一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

2015年08月

第200日

原文】
有名の父、其の子の家声を墜(おと)さざる者鮮(すくな)し。或ひと謂う、世人其の父を推尊し、因りて其の子に及ぶ。子たる者豢養(かんよう)に長じ、且つ挟む所有り。遂に傲惰の性を養成す。故に多く不肖なりと。固より此の理無きに非ず。而れども独り此れのみならず、父既に非常の人なり。寧(いずくん)ぞ慮の予(あらかじ)め之が防を為すに及ばざらんや。畢竟之を反りみしむる能わざるのみ。蓋し亦数有り。試みに之を思え、就(すなわ)ち草木の如きも、今年実を結ぶこと多きに過ぐれば、則ち明年必ず歉(けん)す。人家乗除の数も、亦然る者有り。


【訳文】
有名な父の子であって、家の名声をおとさないものは少ない。ある人は「世間の人々がその父をあがめるから、その子までほめる。ところが、その子は父の養育によって成長しながら、父の名声を自慢にして、遂に人に誇り自ら怠る習性を養成する。それで大抵は愚鈍な者である」といっている。もとより、このような道理が無いわけではない。しかしただこれだけではない。父は大変すぐれた人物であるから、どうして事前にこれを防ぐという考えの及ばないことがあろうか。結局のところ、考えていても、子供を反省さすことができない。思うに、これも天の定めなのだ。試みに考えてみなさい。草木のようなものでも、今年実を結ぶことが多すぎると、その翌年は必ず実りが少ない。人の家の盛衰の運命も同じことといえる。


【所感】
有名な父がいると、その子は家の名声を失墜させるものである。ある人が言うには「人々が父親を尊敬するので、それがその子にも及ぶ。その子は甘やかされて育ち、己を誇るようになる。その結果、驕りを生じ、努力をしなくなって、不肖の息子となるのだ」と。確かにそれはそのとおりであろうが、それだけでもない。父は優れた人物であるから、予めそうならないように手を打つはずである。結局は手を打ってみても、子供を反省させることができないということだろう。思うにこれも運命なのだ。考えてみれば、草木も今年多く実をつければ、翌年は少なくなるものである。家の盛衰もこれと同じであろう、と一斎先生は言います。


この章句については、第173日でも触れた守成(事業や家業の継承)に関する問題として考えてみましょう。


小生が見てきたいくつかの企業においては、父親から息子へ事業を継承するパターンとして以下の2つのパターンがありました。


ひとつめは、息子をいきなり自社の社員として迎え、比較的若いうちに役職を与えていくパターン。


もうひとつは、息子を一度奉公に出させて、他人の飯を食わせてから自社に迎えて、事業を継承するパターン。


この場合、明らかに前者のパターンの二代目は、傲慢で世間知らずということが多いようです。


どんなに優秀な人でも、自分の息子や娘には甘くなるものではないでしょうか?


可能であるならば、これはと見込んだ人材にその子の教育を委ねるということが必要です。


例えば、殷を滅ぼし周王朝を樹立した武王はその子である成王の教育を、弟である周公旦に委ねました。


周公旦とは孔子の故郷魯の初代の統治者であり、孔子が最も敬愛した人物です。


将来、自分の後を継いで欲しい子供であるからこそ、一度は親元を離れて、厳しい指導を受けることが必要だということでしょう。


一斎先生は、これも天の命であると達観されていますが、自分の起こした会社が長く発展することを望むのであれば、子供の教育には十分な配慮が必要だという戒めの言葉として理解したいと思います。


少し大きく捉えるならば、部下や後輩に目を掛ける場合でも、優しさと厳しさを持って接していくことが必要だという戒めとしてこの章を読んでも良いのではないでしょうか。

第199日

原文】
人の受くる所の気は、其の厚薄の分数、大抵相若(に)たり。軀の大小、寿の脩短、力の強弱、心の智愚の如き、大に相遠ざかる者無し。其の間に一処の厚きを受くる者有れば、皆之を非常と謂う。非常なるは則ち姑(しばら)く之を置く。就(すなわ)ち常人の如きは、軀と寿と力との分数、之を奈何(いかん)ともす可からず。独り心の智愚に至りては、以て学んで之を変化す可し。故に博学・審問・慎思・明弁・篤行、人之を一たびすれば、己之を百たび千たびす。果して此の道を能くすれば、愚なりと雖も必ず明らかに、柔なりと雖も必ず強く、以て漸く非常の域に進む可し。蓋し此の理有り。但だ常人は多く遊惰にして然する能わず。豈亦天に算疇(さんちゅう)有るか。


