一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

2015年11月

第281日

原文】
操(と)れば則ち存するは人なり。舎(す)つれば則ち亡ぶは禽獣なり。操舎は一刻にして、人禽判る。戒めざる可けんや。


【訳文】
善なる本性をしっかり守って失わないようにしているのは人間である。それを捨てて無くしているのが禽獣である。執り守るのも捨てるのも、ほんのわずかの違いであって、ただそれだけで人間と禽獣の判別がつく。戒めないでよかろうか。戒めなければいけない。


【所感】
仁義の心をしっかりと守っているのが人間であり、仁義の心を捨てて亡くしてしまったのが禽獣である。とるか捨てるかは一瞬のことであって、それで人間と禽獣の区別がついてしまう。戒めないわけにはいかない、と一斎先生は言います。


この章句は、以下の『孟子』告子章句上にある言葉からの引用です。


孟子は、はげ山は初めからはげ山だったわけではなく、人為的な伐採と放牧によってはげ山となってしまったのであり、もともとは木の生い茂る山だったのだという譬えを挙げ、人にも本来は仁義の心があるが、いつの間にかそれが放っておかれて禽獣に近づいている、と述べた後に、孔子の言葉として、


操れば則ち存し、舎つれば則ち亡(ぼう)す。


を取り上げ、その発言を総括しています。


孔子や孟子といった儒家は、人と禽獣と異なる所以を、仁義の心の有無にあるとしています。


吉田松陰先生は「士規七則」の中で、人と禽獣と異なる所以を以下のように述べられています。


凡そ生れて人たらば、宜しく人の禽獣に異なる所以を知るべし。 蓋し人には五倫あり、而して君臣父子を最も大なりと為す。 故に人の人たる所以は忠孝を本と為なす。 


つまり人が禽獣と異なる要素のひとつとして、忠孝を説いています。


また、森信三先生は、『修身教授録』の中で人と禽獣と異なる所以を以下のように述べておられます。


われわれ人間が禽獣と異なるゆえんの真の根本は、結局理智の奥底にあって、常に理智を照らして導くところの、真の人生の叡智でなくてはならぬでしょう。すなわちわれわれ人間に、真の正しい生き方を教える真の叡智でなくてはならないのです。


以上のように、各々の先生方それぞれに異なった視点で人と禽獣とを分け隔てている要素について定義づけをされていますが、共通しているのは言葉や容姿などではなく、心の在り様を取り上げていることです。


これらはすべて人間が本来有している資質であって、それを修養によってしっかりと磨いて心に抱けば人となり、それを忘れて放り投げていれば禽獣と変わらない、と一斎先生は結論づけておられます。


つまりこうした徳を磨いて居なければ、その人は人の容姿をした禽獣に過ぎないのであり、しかもそうした徳を心に有しているか否かは、一瞬にして見破られてしまうものだとしています。


せっかく人として生まれてきたのですから、最後まで人間として生を全うしたいですよね。


そのためには、少なくとも仁義(儒家)、忠孝(松陰先生)、叡智(森先生)のいずれかを常に心に留めて日々を過ごしていかねばならないようです。

第280日

原文】
克己の工夫は、一呼吸の間に在り。


【訳文】
自分の私欲に打ち勝つ工夫は、日々持続すべきで、一瞬の間でも怠ってはいけない。


【所感】
己に勝つという克己の工夫は、悩まず一呼吸の間に即断即決実行すべきである、と一斎先生は言います。


この解釈は2通りあるようです。


多くの諸先輩のご意見は、上記のように「時を置くな」というもののようです。


しかし、「なにかを実行する前にゆっくり一呼吸して間をあけろ」とも取ることができます。


つまり、


やると決めたらすぐにやれ


という解釈と、


行動を起こす前に一息入れろ


という二つの解釈です。


この2つの解釈を並べてみると、第276日でご紹介した孔子の弟子に応じた臨機応変の対応を思い起こします。


いわゆる応病与薬です。


つまり、もし自分が冉有タイプだと思うなら、すぐに実行しろと理解すればよいし、子路タイプの人なら、一呼吸置けと理解すればよいのではないでしょうか?


