一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

2015年07月

第169日

原文】
泰西の説、已に漸く盛んなるの機有り。其の謂わゆる窮理は以て人を驚すに足る。昔者(むかしは)程子、仏氏の理に近きを以て害と為す。而るに今洋説の理に近き、仏氏より甚だし。且つ其の出す所奇抜淫巧にして、人の奢侈を導き、人をして駸駸然(しんしんぜん)として其の中に入るを覚えざらしむ。学者正に亦淫声美色を以て之を待つべし。


【訳文】
西洋諸国の学説が次第に盛んになる兆候がある。その言う所の理を窮めるということは、人々をびっくりさすに十分である。昔、宋儒の程子が、仏教のいうのは理に近いので、それが弊害であると言った。西洋の学説は理に近くて、仏教よりも甚だしい。それは、思いも及ばないほどにみだらで、人々を贅沢にさせ、そして人々をして自然とその中に入れさせてしまうのである。学者は、西洋の学問をみだらな声や美しい女と考えて用心すべきである。


【所感】
西洋の学説は次第に流入し盛んになってきている。その論説は人を驚かせるには充分なものである。かつて宋の儒者である程子(程明道と程伊川の兄弟)は、仏教の説は理に近いために有害であるとした。ところが昨今の西洋の学説は、仏教以上に理に近い。またそれは常識外れかつ淫らなもので、人を贅沢にさせ、いつの間にかその中にどんどんと入り込ませてしまう。学問をする者は、西洋の学説に対しては、美しい声をした美女だと捉えて対応すべきだ、と一斎先生は言います。


小生の古典の読解力では、ここにある「理に近い」という言葉の意図を理解できません。


いくつかの解説を見ても、どれもそのまま「理に近い」と訳されております。


理が真理ということであれば、それに近いことは悪いことではありません。


ここでいう「理」とは、空理空論と理解すれば良いのでしょうか?


昨日の一斎先生のご指摘のように、行動を伴わない知と同じだと捉えておきたいと思います。


さて、一斎先生が亡くなったのは1959年ですから、ペリーが浦賀に来航してから数年後ということになります。


一方この『言志録』が書かれたのは、1813年から1824年ですので、開国よりは30~40年前にあたります。


その時期に既に西洋の学説は、おそらくは長崎を経由して広く入り込んでいたのでしょう。


鎖国時代の日本人にとって、西洋の本に書かれていることは、まったくもって驚きを禁じ得ないものだったはずです。


そしてそれは俄かには信じられない内容であったのも理解できます。


この当時、どんな本が読まれたのかは資料がありませんが、義より利を優先するようなものであったことは予測できます。


それを読んだ一斎先生がこれを読んだら日本人は堕落すると思われたのも無理はないでしょう。


米国の初代日本領事であったハリス提督は開国後にこう言ったそうです。


この国と国民を豊かにし幸せにすると日本を開国させたが本当によかったのだろうか?この国の国民は、たとえ貧しくとも幸せそうである。本当に開国させたことがよかったのであろうか?


2015年の今でさえ、このハリス提督の問いかけに答えることは容易ではありません。


ただし、その後の世界状況を見るならば、日本が植民地化されなかったのは開国の影響であるとすることは間違いないように思います。


それにしても、一斎先生のこの章句は、当に現在の日本を予言していたと見ることができそうです。


その慧眼には敬服するほかありません。

第168日

原文】
其の言を儒にして其の行を儒にせざれば則ち其の言や、秖(まさ)に躬自ら謗るなり。


【訳文】
そのいう言葉は儒者の教えのようであるが、その行いは儒者の教えのようでなければ、そのいう言葉は、まさに自分自身をそしっているものである。


【所感】
発する言葉は儒者の言葉であるのに、行いが儒者のようでなければ、その言葉はまるで自分の身を謗っているようなものである、と一斎先生は言います。


明代の儒者である王陽明先生は、知行合一を唱え、知ることは行うことであり、行うことは知ることであるとしています。


孔子も常に、


君子は言は訥にして、行いに敏ならんと欲す


と『論語』の中で説いています。(里仁第四)


この他にも『論語』には、言葉よりも行いを重んじる発言が多く見られます。


特に、孔子が宰我(予)という弟子を評して言った辛辣な言葉が印象的です。


その部分を引用してみましょう。


子曰わく、始め吾人に於けるや、其の言を聴きて其の行を信ず。今吾人に於けるや、其の言を聴きて其の行を觀る。予に於てか是を改む。(公冶長第五)


訳しますと


先師が言われた。
「私は今までは、人の言動を聞いてその人の行いを信じた。だが今は、その人の言葉を聞いても、その行いを見てから信じるようにしよう。お前によって人の見方変えたからだよ」