【訳文】
人が天から受ける所の気は、その厚い薄いの分量(分け前)はほとんど同じである。身体の大小、寿命の長短、力の強弱、心の賢愚の如きは、そんなに差はない。その間に、特に一処だけ厚い所があれば、人々は皆これを非常なもの(非凡)という。この非凡はしばらく問題外としておく。すなわち、一般普通人の如きは、身体と寿命と力の分け前については、天の与える所であるから、これをどうすることもできない。ただ心の賢愚については、学ぶことによって、これを変化さすことができる。
それ故に、『中庸』に「博(ひろ)く学び、審かに問い、慎んで考え、(物の道理を)明らかに弁別し、誠実に実行する。人が一たびする時には、自分は百たびし、人が十たびすれば、自分は千たびする。はたしてこの方法を実行すれば、いかに愚者でも必ず智明らかになり、いかに柔弱な者でも必ず強固となる」とあるように、少しずつでも毎日怠らず努力していくならば、必ず非凡の城に至ることができる。ただ、普通の人は、たいてい遊びなまけ者であるから、そのように努力することはできない。それで、何か天のはからいがあるものであろうか。賢人は賢人になり、愚人は愚人に終るべき運命・定命というものがあるようである。


【所感】
人が受ける気の分量は似たようなものである。身体の大小、寿命の長短、力の強弱、心の賢愚などに大きな差はない。そのうちひとつでも厚いところがあると、人は皆これを非常だと特別視する。非常かどうかはしばらく置いておこう。一般の人間は身体と寿命と力については天与のものであるから、どうすることもできない。ただし心の賢愚だけは、学ぶことで変えることが可能である。だから中国古典の『中庸』にある「博く学び、審かに問い、慎んで考え、明らかに弁別し、誠実に実行する。他人が一たびする時には、自分は百たびし、人が十たびすれば、自分は千たびする。これを実行すれば、愚者であっても必ず智者となり、いかに柔弱な者でも必ず強固となる」とあるように非常の域に達することができる。これは理論的にも正しいことであろう。ただし一般の人間は遊び怠けてしまうので、そうなることができないのだ。そこには天の算段などはないのだ、と一斎先生は言います。


さてこの章で引用されているのは、孔子の孫の子思が著したとされる『中庸』のことばです。その全文を掲載しておきましょう。


【原文】
博く之を学び、審かに之を問い、慎しみて之を思い、明らかに之を弁じ、篤く之を行う。学ばざること有り、之を学んで能くせざれば措かざるなり。問わざること有り、之を問いて知らずんば措かざるなり。思わざること有り、之を思いて得ざれば措かざるなり。弁ぜざること有り、之を弁じて明らかならざれば措かざるなり。行なわざること有り、之を行いて篤からずんば措かざるなり。人一たびして之を能くすれば、己は之を百たびす。人十たびして之を能くすれば、己は之を千たびす。果たして此の道を能くすれば、愚なりと雖も必ず明らかに、柔なりと雖も必ず強し」と。


【訳文】
ひろく何事でも学び、詳しく綿密に質問し、慎重に思索し、明確に分析して、ねんごろに十分に実践するのです。まだ学んでいないことがあれば、それを学んで立派にできるようになるまでは決してやめません。まだ質問していないことがあれば、それを質問して知りつくすまでは決してやめません。まだ思索していないことがあれば、それを思索して真理を獲得するまでは決してやめません。まだ分析していないことがあれば、それを分析して明確になるまでは決してやめません。まだ実行していないことがあれば、それを実行して十分にゆきとどくまでは決してやめません。他人が一の力でできるとしたら、自分はそれに百倍の力をそそぎ、他人が十の力でできるとしたら、自分はそれに千倍の力を出す(というように、徹底して努力)します。もしほんとうに、こうしたやり方を立派にできたなら、たとい愚かな者でもきっと賢明になりますし、たとい軟弱な者でもきっとしっかりした強者になるわけです。(金谷治先生訳)


