一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

2015年12月

第322日

原文】
人は須らく貴賤各おの分有るを知るべし。貴人にして賤者の態を模倣し、賤者にして貴人の事を僭窃せば、吾れ辱(はずかしめ)を之れ招くに非ざれば、則ち菑(わざわい)に之れ及ぶことを知る。


【訳文】
人には貴賤の別があって、各々守るべき分限のあることを知らなければならない。貴い身分の人であって、身分の低く賤しい人の様子をまねたり、賤者が分を越えて貴人のすることを盗み真似るようなことをすると、恥辱を招くことにならなければ、災害を受けることになるであろうと思う。


【所感】
人には皆それぞれに貴賤の別があり、各々が守るべき分限があることを理解すべきである。高貴な人が賤しい人の真似をしたり、おろかにも賤しい人が高貴な人の真似をすることで、恥をかくことになるか、さらにひどい場合には災難に遭遇することさえあることを理解しておくがよい、と一斎先生は言います。


一斎先生は以前にも度々、人にはそれぞれ分限(分際)があるということを仰っております。


昨日の章句にもあったように、天の恵みは求めて得られるものではありません。


同じく地位や名誉や金銭も求めて手に入るものではありません。


人にはある程度分限が定まっているのです。


しかしだからといって、賤しい者は卑屈になり、徳行を放棄するようなことがあってはいけません。


森信三先生は、人にはそれぞれに受け持ちがあるとした上で、以下のように述べられています


万人いずれも唯一無二、何人にも任せられない唯一独自の任務に服しているわけですが、只(ただ)それに対する十分な自覚がないために、生涯をかけてその一道に徹し、もって国家社会のお役にたつほどの貢献がしがたいのです。


まずは自分の分を弁え、自分の受け持ちをしっかりと自覚することが真の人生の出発点のようです。


はたして小生は自分の受け持ちをしっかりと担えているのか?


まだまだ学び続け、実践していかねばなりませんね。

第321日

原文】
郷愿(きょうげん)一輩の人には、陰徳惜福の説有り。余謂う、徳に陰陽無し。公に之を為すのみ。其の陰徳を好む者は、陽報に待つ有り。若し陽報無きも陰徳必ず為さずして可ならんや。禍福も亦天来なり。竟(つい)に求む可からず。又惜む可からず。仮令(たとい)惜む可くも、亦朝三暮四の算のみ。之を究するに皆天数を揣摩す。断断として不可なり。


【訳文】
偽善者仲間には、人に知れぬように恩徳を施して、幸福を受けるのを惜しむという説がある。自分は思うに、徳には陰も無ければ陽も無い。徳はおおっぴらに行なうがよいのだ。陰徳を好むというのは、陽報(はっきり現われる報い)を待っているのである。もしも陽報がないからといって、陰徳をなさなくてよいだろうか。人間の禍福は天から与えられる所のものであるから、結局、求めたって得られるものではない。また、手放し難いからとて、手もとに置けるものでもない。たとえ惜しんだって、先になるか後になるかの違いだけである。天の運命をあて推量することは、断然よくないことである。


【所感】
偽道徳家連中は、人知れず徳を行ない、福を受けるのを惜しむという説がある。私は思う、徳に陽も陰もない、ただ公に行うだけであると。陰徳を好む人というのは実は明らかな見返りを待っているのだ。もし見返りがなければ徳を行なわなくても良いものだろうか。禍福は天からの授かりものであって、求めたり惜しんだりするものではない。仮に惜しんだところで、朝三暮四すなわち後先の問題にすぎない。結局のところ、天の命を推し量ることは断然よくないことである、と一斎先生は言います。


この一斎先生のお言葉は衝撃です。


本来、儒家の間では陰徳を積むことは良いこととされてきました。


ところが一斎先生は、徳に陰陽などない、ただ公然と行うべきだ、と仰っています。


そもそも陰徳を積む人は、どこかで見返りを求めているものであるが、徳を行なう際に見返りを求めることなどナンセンスであると。


孔子も『論語』の中で、


人知らずして慍みず、亦君子ならずや


あるいは、


人の己を知らざるを患えず、人を知らざるを患うるなり


と仰っています。(共に学而第一)


徳を公然と行おうが(陽徳)、人知れず行おうが(陰徳)、それは問題ではなく、徳を行なうべきときは人の眼など意識することなく、己の信念に従って行えばよいのです。


見返りは天からの気まぐれなプレゼントに過ぎないのかも知れません。


結局、徳を積むとは己の良心との戦いなのですね。

第320日

原文】
孔子斉に在りて、韶(しょう)を聞いて之を学び、杞に之(ゆ)きて夏時を得、宋に之きて乾(こんけん)を得、周を観ては往古を感慨し、宋に微服し、陳蔡(ちんさい)に厄し、衛に適(ゆ)き、鄭に適き、に適き、皆意を得ざりき。聖人の学、蓋し力を遠遊・艱難に得るや多し。