いずれにしても修養における最大の難事は克己にあります。


王陽明先生は、


山中の賊を破るのは易く、心中の賊を破るのは難し


という名言を遺されています。


戦において敵に勝つことよりも、己の心(に浮かぶ欲などの穢れ)に勝つことの方が難しいということです。


結局、人の一生とは己の心にある賊との戦いに過ぎないのかも知れません。


心中の賊に勝って心穏やかに死ねるか


それとも賊に敗れて後悔の念を抱いて死んでいくのか


それは本人の修養次第のようです。

第278日

原文】
申申夭夭(しんしんようよう)の気象は、収斂の熟する時、自ら能く是(かく)の如きか。


【訳文】
のびのびして、にこやかな気分は、精神の修養が十分に習熟した時にこそ、自然にそのようになれるものだろうか。


【所感】
のびのびとにこやかに寛いだ気分というのは、精神が修養によって成熟してくると、自然と到達する境地なのであろう、と一斎先生は言います。


申申夭夭とは、『論語』の下記の文章からの引用でしょう。


【原文】
子の燕居するや、申申如たり、夭夭如たり。(述而第七篇)


【訳文】
先師が、家にくつろいでおられるときはのびのびとされ、にこやかなお顔をしておられた。(伊與田覺先生訳)


余談ですが、孔子という人はこのように普段はにこやかであって、弟子を相手に戯言をいうようなお茶目な性格も持ち合わせていたようです。


さて、この一斎先生のお言葉ですが、なんとなく分かるような気がしますね。


心を磨きに磨いた人ほど、普段は自然体で居ることができるようになるのでしょう。


威張ったり、虚勢を張ったり、わざと難しい顔をしたりといった行為は、その人がまだまだ君子と呼ぶには遠い人物であることを露呈しているとも言えそうです。


小生など、リーダーになりたての頃には、精一杯虚勢を張って、傲慢な態度でメンバーに接していたことを恥ずかしさと共に思い出します。


第218日のところで、大山巌元帥のエピソードをご紹介しました。


大山元帥は、敬愛する西郷隆盛公であればどう対応するであろうか、と考えて世紀の一芝居を打ったとのことです。


自然体という意味では、西郷南洲翁の右にでる者はいないでしょう。


西郷さんがいつも自然体で居ることができたのは、海に身を投げて偶然にも救われたり、二度の島流しを経験しつつ、そこでまさに我が身を修練したからに他なりません。


自然体と言われる人に会ったときには、その人が人知れず鍛錬を行なってきたことに思いを馳せる得る人でありたいものです。

第279日

原文】
春風を以て人に接し、秋霜を以て自ら粛(つつし)む。


【訳文】
春風のような温かさと柔らかさをもって人に応対し、秋霜のような厳しさをもって自分自身を律(規正)していく。


【所感】
人に接するときは春風のように温かく接し、己に対しては秋の霜のような厳しさで鍛錬をするのだ、と一斎先生は言います。


言志四録全1133章の中で、小生が最も愛して止まない章句がコレです。


人にやさしく、己に厳しく


というメッセージををこれほど見事に譬え切った言葉は他にありません。


世のリーダーはまさに斯くあるべしです。


ところが得てしてこれとは真逆のリーダーが多いように思われます。


他人に厳しく、己に甘い。


かつての小生もまさにそんな真逆のリーダーでした。


自分自身では他人にも己にも厳しく接していたつもりですが、もし本当にそうであったなら、パワーハラスメントで訴えられるようなことはなかったでしょう。


人に春風のように接するためには、その人の良い点をみる習慣を身につけなければなりません。


欠点は誰にでもあるはずですから、いかに相手の良い点から学べるかを常に意識して人と接していきましょう。

第277日

原文】
精神を収斂する時、自ら聡明を閉ずるが如きを覚ゆ。然れども熟後(じゅくご)に及べば、則ち闇然(あんぜん)として日に章(あきら)かなり。機心酬酢(しゅうさく)の時、自ら聡明通達するを覚ゆ。然れども稔(じん)して以て習と成れば、則ち的然として日に亡ぶ。


【訳文】
もっぱら精神をひきしめて修業する時には、自分の賢明さを閉ざされたように思うが、しかし修業が習熟してくると、暗闇の中に日に日に光明が現われてくるようになる。機智をはたらかせて人と応対している時には、自分が賢くて物事に明るいような気がするが、しかしそのように利口ぶることばかり習熟してくると、精神をひきしめて修養するということが、日に日に消え去ってしまうことになる。


