心を覆ってきた濁りがすべて洗い落され、生まれた時の純粋な心(これを明徳あるいは良知などと呼びます)を取り戻すことができるからなのかも知れません。


しかし、一般的には死を前にしては、まだやり残したことへの後悔の念が生じてしまう人が圧倒的に多いでしょう。


かく云う小生も、今ここで命が消えるとしたら、後悔の念に駆られることは間違いありません。


この「死生観」について、森信三先生はこう仰っています。


われわれ人間は、自分の力を真に残りなく発揮し尽くすことによって、そこにおのずから死生一貫の道に合することができるのであります。同時にそれはまた生死を超越する一道でもありましょう。すなわち現在の自分としては、もはやこれ以上はできないというまで生に徹することによって、そこには、生命の全的緊張の中に、おのずから一種の悠々たる境涯が開かれてくるとも言えましょう。

かくして人間としては、もちろん一面からは長く生きたいには相違ないですが、同時にまたどうしても死なねばならぬとあれば、それもまた已むを得ないという、悠々たる心境になれるでもありましょう。

ここにおいてか、真に死を超える道とは、畢竟するに死に対する恐怖の消滅する道とも言えましょう。


生に徹して生きるとは、世の為人の為に自分の命を捧げきることです。


まだまだ小生は、いつ死んでも構わないという心境にはとてもなれません。


まずは残された人生を日々、己のベストを尽くして生きていくのみです。

第134日

原文】
堯・舜・文王、其の遺す所の典謨訓誥(てんぼくんこう)は、皆以て万世の法と為す可し。何の遺命か之に如かん。成王の顧命、曾子の善言に至りては、賢人の分上、自ら正に此の如くなるべきのみ。因りて疑う。孔子泰山の歌、後人仮托して之を為すかを。檀弓(だんきゅう)の信じ叵(かた)きは、此の類多し。聖人を尊ばんと欲して、而も卻(かえ)って之が累を為すなり。


【訳文】
堯・舜・文王などの聖王が、『書経』に遺した教訓は、総て万世の法則・規範であって、これにまさる遺命はない。若くして即位した周の成王の臨終の命や曾子の善言は、賢人の本分上のことで聖人のものではない。孔子が作った泰山の歌が『礼記』の檀弓篇に「泰山其れ頽(くず)れんか、梁木其れ壊(かい)せんか、哲人其れ萎(や)まんか」とあるが、七日後に他界したといわれている。これは後世の人が孔子にことよせていったもので、檀弓の文は信用し難い。このようなものは外にも類がある。こんなことは、聖人を尊敬しようとして、かえって禍をなすのである。


【所感】
堯・舜・文王の『書経』にある教訓は、すべて万世に通じる法則とすることができる。これに勝る遺命があるだろうか。成王の臨終の言葉や曾子の善言は賢人のものであり、聖人のものではない。そこで私が疑問に思うのは、『礼記』檀弓上篇に掲載されている、孔子が臨終間際に作ったという「泰山の歌」のことである。孔子は「泰山其れ頽(くず)れんか、梁木其れ壊(かい)せんか、哲人其れ萎(や)まんか」とあり、その七日後に他界したといわれている。これは後世の人が孔子を敬するがあまり事実をゆがめてしまたもので、こうした類のことは多く存在している。聖人を尊敬する気持ちがかえって禍を及ぼしているのだ、と一斎先生は言います。


小生には本章の一斎先生の意図が計りかねます。


一斎先生は禍を及ぼすと断じていますが、古来偉人のイメージをつくり上げるために、こうした事実とは信じがたいエピソードが多く語られています。


釈迦が生まれてすぐに七歩歩いて天と地を指さし「天上天下唯我独尊」と唱えたという話はその代表例でしょう。


ところがそもそも聖人と呼ばれる程の人は、その真実の言動だけで十分に人が学ぶべきお手本となっているのであるから、こうした偶像は不要なのだと、一斎先生は仰りたかったのでしょうか?


あるいは、孔子は支那における最後の聖人ですので、こうした遺訓のような言葉は残しているはずがない、と仰りたかったのでしょうか?