「言語には宰我・子貢」と言われるほどの口達者な弟子であった宰我だけに、時に言葉が行いに勝るということがあったようです。


これはもちろんビジネスリーダーにも当てはまる戒めです。


リーダーが言行一致の人か否かをメンバーはしっかりと見極めています。


言葉よりも背中で引っ張るリーダーでありたいものです。

第167日

原文】
今の儒は、今の釈を攻むること勿れ。儒は既に古の儒に非ず。釈も亦古の釈に非ず。


【訳文】
今の儒学者は今の仏教徒を非難してはいけない。今の儒学者は昔の儒学者とはちがう。仏教徒もまた昔の仏教徒とは異なっている。


【所感】
現在の儒者は、現在の仏教徒を非難してはならない。現在の儒者は古の儒者とは違う。仏教徒もまた古の仏教徒とは変質している、と一斎先生は言います。


ご承知のように一斎先生は儒学者ですから、この章句は同じ道を志す同志に対しての警鐘と捉えるべきでしょう。


ちなみに「釈」とは、釈尊(ブッダ)を指すものと思われます。


この章句において、一斎先生が何を言わんとしたのかについては、小生のような浅学の身では、理解できません。


非常に個人的な私見として、読んでいただきたいのですが、小生は儒教と仏教の違いを以下のように捉えています。


仏教 = 日々の生活において、わが身わが心をどう処するかという教え

儒教 = 立身出世を前提として、わが身わが心を律する教え


儒教の教科書のひとつである『大学』には、有名な


修身斉家治国平天下


という言葉があります。


これは、わが身を修めることから始めて最後には天下を平らかにしようという思想であり、そこに立身出世の強い意志を感じ取ることができます。


『論語』においても、孔子の門下の弟子たちの多くは、仕官することを目的として学びを深めています。


一方、仏教においては禅宗であれば、只管(ひたすら)座禅をする。あるいは真宗であれば、只管念仏を唱えることを教えられます。


そこに立身出世の色は微塵も感じられません。


これがゆえに、日本においては、仏教に変わって儒教が武家社会の規律となっていったのでしょう。


ところが一斎先生の時代になると、その様相も変わり、儒教は仏教化し、仏教は儒教化して、お互いが歩み寄り日本独自の思想へと浄化されてきたのではないでしょうか?


朱子学を興した朱熹は徹底的な排仏論を展開していたように、古の儒者は仏教を強く否定したのでしょう。


しかし現代においては、非難するには当たらないと一斎先生は考えたのではないか?


あくまで何の根拠も説得力も無い私見にお付き合いをさせてしまいました。


謹んでお詫び致すと共に、ご意見やご批判を頂ければ幸甚です。

第166日

原文】
学を為して門戸を標榜するは、只だ是れ人欲の私なり。


【訳文】
学問をするのに、かど口に看板をかかげてみせびらかすことは、ただ、自分だけの利益を貪る心に過ぎない。


【所感】
学問をして戸口に看板を掲げて誇示することは、私欲の表れである、と一斎先生は言います。


小生自身も「潤身読書会」という古典を活学すると銘打った読書会を主査しておりますので、これは耳の痛いお言葉です。


人はなぜ学問をするのか、という根本的な問いについては様々な偉人が独自の解釈をされています。


既に取り上げてはおりますが、その中でも代表的なものを2つご紹介しましょう。


一つ目は『荀子』にある言葉です。
(これについては何度も取り上げていますが、安岡正篤先生もご自身の唱えられた「聞学起請文」でも採用されている名文ですので、何度でも掲載したいと思います。)


君子の学は通ずるが為めに非ず。窮するとも困まず憂うるとも意の衰えず、禍福終始を知りて心の惑わざるが為めなり。


二つ目は、中江藤樹先生のお言葉です。(これも既出)


それ学は、人に下ることを学ぶものなり。人の父たることを学ばずして、子たることを学び、師たることを学ばずして弟子たることを学ぶ。よく人の子たるものはよく人の父となり、よく人の弟子たるものはよく人の師となる。自ら高ぶるにあらず、人より推して尊ぶなり。


共に学を誇ることを厳に戒めた名文と理解して良いでしょう。


孔子も『論語』の中でこう言っていますね。


子曰わく、古(いにしえ)の學者は己の爲にし、今の學者は人の爲にす。(憲問第十四)