【所感】
精神のはたらきを抑制してエネルギーを内面に蓄えているときは、自分の聡明さが閉ざされたように感じるものである。しかしそれが成熟してくれば、暗闇の中に日々光明がさしてくる。心をはたらかせて人に交わり応対していると、自分がおおいに聡明になったように感じる。しかしそれを長い間積み重ねて慣れてくると、日に日に自己が崩壊していくことになろう、と一斎先生は言います。


この章句のベースになっているのは、『中庸』にある以下の言葉です。


【原文】
詩に曰く、錦(にしき)を衣(き)て絅(けい)を尚(くわ)ふ、と。
其の文の著(あらは)るるを惡(い)めばなり。故に君子の道は、闇然として而も日々に章かなり。小人の道は、的然として而も日々に亡ぶ。(第三十三章)


【訳文】
『詩経』には、「錦の衣の上には、薄い衣を羽織っている。その美しさよ」とある。薄い衣を羽織るのは、錦のあやが外にけばけばしく現われるのをきらうからであって、錦を内にひめてこそ美しさがはえる。この道理で、君子の守り行なう道は、ちょっと見ただけでは真っ暗でなにもわからないが、日がたつにつれてその善さがあざやかになる。(これに反して)小人の行なう道は、(ちょっと見ただけでは)あかあかと輝くばかりで善いようだが、日が経つにつれて消えうせてしまう。(赤塚忠先生訳)


ここでは、一斎先生は学問とは自らの徳を高めるために行うものであって、人にひけらかすためにするものではないことを説いているのだと、小生は理解しています。


孔子もこう仰っています。


【原文】
子曰わく、古の学者は己の為にし、今の学者は人の為にす。(憲問第十四篇)


【訳文
先師が言われた。
「昔の学んだ人は、自分の(修養)のためにしたが、今の学ぶ人は、人に知られたいためにしている」(伊與田覺先生訳)


人のためでなく己のために学べば、いつしか暗闇の中に小さな灯りをみつけることができる。


つまり己を高めることができるということでしょう。


ところが知識をひけらかすために学べば、かえってそれは己を崩壊させることになるのだ、と一斎先生は警告されておられます。


小生などは、新しい知識を得るとすぐに他人に伝えようとします。


習わざるを伝えしことは、いかに危険な行為であるのかをもう一度しっかりと認識して、吾が身を三省すべきですね。

第276日

原文】
気魄の人の認めて以て中と為す者は、固(も)と過ぎたり。而も其の認めて以て小過と為す者は、則ち宛(あたか)も是れ狂人の態なり。愞弱(ぜんじゃく)の人の認めて以て中と為す者は、固(も)と及ばずして、而も其の認めて以て及ばずと為す者は、則ち殆ど是れ酔倒(すいとう)の状なり。


【訳文】
意思の強い人が、「中」と思っているものは、実に「中」を過ぎたものである。そして、その人が少し許り過ぎていると思っているものは、まるで狂人の状態といえる。気の弱い人が、「中」と考えているものは、実に「中」に及ばないものである。そして、その人が及ばないと考えているものは、たいていは酔い倒れの状態といえる。


【所感】
自信過剰の人が中だとみなすものは、もともと過ぎたものであり、やや過ぎているとみなすものは、ほとんど狂人のようなものである。引っ込み思案の人が中だとみなすものは、もともと及ばないものであり、及ばないとみなすものは、ほとんど酔いつぶれて何もできないようなものだ、と一斎先生は言います。


昨日の続きとなる章句です。


ここでは気魄の人と愞弱の人について考えてみます。


久須本先生は気の強い人と気の弱い人と訳されておりますが、小生としてはもう少し踏み込んで、「自信過剰な人」と「引っ込み思案の人」と読みかえてみました。


自信過剰の人はちょっと抑え気味で丁度よく、引っ込み思案の人はやり過ぎと思うくらいで丁度「中」にあたるのではないでしょうか?