一日一斎を御拝読頂いている皆様のご意見を頂戴したく存じます。


ここまでの数章を通じて一斎先生は、聖人と賢人との違いを遺訓の有無におかれているようです。


賢人はともすれば言葉を濫用するが、聖人はあくまでも泰然自若であって余計な言葉を用いて人を導くことはしない。


それが聖人の聖人たる所以である、と一斎先生は見ているようです。


ただし、小生のような凡愚な人間にとっては、賢人の遺訓にも大いに教えられるところがあります。


よって聖人の行いも、賢人の遺訓も、共に有り難く拝読・拝聴させて頂きたいと思います。

第133日

原文】
賢者は歾(ぼっ)するに臨みて、理の当に然るべきを見て以て分と為す。死を畏るるを恥じて死に安んずるを希(こいねが)う。故に神気乱れず。又遺訓有りて、以て聴くを聳(そびや)かすに足る。而して其の聖人に及ばざるも、亦此に在り。聖人平生の言動、一として訓に非ざるは無く、而して歾するに臨み、未だ必ずしも遺訓と為さず。死生を視ること、真に昼夜の如く、念を著くる所無し。


【訳文】
賢人は臨終に際して、道理上当然あるべきものと考えて、それに甘んじているから、死を畏れることを恥とし、安心して死することを希望する。それ故に、臨終の時も心が乱れることが無い。また、残された所の教訓があって、感動せしめるものがある。賢人が聖人に及ばないということも、この遺訓にある。聖人は、平常の言動は一つでも教訓でないものはなく、死ぬ時に、特に遺訓をするとは限ってはいない。死生を見ることは、あたかも昼夜の交代するが如くで、真に当然のこととして何ら気にしない。


【所感】
賢人は臨終に臨んで、その死を道理の上で当然のこととして受け入れるので、死を畏れず、安らかに死ぬことを望むものである。このために心を取り乱すこともない。また遺訓によってそれを聴くものの心をゆさぶる。しかしこれこそが聖人に及ばない点であるとも言えるのだ。なぜなら聖人の平生の言動はすべて人の教えとなるものであるから、必ずしも遺訓を遺さないのである。死生を昼夜の如く見ているため、心を惑わすこともないのだ、と一斎先生は言います。


昨日も触れたように、日本の偉人たちは死に臨んで辞世の句を残しています。


これは一斎先生からすると賢人の行為であって、聖人はそもそもすべての言動が人の鑑となるものなので、遺訓の類を遺す必要がないのだそうです。


さて、孔子は七十歳にして、心の思うままに行動しても道理を踏み外すことがなくなったと仰っています。(原文:七十にして心の欲する所に従えども矩を踰えず)


つまり孔子にしてようやく七十歳で聖人の域に達したと理解して良いでしょう。


ところで孔子の如き聖人にはとても成り得ない小生のような人間は、死生をどう捉えたら良いのでしょうか?


一斎先生は、聖人は死生を昼夜の如く見ていると仰っています。


森信三先生も同様のことを指摘されていますので、これを引用しておきます。


人間も五十をすぎてから、自分の余生の送り方について迷っているようでは、悲惨と言うてもまだ足りません。そこで一生を真に充実して生きる道は、結局今日という一日を、真に充実して生きる外ないでしょう。実際一日が一生の縮図です。われわれに一日という日が与えられ、そこに昼夜があるということは、二度と繰り返すことのないこの人生の流れの中にある私達を憐んで、神がその縮図を、誰にもよく分かるように、示されつつあるものと言えましょう。


今日一日が一生の縮図である。


そう捉えるならば、毎日を無駄にせず、今日やるべきことを明日に残さずにやり遂げて夜を迎えるしかありません。


我が一生を悔いなく生きるとは、結局一日一日を悔いなく生きることでしか達し得ないということです。


さあ、そうと分かれば、まずは今日一日を精一杯悔いを残さずに生き切りましょう!