少し聞きかじったことを、すぐに人に教えるというようなことでは、誰のための学問であるかがわからなくなる、ということでしょう。


これは学問をする人の社交場の注意としても、大変意義深いものだと言えそうです。

第165日

原文】
民は水火に非ざれば生活せず。而も水火又能く物を焚溺(ふんでき)す。飲食男女は人の生息する所以なり。而も飲食男女又能く人を牀害(しょうがい)す。


【訳文】
孟子は、「人民は水と火が無ければ生活することができない」といったが、水は人を溺れさせ、火は物を焼き尽くしてしまう。飲食や男女の交際は人間が生活していくのに必要なわけであるが、この飲食と男女の交わりは人を害する危険性がある。


【所感】
『孟子』には、「人民は水と火がなければ生活はできない」とあるが、一方で水は人を溺れさせ、火は物を焼いてしまう。飲食は男女の交わりは人が生きるために必要なものだが、一方で人を害するものでもある、と一斎先生は言います。


『孟子』尽心章句上の全文は以下のとおりです。


孟子曰く、其の田疇(でんちゅう)を易(おさ)め、其の稅斂を薄くすれば、民、富ま使む可し。之を食するに時を以てし、之を用うるに禮を以てすれば、財、勝(あげ)て用う可からず。民、水火に非ざれば、生活せず。昏暮に人の門戶を叩き、水火を求むるも、與えざる無きは、至って足ればなり。聖人、天下を治め、菽粟(しゅくぞく)有ること水火の如くならしむ。菽粟、水火如くにして、民、焉んぞ不仁なる者有らんや、と。


その意味は、


孟子が言った。
「田地を耕作し、租税を軽減すれば、人民を富ますことができる。季節でないものは食用にせず、節度のある消費をする。人々は水と火とがなければ生存することはできない。日暮に人の門を叩いて水や火を求めても、これを与えないものがないのは、水や火は極めて多く充足しているからである。聖人が天下を治めるにも、水や火のように食糧を充実させる。もし食糧が水や火のように足りていれば、人民はどうして不仁のものがあろう。」


一斎先生は上記の『孟子』尽心章句上の趣旨をそのまま採用したわけではなく、一部の言葉のみを自身の伝えたいことを補足するために引用しています。


これを「断章取義」といって、孔子も『論語』の中に『詩経』の一部を採用するときなどに用いています。


さて、この章も伝えたい趣旨は、男女の交わりについてのようです。


水や火は便利であり生活に欠かせないものであるが、その使い方を誤れば自らの命を奪うほど危険なものでもある。


男女の交わりもそれと全く同じだ、というわけです。


今も昔も、恋愛感情のもつれから哀しい刃傷沙汰になるということはあるようです。


森信三先生は夫婦間の問題について、以下のような箴言を遺しておられます。


夫婦のうち人間としてエライほうが、相手をコトバによって直そうとしないで、相手の不完全さをそのまま黙って背負ってゆく。夫婦関係というものは、結局どちらかが、こうした心の態度を確立する外ないようですね。   『森信三一日一語』より(致知出版社)


夫婦間に限らず、恋愛関係にある男女にとっても、知っておくべきお言葉ですね。  

第164日

原文】
少壮の人、精固く閉ざして少しも漏らさざるも亦不可なり。神滞りて暢びず。度を過ぐれば則ち又自ら牀(そこな)う。故に節を得るを之れ難しと為す。飲食の度を過ぐる、人も亦或いは之を規す。淫欲の度を過ぐる、人の伺わざる所(か)、且つ言い難し。自ら規するに非ずして誰か規せん。


【訳文】
若くて元気盛んな人が、精(精力)を極端に抑制して少しも外に発散しないのも良くないことである。精神が滞ってしまって順調にのびのびとしない。度を過ごしたならば体を害することになる。それで、節度を得るということは難しいことである。暴飲暴食して度を過ごしたのは、誰でも正し戒めることができるが、性欲の度を過ごしたのは、人の存知しないところであり、なお口に出しては言いにくいことである。自分で規制していかなければ、誰がこれを規制することができよう。


【所感】
若い人が性欲を抑制し過ぎて、少しも漏らすことがないというのも問題である。精神が滞って健全に成長しなくなってしまう。度を超せばかえって自らの健康を害することにもなる。そういう意味でも、節度を守るということは難しいことである。暴飲暴食は人から指摘してもらうことも可能だが、性欲については人の伺い知れないところであり、また指摘もしづらいものである。自分自身で抑制して行く以外に方法はない、と一斎先生は言います。


引き続き性欲についての章です。


昨日紹介した森信三先生のお言葉の中に、


そこで生まれつきとしては、肉体的にいかに強壮な人でも、もしその人が性欲を守る点できびしくなかったら、将来必ずや衰える期がくるのであります。同時にまたこれに反して、その生まれつきとしては、さまで健康でない人でも、もしその人が性欲を制御することがきびしかったとしたら、その人はよく天寿をたもち、永く精神的な活動に堪えることができるのであります。