これについては、『論語』の中で孔子が自信過剰の子路と自信のない冉有に対した態度が参考になります。かなり長文ですが、そのまま掲載します。


【原文】
子路問う、聞くままに斯(こ)れ諸(これ)を行わんか。子曰わく、父兄の在(いま)すこと有り、之を如何ぞ、其れ聞くままに斯れ諸を行わんや。冉有問う、聞くままに斯れ諸を行わんか。子曰わく、聞くままに斯れ諸を行え。公西華曰わく、由や問う、聞くままに斯れ諸を行わんかと。子曰わく、父兄の在すこと有りと。求や問う、聞くままに斯れ諸を行わんかと。子曰わく、聞くままに斯れ諸を行えと。赤や惑う。敢て問う。子曰わく、求や退く、故に之を進む。由や人を兼ぬ、故に之を退く。


【訳文】
子路が「聞いたらすぐに行おうと思いますがどうでしょうか」と尋ねた。
先師が答えられた。
「父兄がおいでになるではないか、どうしてすぐに行ってよかろうか。よく考えて行うようにしなさい」
冉有が「聞いたらすぐに行おうと思いますがどうでしょうか」と尋ねた。
先師が答えられた。
「すぐに行いなさい」
公西華がこれを聞いて不審に思って尋ねた。
「由がすぐ行いましょうかと尋ねたら、先生は、父兄がおいでになるからよく考えて行いなさいと、仰せられました。一方、求にはすぐに行いなさいと仰せられました。私にはどうも先生のお気持ちがわかりません。どうか教えて下さい」
先師が答えられた。
「求はとかく引っ込み思案だからそれを励まし、由はとかく出過ぎるくせがあるので、それをおさえてやったのだ」


これぞ「中」の本質を教えてくれる章句だと思います。


ところで、自分が自信過剰タイプなのか自信喪失タイプなのかを客観的に判断することは意外と難しいことです。


自分がどちらのタイプかがわかれば、中の捉え方の傾向をつかむことができるため、軌道修正することも可能となるでしょう。


小生は自信過剰タイプだと自己分析しております。


いや、恐らく周囲の人も100%そう指摘されるでしょう。


狂人の「中」とならないように心したいと思います。

第275日

原文】
中の字は、最も認め叵(がた)し。愞弱(ぜんじゃく)の人の認めて以て中と為す者は、皆及ばざるなり。気魄の人の認めて以て中と為す者は、皆過ぎたるなり。故に君子の道鮮(すくな)し。


【訳文】
過不及の無い「中」というものは、なかなか見出しにくいものである。気の弱い性質の人が「中」だと思うものは、総て「中」に及ばないものである。それとは反対に、何ものにも屈しない強い意思の人が「中」だと考えるものは、総て「中」を過ぎたものである。それ故に、君子の道とされている「中」は少ないものといえる。


【所感】
中の状態でいることは本当に難しい。気の弱い人が中だと認めているものはみな中に及ばない。また気魄のある人が中だと認めているものはみな中を過ぎている。そのような状況であるから、中庸なる君子の道は殆ど行われていないも同然だ、と一斎先生は言います。


中庸の徳が最初に文献に登場するのは『論語』においてです。


【原文】
子曰わく、中庸の徳たるや、其れ至れるかな。民鮮(すく)なきこと久し。(雍也第六篇)


【訳文】
先師が言われた。
「中庸の徳というものは、完全で最高だ。蓋し一般の人の間に行われなくなってから久しいなぁ」(伊與田覺先生訳)


このように『論語』の中で、孔子は最高の徳のひとつとして中庸の徳を挙げているのです。


これ以降、中庸の徳は儒家の間で中心的な概念のひとつとして尊重されています。


そしてその後、孔子の孫である子思が『中庸』を著したということが通説となっています。(異説あり)


では、中庸とは何を意味するのでしょうか。


「中」とは偏らないこと、特に思想において偏りがないことを意味しているものと小生は理解しています。


決して、学業の成績が真ん中であるとか、一方の議論に与しないというような中途半端な状態を指す言葉ではないことを理解しておく必要があります。


その時々の状況を適切に判断して、極端にならないことだということでしょう。


「庸」は常に、とか平常において、といった意味に解するようです。


よって、簡単に訳してしまえば、常に偏らないこととなります。


言葉の意味としては簡易ではありますが、孔子も嘆いておられるように、実行するとなると難しく、孔子の時代も現代においても、常に中庸の徳をもって世に処している人というのは極めて少ないようです。