この言葉は朱熹が白鹿洞書院という学びの場所を再興した際に、白鹿洞書院掲示と題した教育の大綱にも引用されています。


また、日本の陽明学の祖である近江聖人中江藤樹先生が掲げた藤樹規でも引用しています。


学問とはどのように行なうべきかを詳しく解説した名文と言えましょう。


さて一斎先生のこの章句は、『論語』にある孔子の有名な言葉を思い起こさせます。


【原文】
子曰わく、性、相近きなり。習、相遠きなり。(陽貨第十七篇)


【訳文】
先師が言った。
「人の生まれつきは、大体同じようなものであるが、習慣や学習によって大きくへだたるものだ。(伊與田覺先生訳)


つまり君子と小人の差とは、学び続けることができるか否かにあるということでしょう。


小生の師匠である中村信仁氏も、今月27日に発売された最新刊『営業の意味 資質と才能』(エイチエス)の中で以下のように書かれています。


人にはもって生まれた天賦の才(資質)と訓練によって身につく能力(才能)によって、いかような道も歩けることを知って欲しい。


人は資質だけでは大成しません。


資質を活かすために、学びを深め、それによって才能を開花させてこそ、世に立っていけるということです。


そうとわかれば、死ぬまで学びを続けようではありませんか。

第198日

原文】
此の心霊昭不昧にして、衆理具わり、万事出づ。果たして何れよりして之を得たる。吾が生の前、此の心何れの処に放任する。吾が歿するの後、此の心何れの処に帰宿する。果たして生歿有るか、無きか。著想して此に到れば、凛凛として自ら惕(おそ)る。吾が心即ち天なり。


【訳文】
人間が具えている本心・本性は、霊妙にして昭明なもので、多くの道理もその心の中に具わっていて、事々物々ことごとくこの心から発している。かかる昭明霊覚な心というものはどこから得たものであろうか。自分がこの世に生まれ出る以前、この心はどこに放たれたのであろうか。また、自分が死亡した以後、この心はどこに帰着するのであろうか。はたして生や死というものがあるのだろうか。このようなことを考えると、身にしむ思いがして恐れ慎む気持になる。自分の心が天そのものであることを思うからである。


【所感】
人間の心は、霊妙にして少しも昧くらからず、万事はここから発している。  この霊昭な心は何処から得たものであろうか。私が生れる前、この心は何処に存在したのか。また死後は、どこに帰着するのであろうか。心に果して生没があるのかないのか。 このように考えると、私は凛として懼れ慎む気持ちになってくる。なぜなら、我が心は実に天そのものだと感得するからである、と一斎先生は言います。


この章句にある言葉は、王陽明先生の『伝習録』の中にある以下の言葉に対する一斎先生の解釈といえそうです。


【原文】
虚霊不昧、衆理具って万事出づ。心外に理なく、心外に事なし。


【訳文】
心というのは、形こそないが霊妙なはたらきをしている。そこにはあらゆる理がそなわっており、あらゆるものがそこから出てくるのである。心の外に理はなく、心の外に事はない。(守屋洋先生訳)


何度も言いますが、佐藤一斎先生は徳川幕府の最高教育機関である昌平黌の学頭であった人です。


徳川幕府における正規の学問は朱子学であり、陽明学は危険思想として認識されていました。


しかし、一斎先生はフレキシブルに陽明学も取り入れており、その門下から佐久間象山先生を介して吉田松陰先生を生んでいます。


ここは正に陽明学の思想そのものです。


人の心には本来「良知」と呼ぶ本性が具わっており、それを曇らせるのも、磨いて光らせるのも、すべて自分自身の問題である、とするのが陽明学の基本的な考え方です。


一斎先生もそうした陽明学の思想をベースに、人の心の存在について哲学的に思索されています。


たしかに人間は死ねば肉体は朽ち果てます。


しかし心は元々形あるものではありません。


果たして心はどこに行くのでしょうか?