第132日

原文】
聖人は死に安んじ、賢人は死を分とし、常人は死を畏る。


【訳文】
聖人は生死の相対観念を超越しているから、死に対して何の不安もなく泰然としている。賢人は死を天の定命として生者必滅の理を悟ってあまんずる。一般人は常に死に対して畏怖の念をいだいている。


【所感】
聖人は安らかに死を迎え、賢人は天命として死を受け容れるが、凡人は死に対する恐怖心を拭い去れない、と一斎先生は言います。



以前(第124日)、吉田松陰先生の辞世の句をご紹介しましたが、松陰先生はこれとは別に以下のような漢詩もつくっており、死の直前に朗々と読み上げています。


吾今爲國死     吾今 国の為に死す
死不背君親     死して君親に背かず
悠悠天地事   悠悠たり 天地の事
鑑照在明神     鑑照 明神に 在あり


この漢詩の意味は、


私はこれから国のために死にます。
死んでも、主君や両親に対して恥ずべきことは、何もありません。
もはや私は、この世のあらゆることを、のびのびとした気持ちで受け入れています。
私は、私の人生のすべてを、今、神の御照覧にゆだねます。(松浦光修先生訳)


となります。


自分の死を天命だと素直に受け入れて少しも動じていない様に、清々しささえ感じてしまいます。  


まさに松陰先生は賢者であったと言うことでしょう。


松陰先生に限らず、日本の歴史上の人物たちの多くが、自身の死に際して辞世の歌を残しています。


日本人は粋だなぁ、とつくづく思います。


さて、一斎先生の言う凡人のように死を畏れるのではなく、せめて賢人のように死を潔く受け入れるためにはどうすれば良いのでしょうか。


すでに学んできたように、己の志を立て、ただ只管に、見返りを求めることなく、日々をその志のために生き切ることだと、小生は理解しています。


結果として己の志が成就できたかどうかは問題ではなく、とにかく日々を燃焼できれば大きな悔いは残らないはずです。


人生を燃え尽くしましょう!

第131日

原文】
茫茫たる宇宙、此の道只だ是れ一貫す。人より之を視れば、中国有り夷狄(いてき)有り。天より之を視れば、中国無く、夷狄無し。中国に秉彜(へいい)の性有り。夷狄にも亦秉彜の性有り。中国に惻隠・羞悪・辞譲・是非の情有り。夷狄にも亦 惻隠・羞悪・辞譲・是非の情有り。中国に父子・君臣・夫婦・長幼・朋友の倫有り。夷狄にも亦父子・君臣・夫婦・長幼・朋友の倫有り。天い寧(いずく)んぞ其の間に厚薄愛憎有らんや。此の道の只だ是れ一貫なる所以なり。但だ漢土の古聖人の此の道を発揮する者、独り先にして又独り精なり。故に其の言語文字、以て人心を興起するに足る。而れども其の実、則ち道は人心に在りて、言語文字の能く尽くす所に非ず。若し道は独り漢土の文字に在りと謂わば、則ち試(こころみ)に之を思え。六合(りくごう)の内、同文の域、凡そ幾ばくか有る。而も猶お治乱有り。其の余の横文の俗も、亦能く其の性を性として、足らざる所無く、其の倫を倫として、具(そな) ざる所無し。以て其の生を養い、以て其の死を送る。然らば則ち道豈に独り漢土の文字のみに在らんや。天果たして厚薄愛憎の殊なる有りと云わんや。


【訳文】
この広大な世界に、一つの貫通した道がある。人間から見ると、中華の国があり、また野蛮の国がある。中華の文明国には道徳を守る性質があり、野蛮な国にもそれがある。文明の国には親(父子)・義(君臣)・別(夫婦)・序(長幼)・信(朋友)の五つの道徳(五倫)があるり、野蛮の国にもそれがある。天はどうして厚薄愛憎の差別をしようか、そんなことはしない。これすなわち道が一貫している所以である。ただ中国の昔の聖人で、人間の守るべき道を説きあかした者が、他よりも早く、またくわしいだけである。それで、その聖人の使った言語や文字は、人の心を奮い起すに十分である。しかし、その道は人の心に存するものであって、言語や文字ではとても説き尽せるものではない。もしも、道が中国の文字にありというならば、試みに考えてみるがよい。世界の中で、中国と同じ文字を用いている国が、どれだけあるかわからない。その国々には治もあり乱もあって、中国と別に変らない。そのほか、横文字の西洋の国も、また道徳性を十分に身につけていて、その生(生命)を養い、また死を送っている。それで、道は中国の文字にだけあるのではない。天がどうして厚薄愛憎の差別をしようか。道は世界に一貫している。