中庸の徳を発揮するためには、常にブレない心の軸、行動の軸が必要になります。


その軸を手に入れるためには、師をもち、畏友と呼べる仲間と切磋琢磨することが捷径(近道)であるということは、これまでにも述べてきました。


常に中庸の位置に居ることが出来る人を君子と呼ぶのでしょう。


ところが小生のような凡人がそこを目指すのはあまりにも遠い道のりのようにも思えます。


まずは、偏りを生じたときに、その偏りに気づき、自ずから修正できる人でありたいものです。

第274日

原文】
心の官は則ち思なり。思の字は只だ是れ工夫の字のみ。思えば則ち愈(いよ)いよ精明に、愈いよ篤実なり。其の篤実なるよりして之を行と謂い、その精明なるよりして之を知と謂う。知行は一の思の字に帰す。


【訳文】
心の役目というものは思うということである。思うということは、ただ工夫するということである。心の中で色々と深く考えると、ますます精しく明らかになり、またそれに対してますますまじめに取り組むようになる。そのまじめに対処する点からして、これを「行」といい、その精密にして明確な点からしてこれを「知」という。知も行も共に思の一字に帰着することになる。


【所感】
心の大切な役目は思うことにある。「思」という字は工夫を意味する。思えばますます物事に詳しく明らかとなり、ますます誠実に取り組むことができる。誠実に取り組むことを「行」といい、物事に詳しく明らかとなることを「知」という。知行はともに「思」という一字に帰するのだ、と一斎先生は言います。


思いがあるから、知識を得ることができ、また行動することもできる。


思いこそが一事を成す上での原点であることを一斎先生は教えてくださいます。


小生がこの章句を読んで思い出すのは有名な『論語』の一節です。


【原文】
子曰わく、學びて思わざれば則ち罔(くら)く、思うて學ばざれば則ち殆(あやう)し。(為政第二篇)


【訳文】
先師が言われた。
「学ぶだけで深く考えなければ、本当の意味がわからない。考えるのみで学ばなければ、独断におちて危ない」(伊與田覺先生訳)


何かを学んだならば、それについて思う、すなわち深く考えることが大変重要です。


それはすなわち、自分の言葉で他人に語ることができるレベルにまで深く思索するということでしょう。


しかし、ただ思うだけでは駄目で、学ぶことを怠ると独断に陥る危険性があることを孔子は教えておられます。


思うことと学ぶことのバランスの重要さを説いた箴言と言えます。


もう一つ思い出されるのは、これまた有名な以下のお話です。


かつて松下幸之助翁が講演の席で聴衆からダム式経営を行うための秘訣を問われたことがあるそうです。


その時、松下翁は「わかりまへんな。ただ思うことです」と答えたそうです。


それを聴いて多くの聴衆は失笑したのですが、その会場にいた一人の青年だけはその言葉に衝撃を受け、「思う」ことの重要さに気づくのです。


その青年こそ、いまや名経営者として知られる稲盛和夫さんだったのです。


さて、振り返ってみて、私たちは日々深く思索することを怠ってはいないでしょうか?


今までのやり方に無条件に従い、新しいことにチャレンジする気持ちが萎えてしまってはいないでしょうか?


小生は大いに反省させられました。


皆さんには寝ても覚めても思い続けられるような何かがありますか?

第273日

原文】
物には栄枯有り、人には死生有り。即ち生生之易なり。須らく知るべし、軀殻(くかく)是れ地、性命是れ天なるを。天地未だ曾(かつ)て死生有らずば、則ち人物何ぞ曾て死生有らんや。死生・栄枯は只だ是れ一気の消息盈虚(えいきょ)なり。此れを知れば、則ち昼夜の道に通じて知る。


【訳文】
物には栄えたり枯れたりすることがあり、人間には生まれたり死んだりすることがある。総じて生々変化してやむことがない。人間の肉体は地に属し、性命(天から授かった性質や運命)は天に属していることを知らなければならない。この天地には死も生も無いのである。だから、人にも物にも死生があろうか。死生とか栄枯とかいうが、これはただ一つの気が生じ満ちたのが生であり栄であり、一つの気が消え無くなったのが死であり枯である。この道理が了解できれば、昼夜(陰陽)交替の道理に通じたといえる。


【所感】
物には栄枯盛衰があり、人には死生がある。これはすなわち易(移り変わり)である。以下のことを知っておかねばならない。人間の身体は地のものであり、性命は天のものである。天地には死生はないのであるから、人間にも死生などはないのである。死生や栄枯というのは、気が消えたり現れたり、満ちたり欠けたりしているに過ぎない。このことを理解すれば、そのまま昼夜の道に通じたといえよう、と一斎先生は言います。