とありました。


佐藤一斎先生は、性欲を自制することを自らも実践され、87歳で亡くなるまで精力的に活動されました。


考えてみれば、森信三先生は97歳、坂村真民先生は98歳でご逝去されており、見事に天寿を全うされています。


さらに安岡正篤先生のご高弟である伊與田覺先生に至っては、100歳を超えた今もご健在であられます。(安岡正篤先生も85歳までご活躍されております。)


現在の日本人男性の平均寿命は80.2歳だそうです。


これら諸先生が生きた時代の平均寿命はそれよりはるかに短かったことを考慮すれば、驚くべき長寿であったと見ることができます。


性欲を漏らすことが人体に及ぼす影響は、吾々が想像する以上に甚大であると言えそうです。

第163日

原文】
学者当に徳は歯(とし)と長じ、業は年を逐(お)いて広かるべし。四十以降の人、血気漸く衰う。最も宜しく牀弟(しょうし)を戒むべし。然らざれば神昏く気耗し、徳業遠きを致すこと能わず。独り戒むこと少(わか)きの時に在るのみならず。


【訳文】
学問に志す者は、学徳が年齢と共に長じていき、学業が毎年広がっていかなければならない。四十歳を過ぎると、人は血気が段々と衰えていくから、特に寝室でのことは、これを慎むのがよい。これを慎まなければ、精神がぼうっとし、気力が衰えて、学・徳も遠大に致すことではできない。寝室でのことは、若い時だけでなく、四十以降の人も慎むべきである。


【所感】
本当に学問を修めている者の徳は年齢と共に進み、学業は年々広がっていく。四十を超えた人は、血気も衰えてくるので、寝室でのことを慎むべきである。そうでなければ精神も気力も衰えて、学徳の達成が覚束なくなる。寝室での慎みは若いときだけの問題ではない、と一斎先生は言います。


ここは性欲の処理の問題と捉えて良いのでしょうか?


森信三先生は、『修身教授録』の中で、一章を割いて「性欲」について師範学校の学生たちに講義をしています。


以下にそのポイントとなるべき言葉を抽出します。


性欲を漏らすということは、それだけ生命を失うことであり、それだけ死への接近というわけです。すなわち精液は生命のエッセンスであって、これを漏らすということは、それだけ生理的生命を減損するわけであります。ところが、心身相即体であるわれわれ人間にとっては、生理的活力の減損は、そのまままた精神的な力の減損とも言えるのです。

そこで生まれつきとしては、肉体的にいかに強壮な人でも、もしその人が性欲を守る点できびしくなかったら、将来必ずや衰える期がくるのであります。同時にまたこれに反して、その生まれつきとしては、さまで健康でない人でも、もしその人が性欲を制御することがきびしかったとしたら、その人はよく天寿をたもち、永く精神的な活動に堪えることができるのであります。

古来独りを慎むということが大切とされていますが、慎独とは、ある意味では、この性欲を慎むところに、その最下の基盤があると言ってもよいでしょう。


一方でこのようなことも言われております。


性欲の微弱なような人間は、真に偉大な仕事をすることはできないと言ってもよいということです。ですから、むかし釈尊の教団においては、性欲の萎縮したものは、これを入れなかったと言われていますが、これは実に意味深いことだと言えましょう。


つまり、性欲が衰えた人間には大きな仕事はできないが、かといって濫りに性欲を漏らす人間もまた立派な仕事はなし得ない、ということのようです。


この森信三先生のお言葉は、そのまま本章の解説になっていると考えて良いのではないでしょうか。


森先生は、古今の学者で「性欲」について触れているのは、貝原益軒先生と中江藤樹先生くらいであるとの指摘をしております。


ここにお一人、佐藤一斎先生を加えさせて頂きたいと思います。 


閨房のことについては、これ以上深く立ち入るのはやめておきましょうか。

第162日

原文】
耳目手足は、都(すべ)て神帥(ひき)いて気従い、気導きて体動くを要す。


【訳文】
眼・耳・鼻・舌・身の五官(仏教の五根)と手足の四肢が動くのは、総て精神(心)が統率して気がこれに従い、この気が導いて体が動くのである。


【所感】
人間の耳や目といった五官や手足などは、みな精神が率いて、それに気が従う。次いでその気が導いて身体を動かすことを可能にするのである、と一斎先生は言います。


