【原文】
凡そ大硬事(こうじ)に逢えば、急心に剖決(ぼうけつ)するを消(もち)いず。須らく姑く之を舎(お)くべし。一夜を宿し、枕上に於いて粗(ほぼ)商量すること一半にして思を齎(もたら)して寝(い)ね、翌旦(よくたん)清明の時に及んで、続きて之を思惟すれば、則ち必ず恍然として一条路を見ん。就即(すなわ)ち義理自然に湊泊す。然る後に徐(おもむろ)に之を区処すれば、大概錯悞(さくご)を致さず。
【訳文】
総て非常に困難な事に出会ったならば、心をあせらせて解決してしまう必要はない。しばらくそのままにしておかなければいけない。一晩そのままに留めおいて、寝て枕もとでざっと半分くらい考え、そのことを考えながら寝て、翌朝心がさっぱりしてさわやかな時になって、引き続いてこれを考えてみると、必ずぼんやりと一条の解決の道が見えてくる。そうなると、困難な事の筋道(道理)が自然に心の中に集まってくるものである。それから、ゆっくりと難問題を一つ一つ処理して行けば、たいていは間違いを起さない。
【所感】
全て困難なことに直面したときは、急いで解決しようとすべきではない。しばらくはそのままに、しておくのが良い。一晩そのままにして寝て、枕元でざっと考えて考え事を中断したまま眠りに就き、 翌朝清々しさのなかで続きを考えれば、必ず一すじの光を見出すであろう。つまり正しい道理は自然にひとつに帰結するのである。それからゆっくりと一つひとつ処理していけば大概のことは間違いなく処理できるものだ、と一斎先生は言います。
『孟子』告子篇には、
平旦の気(夜気ともいう)すなわち夜明けの清明な気があり、それがつまり良心である、という意味の文があります。
また、王陽明先生の『伝習録』巻下六八条にも、
良知は夜気に発するに在りては、方にこれ本体、その物欲の雑なきを以てなり。
とあります。(『日本思想体系 佐藤一齋・大鹽中齋』より)
一斎先生は、これら古典の解釈をベースにしてこの章を書いているようです。
ここで重要なことは、夜明けの気には人間の良知を引き出す力があるから、それを存分に活用するべきである、ということです。
人間は寝ている間も脳が思考を止めることはありません。
難しい本を読んで寝ると目覚めが良くないのは、睡眠中も脳は本の内容について考え続けるからなのだそうです。
これを読んで思い出すのは、過去に何度も紹介しております坂村真民先生のルーチンです。
坂村真民先生は、毎日真夜中に起床し、雨の日も風の日も重信川(愛媛県)のほとりまで出向き、地面に額をつけて自然のパワーを享受した後、詩を書いていたそうです。
おそらくは真民先生も、夜気を存分に活用されていたのでしょう。
難問解決の際には、あまり早急な解決を求めず、せめて一夜くらいは間を置いて、夜気(夜明けの気)の力を存分に活用してみるのも良いのかも知れません。