少々下種な話になりますが、米国では超能力捜査官という職種があって、彼等は残留思念を手掛かりに犯行を解決に導いているそうです。


人間の心が発した強い思念は、もしかしたら本当に現場に長く滞在するのかもしれません。


話が逸れました。


ここで学ぶべきは、人の心は本来霊妙で少しも昧くはない、ということでしょう。


年齢とともに曇りがちとなる心を、学ぶことでしっかりと磨き上げ、世の為、人の為に生きる人間でありたいと思います。

第197日

原文】
人と万物とは畢竟地を離るること能わず。人物皆地なり。今試みに且(しばら)く心を六合(りくごう)の外に遊ばせ、以て世界を俯瞰するに、但だ世界の一弾丸黒子の如きを見るのみにて、人物見る可からず。是に於いて思察す。「此の中に川海有り。山岳有り。禽獣・草木有り。人類有り。渾然として此の一弾丸を成す」と。著想して此に到らば、乃ち人物の地たるを知る。


【訳文】
人と万物は、結局、地面から離れることはできない。人も物も総て地気や山気・水気からできている。今ためしに、しばらくの間、心をこの天地の外に置いて、広大な世界を見おろしたとしたならば、ただ世界は一個の小さい黒い球のように見えるだけで、人も万物もその姿を見ることはできない。ここで私が思うに「この小さい黒色の球の中には、川も海も山も谷も禽獣も草木も人類もことごとく存在している。これらの物が一つに凝り固まって、この小さい球を形成している」と。私の考えがここまで来ると、人類もその他の万物も総て地であることが理解できる。


【所感】
人も万物も結局、地を離れることはできない。人も物も皆地の気である。いま試みとして心を天地の外において世界を見おろせば、この地球は一個の黒い球のように見え、そこに人も万物も見ることはできない。ここで私はこう思う。「この球の中に川や海があり、山があり、禽獣・草木が生息し、人間も暮らしている。それらが渾然となってひとつの球を成している」このように考えてくると、人も万物も総て地であることが分かるのだ、と一斎先生は言います。


昨日に引き続き難解な章です。


天からみれば、人もその他の物もすべて天の創造物である。


そして天から見下ろせば、人と禽獣・草木の差異など取るに足らない微差でしかない。


所詮人間はこの地上から離れることはできないのであるから、他の生物と共存し、その生を全うする以外に為すべき道はない。


このように一斎先生は思われたのではないでしょうか?


もうひとつ、古代の中国では、人間が生まれたときからもっている「先天の気」と生まれた後に獲得する「後天の気」とがあるとされ、「後天の気」には「天の気」・「地の気」があるとされました。


このうち、「天の気」は呼吸によって取り入れ、「地の気」は食によって取り入れるとされたようです。


自ら光合成を行って栄養分をつくる植物を草食動物が食し、さらに食物連鎖によって肉食動物が草食動物を食して栄養分を吸収することで、「地の気」を食しているということです。


人間も大きく捉えればその食物連鎖の頂点に君臨すると見ることができます。


こうした見方から一斎先生は「人物皆地たり」と仰ったのかも知れません。


現時点の小生の知識では、この程度の解説しかできません。


この章句をより深く理解できるように、さらに精進を続けます。

第196日

原文】
水気結びて魚龞(ぎょべつ)と為る。魚龞は即ち水なり。而れども魚龞は自ら其の水たるを知らず。山気結びて禽獣と為り、草木と為る。禽獣・草木は即ち山なり。而れども、禽獣・草木は自ら其の山たるを知らず。地気の精英結びて人と為る。人は即ち地なり。而れども人自ら其の地たるを知らず。


【訳文】
水気が凝り固まって魚類やすっぽん類になったのであるから、魚類やすっぽん類は水である。しかし、魚類やすっぽん類は自分が水であるということを知っていない。山気が凝り固まって禽獣や草木になったのであるから、禽獣や草木は山である。しかし、禽獣・草木は自分が山であるということを知っていない。地気の精髄が凝り固まって人となったのであるから、人は地である。しかし、人自ら地であることを知っていない。