【所感】
広大な宇宙には一貫した道が通っている。人間側から見れば、支那があり、また野蛮人の国もあるが、天からみればそんな区別はない。支那にも野蛮国にも道徳を守る習慣がある。支那にも野蛮国にも四端があり、五倫がある。天はそれらへ等しく愛情を注ぐ。天の道が一貫している証拠である。ただ、支那の古人がこの道を説くことが、他より早く、また詳しいだけのことである。このため支那の言葉や文字は人の心を奮い立たせる。しかしその道は人の心に在るのであって、言葉や文字にあるわけではない。それが支那にしかないというなら、以下のことを想像してみよ。世界中に支那と同じ言葉を使う国はいくつもあるだろうが、それでも乱れた国がある。また横文字の国であっても道徳性を身に着け、五倫を具えており、それによって生を全うし、死を迎えている。そう考えれば、天の道は支那にだけあるのではない。道は世界中に在り、天はまったく差別をしていないのだ、と一斎先生は言います。


これは中華思想に対する一斎先生のアンチテーゼでしょうか?


そもそも中国という名称も中華思想の表れであって、支那以外であの国を中国と呼んでいるのは日本くらいではないでしょうか。


天は万物に等しく恵みを与えるのであって、そこに人種や国の優劣はまったく関係ないのだ、と一斎先生は仰っています。


むしろ今、四端や五倫がもっとも欠けているのはそれこそ支那でしょう。


尖閣諸島問題などは、そのどこに羞悪や辞譲、朋友の信があると言えるのでしょうか!


支那への個人的なクレームはこの程度にしておきましょう。


天は一切の差別なく恵みを与えてくれるとするなら、それを全身に受け取って、己の本分を尽くすしかありません。


私の敬愛する故坂村真民先生は、生前毎日深夜0時に愛媛県にある重信川のほとりで地面に額をつけて、天地からのパワーを全身に吸収した後、詩を書かれたのだそうです。


だからこそ、真民先生の詩は、さして詩を解することのできない小生のような人間の心にもスッと入り込んでくるのでしょう。


最後に、真民先生の詩を一遍ご紹介しておきます。


生きることは

生きることは
自分の花を咲かせること
風雪に耐え寒暑に耐え
だれのものでもない
自分の花を咲かせよう

生きることは
神仏の使命を果たすこと
生れてきた者には
必ず何かの使命がある
それを見出して為し遂げよう

生きることは
光を見出すこと
この世は決して闇ではなく
必ず光が射してくる
そのことを信じ
勇気を出してゆこう

生きることは
愛に目覚めること
人を愛し世を愛し万物を愛し
二度とない人生を
愛の心で包んでゆこう

生きることは有り難いこと
生かされて生きる不思議を知り
すべてに感謝し
手を合わせてゆこう

第130日

原文】
急迫は事を敗(やぶ)り、寧耐(ねいたい)は事を成す。


【訳文】
何ごともせっぱつまって急いでやれば、事は失敗に終る。あせらずに忍耐して好機を待つならば、物事を成就さすことができる。


【所感】
事を成すことを焦れば失敗するし、じっくりと耐え忍んで実行すれば成功する、と一斎先生は言います。


何ごとも慌てて実行に移すのではなく、あらかじめ計画を立て、しっかりと準備をしてから始めることが重要です。


しかし、それでも一つの事を続けていくうちには、艱難辛苦が待ち受けています。


そこで必要になってくるのが寧耐、言葉を変えれば「ねばり」ではないでしょうか?