この章は、『孟子』にある「耳目の欲」に関連しているようです。


耳目などの五官や手足は、それ自体で考えることをしないので、接触する外部に影響をうける。


一方、心は自ら考えることができる。


これはつまり、耳目はインプットする器官であり、心はアウトプットする器官であると見て良いのではないでしょうか。


最終的に重要なのは、インプットした情報をどう自己解釈し、アウトプットするかにあります。


ところがインプットしたものをそのまま丸のみ丸受けしたままに過ごしている人が多いということが、現代の問題点なのかも知れません。


大人(たいじん)は心を働かせるが、小人(しょうじん)は耳目手足を働かせるところに大きな違いがある、と孟子は言います。


常に主体性をもって心を働かせる人間でありたいと思います。

第161日

原文】
胸憶虚明なれば、神光四発す。


【訳文】
心の中がわだかまりがなく、きれいさっぱりしておれば、心の霊光が四方に輝きわたる。


【所感】
心の中にわだかまりがなければ、精神が四方に光輝く、と一斎先生は言います。


非常にシンプルな表現だけに、一斎先生の真意を読み取ることが難解な章です。


心に悪い考えが芽生えていたり、心がふさぎ込んでいるような状態では、周囲に悪い気を発散してしまうが、心が晴れやかでさっぱりしていれば、それとは逆に周囲にプラスのオーラをまき散らすことが可能である、ということでしょうか。


特にリーダーと呼ばれる人は、その組織の雰囲気(ムード)を作り上げているものです。


リーダーが快濶であれば、組織も活発となり、結果もついてくるでしょう。


一方、リーダーが暗い雰囲気を醸成していれば、組織も元気を失い、結果も出にくくなるはずです。


そういう意味では、リーダーは事あるごとに一喜一憂するのではなく、常に泰然自若でなければなりません。


これに関して、安岡正篤先生の座右の銘として知られる「六然」をご紹介します。(中国古代の学者 崔 銑(さいせん)の残した言葉と言われています。) 


六然(りくぜん) 

自処超然(じしょちょうぜん)
  自分自身に関しては、世俗の物事にとらわれないようにすること  

処人靄然(しょじんあいぜん)  
 人に接しては、相手を楽しませ心地よくさせること  

有事斬然(ゆうじざんぜん)  
 何か事があるときは、ぐずぐずしないできびきびとやること  

無事澄然(ぶじちょうぜん)  
 何も事がないときは、水のように澄んだ気でいること  

得意憺然(とくいたんぜん)  
 得意なときほど、静かで安らかな気持ちでいること  

失意泰然(しついたいぜん)  
 失意のときにも、泰然自若としていること


己は物事を超越し、他人には心で接し、有事の際も無事の際も、また得意のときも、失意のときも心おだやかに過ごす。


これは正に理想のリーダー像ですよね。


もちろん、小生にとっては、「得意憺然」が最大の課題であることは言うまでもありません。。。

第160日

原文】
人は明快灑洛の処無かる可からず。若し徒爾(とじ)として畏縮し趄(しょ)するのみならば、只だ是れ死敬なり。甚事(なにごと)をか済(な)し得ん。


【訳文】
人には、さっぱりとして気持がよく、また、さわやかでわだかまりのない所がなくてはいけない。もし、いたずらに恐れ縮まり、ぐずぐずして行きなやむものであれば、これは活きた敬ではなく死んだ敬で、どんな事も成就するものではない。


【所感】
人は明快でさっぱりとしたところがなければならない。もし徒に委縮しぐずぐずしたところがあれば、それはただ死んだ敬に過ぎない。それでは何も成し得ることはできない、と一斎先生は言います。


朱熹は


敬に死敬あり、活敬あり。


と言い、敬には活きた敬と死んだ敬があると指摘されています。


相手に対して慇懃無礼に振る舞うことは、死敬だということでしょう。


敬することと、畏れ畏まることはまったく別なのです。


人は生きている限り、何をするにも誰かの力を借りなければなりません。


ところが力を貸してくれる人に対して、自己をとり失い、自分の意思を曲げてまで付き従うようでは、事は成就しないでしょう。


あくまでも確固たる自己を確立し、その上で人と接するときも明るくさっぱりとした態度を保つことができれば、敬は活敬となって、自らを救ってくれるはずです。


ここまで数章にわたって様々な角度から「敬」を取り上げてきました。


敬という徳の重要性と身につけることの難しさを強く認識できたのではないでしょうか?


若い方には、是非とも繰り返し読んで、敬を自分のものとして頂きたいものです。


一方、小生にはやや手遅れな感じもしますが、人生終盤を悔いなく生きるためにも、諦めずに、活敬を身につけたいと思います。
プロフィール

れみれみ