【所感】
水の気が固まって魚類やすっぽんとなる。つまり魚類やすっぽんは水である。しかし、魚類やすっぽんは自らが水であることを知らない。山の気が固まって禽獣や草木となる。つまり禽獣や草木は山である。しかし禽獣も草木も自らが山であることを知らない。地の気の精髄が固まって人となる。つまり人は地である。しかし人は自らが地であることを知らない、と一斎先生は言います。


この章は難解です。


魚類は水から出来ており、禽獣・草木は山から派生したものではあるが、それを理解して生息しているわけではない。


同様に人間も天と地と分かれた地から生まれでたものであるが、そのことを理解して暮らしている者はない。


当時、一斎先生はこのように万物の根源を捉えていたのか、それとも何かの比喩なのか?


残念ながら小生が所有しているいくつかの文献からは読み解くことができませんでした。


古代ギリシアの哲学者たちは、万物の根源(アルケーとも言います)を以下のようにとらえています。


タレス(ターレス): 水

ピタゴラス: 数

ヘラクレイトス: 火

デモクリトス: 原子(アトム)


小生も久しぶりに高校時代の倫理の授業で学んだことを思い出しました。


してみると、一斎先生は万物の根源を「気」と捉えたということでしょうか?


万物の根源は一体何か?


たまには哲学的な思索に耽るのも良いかも知れません。


地気と人間については、次章に続きます。

第195日

原文】
人心惟れ危ければ、則ち堯舜の心、即ち桀紂なり。道心惟れ微なれば、則ち桀紂の心、即ち堯舜なり。


【訳文】
私欲のために人間の心が危険な状態になると、聖人堯舜のような立派な心をもった人でも、悪逆無道な暴君桀・紂のような人物となる。反対に、欲心のない清浄心が少しでもあれば、桀紂のような心の者でも、堯舜のような心の人になる。


【所感】
心に物欲がはびこり危うい状態となれば、聖天子の堯や舜のような心の持ち主でも、暴君と呼ばれる夏の桀王や殷の紂王のようになってしまう。道心(正しい道を求める心)は得難いものではあるが、それが少しでもあれば、桀王や紂王のような心の持ち主でも、堯や舜のような人間となれるのだ、と一斎先生は言います。


ここに出て来る言葉は元々は、『書経(尚書)』の「大禹謨」に掲載されています。


その部分を抜き出してみましょう。


【原文】
人心惟(こ)れ危く、道心惟れ微なり、惟れ精惟れ一、允(まこと)に厥(そ)の中(ちゅう)を執れ。


【訳文】
人間的な心は安定しにくく、道にかなった心は明らかにしにくいから、純粋精一につとめて、心から中庸の道をとり守るようにせよ。(小野沢精一先生訳)


『書経』によると、この言葉は元々堯が舜に帝位を禅譲する際に、「允(まこと)に厥(そ)の中を執れ」と伝えたものを、舜がさらに噛み砕いて禹に伝えたとあります。


要するに、人心(物欲の心)を抑えこみ、道心という理想の境地を常に目指すことを「中を執る」という言葉で現していると理解して良いでしょう。


さらに、この言葉は孔子の孫の子思が書いたと言われる『中庸』においても、序文でそのまま引用され、「中」であることの必要性が説かれています。


この道心と人心について、明の儒者である王陽明先生は以下のような解説をしています。


道心なる者、性に率(したが)ふの謂にして、未だ人に雑(まじわ)らず、無声無臭、至微にして顕、誠の源なり。人身ならば、則ち人に雑りて危し、偽の端なり。(中略)
惟れ一とは、道心に一たるなり。惟れ精とは、道心の一ならずして或ひはこれを二とするに人心を以てするを慮るなり。道、中ならざるなく、道心に一たりて息まず、是れを允に厥の中を執れと謂ふ。『重修山陰県学記』