これについて、国民教育者の森信三先生は、『修身教授録』の中でこう述べられています。
かなり長文となりますが、そのまま引用します。


人間が一つの仕事を始めてから、それを仕上げるまでには、大体三度くらい危険な時があるもののようです。もちろん事柄にもより、また人にもよることですが、しかしまず全体の三割か三割五分くらいやったところで、飽き性の人とか、あるいはそれほど進んでやる気でなかった場合には、ちょっと飽きの来るものです。この第一の関所を突破するには、意志という言葉が一番ふさわしいでしょう。ところがこの三割か三割五分辺の第一関門をすぎると、当分のうちは、その元気で仕事がすすみましょう。


ところが六割か六割五分辺のところへ来ると、へたってくるのです。そして今度のへたりは、前よりも大分ひどいのが常です。第一の関所で落伍するような人間では問題になりませんが、この第二の関門となると、身心ともにかなり疲れてきますから、まず七、八割の人は、ちょっとへたりこむのです。そこでその際起ち上がるのは、もちろん意志と言ってもよいわけですが、しかし私は、根気という方がもう少し実感に近いかと思うのです。そこで根気を出して、この第二の関門もついに打ち越えたが、しかしその頃には、相当疲れていますから、持ちこたえるという程度の力しか出しにくいのが普通です。


ところが八割前後になりますと、いかにも疲れがひどくなって、どうにも飽きがきて、何とか一息つきたくなるものです。しかしそこで一息ついてしまったんでは、もちろん仕事は成就しません。仮に後から補ってみたところで、どうしても木に竹をついだようなものになってしまいます。同時にねばりという言葉が、独特の意味を持ってその特色を発揮し出すのは、まさにこの第三の関所においてです。


つまり油はほとんど出し切って、もはやエネルギーの一滴さえも残っていないという中から、この時金輪際の大勇猛心を奮い起こして、一滴また一滴と、全身に残っているエネルギーをしぼり出して、たとえば、もはや足のきかなくなった人間が、手だけで這うようにして、目の前に見える最後の目標に向かって、にじりににじって近寄っていくのです。これがねばりというものの持つ独特の特色でしょう。


ひとつのことを「道」と呼べるレベルにまで仕上げるためには、三十年の歳月が必要であると言われます。


松下幸之助翁は、素直の初段になるまでに三十年かかったと述懐しています。


小生も小生なりの「営業道」を極めるために、ねばりにねばって、日々の仕事を処理していく所存でおります。

第129日

原文】
需は雨天なり。待てば則ち霽(は)る。待たざれば則ち恬濡(てんじゅ)す。


【訳文】
需の字は雨天の意味である。雨天の時は待ったならば晴れるのだが、待たなければぬれてしまう。(文化十三年正月録す。一斎先生四十五歳)


【所感】
需という字は雨天を表す。雨天であれば待てば晴れる。しかし待たなければずぶ濡れになってしまう
、と一斎先生は言います。


急いては事をし損じる


と言います。


時には状況をよく見極め、慎重に動くことも必要であることの教えでしょう。


進むか、止まるか?
即今着手か? 泰然自若か?


この判断は非常にむずかしいものです。


常にぶれない自分の行動基準を持つべきでしょう。


大変有名なお話ですが、JALを再生した京セラの稲盛和夫さんは、かつて通信の自由化を受けて第二電電(現KDDI)を立ち上げ通信事業に参入する際に、以下のような自問自答を繰り返したのだそうです。


動機善なりや、私心なかりしか


稲盛さんは、ビジネスを成し遂げる時に必要なものは「大義」だとも仰っています。


一世を風靡した林修先生の「いつやるか? 今でしょう!」ではないですが、己の基準に照らしてGOとなったら、即今着手すべきなのです。


どんなに統計をとっても、データを分析しても、それは過去の結果でしかなく、確率論でしかありません。


結果に悔を残さない判断をするための行動基準をつくることもまた、古典を繙(ひもと)く大きな目的のひとつではないでしょうか。

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