いつか訪れる死でさえ、それですべてが終わるわけではなく、肉体は地にお返しするが、性命(魂)は天に一旦帰り、いつしかまた地におりて肉体に宿るものだという考え方のようです。


昼夜の道とは、『孝経』や『伝習録』などにある言葉です。


『伝習録』の該当部分を見てみます。


生死の本質は何ですかとたずねたところ、先生は答えた。 
「昼夜を知れば、生死の本質もわかる」 
「では、昼夜の道とは、どういうことですか」 
「昼を知れば、夜もわかってくる」
「昼にもわからないことがあるのですか」 
すると先生は語った。 
「そなたは十分に昼を知っているのか、ぼんやりと起き出して、ごそごそと飯を食い、実行しても身につかず、学んでもよくわからず、一日中のほほんとしているのは、ただ昼の夢をみているにすぎない、ほんの短い間にも心を養うようにつとめ、澄みきった心で、いつも天理と一体になってこそ、昼を知っているといえるのだ。これが理想の状態であって、こうあってこそ昼夜の道を知っているのである。」  (『新釈 伝習録 守屋洋著 PHP文庫)


昼を理解すれば、自ずと夜も理解できる。


これは、まだ訪れてもいない明日(未来)をあれこれと思い悩むよりも、今やるべきことに全力でぶつかれば、明日も自然と予測できるようになって、心も穏やかとなるということだ、と小生は理解しました。


その延長線上で考えれば、やがて来る死も、生を全うできれば心安らかに自然体で受け入れられるのかも知れません。


一時の禍福に一喜一憂せず、昼を理解することに努めましょう。

第272日

原文】
山水の遊ぶ可く観る可き者は、必ず是れ畳嶂(じょうしょう)・攢峰(さんぽう)、必ず是れ激流・急湍(きゅうたん)、必ず是れ深林・長谷、必ず是れ懸崖(けんがい)・絶港。凡そ其の紫翠の蒙密(もうみつ)、雲烟(うんえん)の変態、遠近相取り、険易相錯(まじわ)りて、然る後に幽致の賞するに耐えたる有り。最も坤與(こんよ)の文たるを見る。若し唯だ一山有り、一水有るのみならば、則ち何の奇趣か之れ有らん。人世も亦猶お是(かく)のごとし。


【訳文】
山水に遊んで観る価値のあるものといえば、重なり集まった山とか、激流や急な早瀬とか、深い森林や長く続く深谷とか、切りたった崖や離れた港とかである。また、紫色の山に緑色の草木がこんもりと茂っているのや、雲や霞が色々と変化する状態や、遠近の山々が相映じ、険しい山、平坦な土地が相交わり、そうして後はじめて静かで奥深い趣の観賞に価するものがあるのである。ここにおいて、まことに大地の美しい綾を眺めることができる。もしただ山が一つとか川が一つとかあるだけであれば、何のすぐれた趣があろうか。人世もまたこのようなものである。


【所感】
山水に遊んで観るべきものといえば、幾重にも重なる山脈や峰々、激流や早瀬、深い森林や長い谷、断崖絶壁、切り削いだ港などであろう。紫翠の深い山々、雲の様々な変化の模様、遠近の景色が険しい山や平らかな大地が入り組んで幽遠な趣きをかもしているのは、まさに大地が万物あやなす一つの大きな模様であることがわかる。もし、ただ一つの山、一つの川のみであれば何らの趣きもないであろう。人生もまたこのようなものではあるまいか、と一斎先生は言います。


人生は起伏に富んでいるからこそ面白いのだ、と一斎先生は仰っているのでしょう。


徳川家康公の遺訓として知られる言葉の冒頭には、


人の一生は重き荷を負って遠き道を行くが如し


とあります。


急な上り坂を超え、逆流に飲み込まれながらも、重荷を背負って人生という道の上をなんとか歩き続けていく。


たとえ途中で倒れても、何度でも立ち上がってまた歩きはじめる。


そんな人生を過ごすためには、学ばなければなりません。


教えの光に照らされてこそ、禍福始終を知っても惑わない己をつくり上げることができるのです。


もし一生を平々凡々に何のトラブルもなく過ごしたなら、実は平々凡々が一番幸せなのだという人生の真実に気づくことはできないかも知れません。
プロフィール

れみれみ