つまり、まだ人為的なものが雑っていない状態を道心といい、人為的なものが雑った状態を人心というということでしょう。そして、人心が正しさを得た場合が道心であり、道心が正しさを失った場合が人心なのであって、もともと二つの心がある訳ではないということのようです。


さらに朱子の弟子である蔡沈という学者もこう言っています。


人心は私におち入り易く、公になりがたい、故に危い。道心は明らかにしにくく、昧(くら)くなり易い。故に微である。


小生のような凡人はいうまでもなく人心を強く懐いて生活をしています。


だからこそ、こうして一斎先生に学び、孔子に学ぶことで、少しでも人心を抑え、道心を得ようともがき苦しんでいるわけです。

第194日

原文】
禹は善言を聞けば則ち拝す。中心感悦して、自然に能く此の如し。拝の字最も善く状(あらわ)せり。猶お膝の覚えずして屈すと言うが如し。


【訳文】
聖天子禹は、自分に誡めとなるよい言葉を聞くと、その人を礼拝した。これは心からよろこびを感じて、自然にこのようにしたのである。拝という字が最もよくその状態を表現している。それはあたかも、膝が自然とかがむというようなものである。


【所感】
夏王朝を開いた聖人の禹は、善い言葉を聞くと、その人に深くお礼をしたという。真心から悦び感謝して、自然とそうした行為に至ったのであろう。「拝」という字はそのことをよく表現している。膝が自然と折れるというものである、と一斎先生は言います。


人の諫言(忠言)を素直に聞き入れるということは、容易にできることではありません。


小生などは、メンバーから間違いを指摘されると、苦しい言い訳をしたり、あるいは強引に言い負かせてしまったという経験が何度もあります。


本当に恥ずかしく、情けないことですが、今でもこれを完全に克服できているわけではないでしょう。


ところが聖天子の禹は、そうした言葉を聞くと、自然とその相手に対してお礼をしたというのです。


こういう人を本当の君子と呼ぶのでしょう。


ちなみに、禹は治水に大きな功績があり、舜帝から帝位を禅譲されて夏王朝を開いたと言われており、中国における聖人のひとりに数えられています。


さて、この禹に関する記述は『孟子』公孫丑上篇にあります。


そのまま引用しておきましょう。


【原文】
孟子曰く、「子路は人之に告ぐるに過ち有るを以てすれば、則ち喜ぶ。禹は善言を聞けば、則ち拝す。大舜(たいしゅん)は焉(これ)より大なる有り。善、人と同じうし、己を舎てて人に従ひ、人に取りて以て善を爲すを楽しむ。耕稼陶漁(こうかとうぎょ)より、以て帝と爲るに至るまで、人に取るに非ざる者無し。諸を人に取りて以て善を爲すは、是れ人と善を爲す者なり。故に君子は人と善を爲すより大なるは莫し」


【訳文】
孟子のことば「孔子の門人の子路は、他人から自分の犯した過失を指摘されると、喜びの色が顔に現れた。夏の禹王は、よいことばを聞くと拝して受けた。(いずれも常人には難しいことだが)偉大なる帝舜はもっと大人物で、善はすべてこれを私せずに人とともにし、人に善あれば己を捨てて私心なく人に従い、他人から善を取って行うことを楽しみとした。すなわち彼が微賤にして耕作・陶業・漁業をしていたころから、帝堯に認められて天子となるまで、すべて人から取り入れないものはない。かように人から取り入れて善を行うのは、つまり人とともに善をなすことである。ゆえに、有徳の君子としては、人とともに善をなすよりも偉大なことはないのである」(宇野精一先生訳)


小生が愛して止まない孔子の一番弟子である子路が人から諌められると喜んだという記述を読むと嬉しくなります。


子路も禹王も偉大ですが、さらに偉大なのは舜帝であって、常に人とともに善を為したということです。


これは言いかえれば素直であったということでしょう。


松下幸之助翁は、素直であることを三十年続けてようやく素直の初段になれる、と仰っています。


まだ遅くはありません。


素直に人とともに善を為す人間になりましょう。

第193日

原文】
理到るの言は、人服せざるを得ず。然も其の言、激する所有れば則ち服せず。強うる所あれば則ち服せず。挟(さしはさ)む所有れば則ち服せず。便する所有れば則ち服せず。凡そ理到って人服せざれば、君子は必ず自ら反りみる。我れ先ず服して、而る後に人之に服す。


【訳文】
道理のよくいきとどいた言葉には、どんな人でも服従しないわけにはいかない。しかしながら、その言葉に怒気のある激しいところがあると、聴く人は服従をしない。強制するところがあると人は服従しない。鼻にかけ威張るところがあると人は服従しない。自分の便利を計ろうとするところがある人とは服従しない。およそ道理が十分行き届いていても、人が服従しない場合には、君子たる者はよく自分自身を反省してみる。まず自分が自分の行為に満足して心から服従することができて、しかる後に、人が服従してくれるものである。


【所感】
道理の通った言葉には、人は受け入れざるを得ないものがある。しかし、その言葉に激しいものがあれば、人は受け入れない。強制的な響きがあれば、受け入れない。裏に含むことがあれば、受け入れない。己の便利を計ろうとすれば、受け入れない。道理が通っていても人が受け入れないとすれば、君子は必ず自らを反省する。まず自らが自分自身を正しくしてこそ、人はその人の言葉に従うものである、と一斎先生は言います。


これはリーダー論として読むと、非常に学ぶことの多い言葉です。


人の上に立てば、言葉でメンバーを導いていかなければなりません。


そして、ついつい己の分を超えたことを言いたくなるのも人情です。


実は、自分自身に自信がないリーダーほど、言葉を飾ることで、自分を立派に見せようとしてしまいます。


ところが、一斎先生も仰っているように、日頃のリーダーの行動はしっかりとメンバーに見られています。


したがって、言葉の中にある私情や言葉の裏にあるものも敏感に感じ取られてしまうのでしょう。


結局、自分の分際を超えたことをやろうとしたり、言葉だけを飾ってみても、それはすべて見透かされてしまうということです。


孔子はこんなことを言っています。


【原文】
子曰わく、始め吾人に於けるや、其の言(ことば)を聴きて其の行(おこない)を信ず。今吾人に於けるや、其の言を聴きて其の行を觀る。(公冶長第五篇)


【訳文】
先師は言われた。
私は今までは、人の言葉を聞いてその人の行いを信じた。だが今は、その人の言葉を聞いても、その行いを見てから信じるようにしよう。(伊與田覺先生訳)


この言葉は、弟子の宰我が立派なことを言う割には、行動が伴わないのを見て、自分も態度を改めるという件で発せられています。


言葉よりも先に、行動を正す。


リーダーが最も大切にすべき教訓と言えるでしょう。

第192日

原文】
心は猶お火のごとく、物に著(つ)きて体を為す。善に著かざれば、則ち不善に著く。故に芸に遊ぶの訓は、特(ただ)に諸を善に導くのみならず、而も又不善を防ぐ所以なり。博奕の已むにも賢(まさ)るも亦此を以てなり。


【訳文】
人の心は喩えると火のようなもので、火が物につけば燃えるが如く、心が物につけば形体をなすものである。それで、心が善につかなければ、不善につくのである。それ故に、孔子が「芸に遊ぶ」といった教訓は、ただ人の心を善に導くだけでなく、それがまた不善を防ぐことともなる。なお、孔子が「双六や囲碁の遊びは、決して感心したものではないが、何もせずにいるよりもまさっている」と言ったのも、この理由からである。


【所感】
人の心はまるで火が物に燃え移るようにしてその存在を知らしめる。心が善につかなければ、不善につくようになる。よって、『論語』述而篇にある「芸に遊ぶ」という教訓は、ただ善に導くというだけでなく、不善から遠ざけることにもなるのだ。同じく『論語』の陽貨篇にある「博奕の已むに賢る」という教訓も同様のことを教えているのだ、と一斎先生は言います。


ここで引用されている『論語』の章句を詳しくみておきます。


まずは述而第七篇から


【原文】
子曰わく、道に志し、徳に據(よ)り、仁に依り、芸に遊ぶ。


【訳文】
先師が言われた。
人として正しい道に志し、これを実践する徳を本とし、仁の心から離れないようにする。そうして世に立つ上に重要な芸に我を忘れて熱中する。(伊與田覺先生訳)


この「芸」とは、六芸(りくげい)すなわち、礼・楽・射・御・書・数を指すとのことです。


続いて陽貨第十七篇です。


【原文】
子曰わく、飽くまでも食(くら)いて日を終え、心を用うる所無きは、難いかな。博奕なる者有らずや。之を爲(な)すは猶已むに賢れり。


【訳文】
先師が言われた。
腹一杯食べて一日中ぼんやりしているようでは困ったことだねぇ。双六や囲碁などのかけごとがあるではないか。まあそれでもする方が、何もしないよりはましだ。(伊與田覺先生訳)


つまり人の心は何もしていないと悪いことを考えてしまうものであるから、それならばちょっとした勝負事(いわゆる博打とは違います)をする方がまだしも良い。しかし君子や賢者を目指すのであれば、なにより学問をしっかりしなければならない、ということを一斎先生は仰っているのです。


小生の経験でも、暇な時は意外と碌なことを考えないものです。


先日来何度もとりあげている「慎独」とは、こうした独りで思索に耽るときでも道から外れないことを言うのですが、そのためにはしっかりした学問をしなければ、とてもそうしたレベルには到達できません。


二度とない人生だからこそ、死ぬまで学び続け、死して朽ちない人間を目指しましょう。

第191日

原文】
枚乗(ばいじょう)曰く、「人の聞く無きを欲せば、言う勿きに若(し)くは莫(な)く、人の知る無きを欲することは、為すこと勿きに若くは莫し」と。薛文清(せつぶんせい)以て名言と為す。余は則ち以て未(いまだ)しと為す。凡そ事は当に其の心の何如を問うべし。心苟くも物有れば、己言わずと雖も、人将に之を聞かんとす。人聞かずと雖も、鬼神将に之を闞(うかが)わんとす。


【訳文】
枚乗が「人に聞かれたくないと望むならば、言わないにこしたことはない。また、人に知られたくないと思うならば、しないにこしたことはない」といっている。明代の儒者薛文清が、この語を名言であるとほめている(『従政名言』)が、私は、まだ十分でないと思っている。およそ物事は、それをなす人の心のいかんを問題にすべきであろうし、また人の耳に入らなくとも、鬼神がこれを窺い知ろうとするであろう。


【所感】
前漢の人である枚乗が「人に聞かれたくないと望むなら、自ら言わないにこしたことはない。人に知られたくないと望むなら、自ら行わないにこしたことはない。」と言った。明代の儒者である薛文清(せつぶんせい)が、このことばは名言だとしている。だが私は、まだ不十分だと思っている。およそ物事は、それをなす人の心の在り様が問題なのだ。かりにも心に一物を持っていれば、言葉を発せずとも、それは人の耳に届いたも同然である。また人の耳に入らなくとも、鬼神がこれを窺い知ることとなろう、と一斎先生は言います。


この章句は、一聴すると昨日の章句と矛盾しているようにも思えます。


つまり、心に思っても口に出さなければ、それで傲慢心や欲を抑えたことになるはずではないかと。


しかし一斎先生は、心を慎む(抑制する)ことをただ口に出さずに我慢するというレベルより一段上に見ているのでしょう。


ここで言う「鬼神」とは、昨日述べた「天知る。地知る」と同じ解釈だと見てよいと思います。


ここでも暗に独りを慎むことが推奨されていると見ることができます。


しかし、ここでも小生のような凡人はまず、枚乗の言うように、余計なことは言わない、人の眼につくような良くない行為を慎む、というところを意識した方が良さそうです。


その上で、一斎先生の仰るように、心の在り方を磨くためには何をすべきか?


その答えは、『言志四録』や『論語』といった古今の名著を学ぶこと、そして森信三先生が仰るように、偉人の伝記を読むことにあるはずです。
プロフィール

れみれみ