【訳文】
孔子が斉の国に赴いて、この国に伝わっている聖王舜が作った音楽である韶(しょう)を聞いて学び、夏の時代を見るために杞の国に赴いては、夏の年中行事を記した夏時という書物を得、殷の時代を見るために宋の国に赴いては、陰陽のことを記した乾(こんけん)という書物を得、さらに周を見てまわっては、昔の盛んな時代と衰微した今の時代を比較して感慨に耽り、人目につかぬよう変装して宋の国に赴き、陳蔡(ちんさい)で殺害されようとした。それから、衛や鄭や楚などに赴いたが、どこにも用いられずに終わってしまった。思うに聖人の学は、遠い所へ遊歴し、艱難辛苦にあって、実力を得たことが多かったのである。


【所感】
孔子が斉の国で韶(古の聖人舜の作った楽)を聞いてしばらく何を食べても味がわからなくなるほど心を奪われ、杞の国に行って夏の年中行事を記した書を手に入れ、宋の国では乾(陰陽の易理を記した書)を得、周を観ては太古の昔を思い、服装を変えて宋を過ぎ、陳蔡で桓魋(かんたい)に殺されそうになり、衛や鄭や楚などの国も訪れたが登用されることはなかった。思うに聖人の学問とは、遠方に赴き艱難に遭うことで磨かれることが多いようだ、と一斎先生は言います。


前章に続き、本章でも『論語』、『礼記』、『孟子』からのエピソードを引用しながら、本当の学びとは遠方へ旅することや艱難辛苦に遭うことで得られるものだ、ということを教えられています。


孔子は、自身のアイドルであった周公旦の築いた礼の諸制度を、今一度乱れ切った祖国魯において復活させることを夢見て、政治の道を志していました。


そして実際に仕官し、現代で言う副総裁の地位にまで登りつめますが、諸外国の謀略によって国の重臣らが女性に現を抜かすのを目の当たりにして失望し、祖国を捨てて諸国歴訪の旅に出ます。


孔子は、他国において、祖国で叶わなかった周公旦の礼制度の再現のために仕官を志しますが、結局用いられず、失意のうちに14年間の諸国漫遊にピリオドを打ち祖国魯に帰国、その後は弟子の教育にその生涯を尽しました。


ある意味で孔子の一生は不遇であったと見ることもできます。


しかし、晩年の弟子達の教育において、この14年間の諸国訪問の中で得た経験と知識を大いに活かされたことを思えば、この流浪の旅も決して無意味ではなかったはずです。


森信三先生も、


逆境は神の恩寵的試練なり


と喝破されております。


小生も多くの失敗を通して、


逆境の後にしか人生の花は咲かない


という教訓を得ました。


逆境を活かすも殺すもすべて己次第だと思います。


しかし古典などを通して人間学を学ばない限り、逆境を活かすことはできず、「なぜ自分だけがこんな不幸な目に遭うのだ」と自暴自棄に陥るのが凡人の性です。


聖人にはなれずとも、逆境に学び、逆境を活かす人でありたいものです。

第319日

原文】
孔子川上に在りて逝く者を嘆じ、滄浪を過ぎて孺子に感じ、舞雩(ぶう)に遊びて樊遅を善しとし、浴沂(よくき)に曾点に与し、東山に登りて魯国を小とし、泰山に登りて天下を藐(かろ)んず。聖人の遊観は学に非ざる無きなり。


【訳文】
昔、孔子が、川の上(ほとり)にいて、水の流れを見て、「逝く者はこのようであるか」といって嘆息し、滄浪(そうろう)の川を過ぎて子供が「水澄めば冠を洗い、濁らば足を洗おう」と歌うのを聞いて感嘆し、雨を祈る場所では門弟の樊遅の質問が修養に適することをほめ、曾点が沂水(きすい)に浴して身を清めるという意見に賛成し、魯の東山に登って魯国を小とし、泰山に登っては天下を小なりとして軽視した。以上の如く、聖人の遊観はどれも学問でないものは無い。


【所感】
孔子が川のほとりで時の流れを嘆じ、滄浪(そうろう)という名の川を過ぎるときに子供の歌に感嘆し、舞雩台での遅の質問を善い質問だと褒め、曾点が沂水(きすい)にてゆあみしたいとの意見に賛成し、魯の東山に登ったときは魯国を小国とし、泰山に登ったときは天下を小なりとした。これらを見てわかるように、聖人の遊観はすべて学問でないものは無いのだ、と一斎先生は言います。


この章は『論語』や『孟子』に出て来る孔子に関するいくつかのエピソードを列記し、それをもって聖人はプライベートにおいても常に学ぶ姿勢を忘れないことを述べたものです。


ここに掲載されたエピソードは、『論語』子罕第九篇、顔淵第十二篇、先進第十一篇、『孟子』離婁上篇、尽心上篇から取られています。


その詳細はここでは割愛しますので、詳細を知りたい方は是非小生が主査する潤身読書会にて共に学びましょう。


さて、現代のビジネスの世界においても、同期や同世代の中で頭角を現わす人というのは、オフの時間を有効に活用し、読書や自己啓発に充てているようです。


小生もよく若い社員さんに対し、「社内にいて仕事をしている時はその質・量ともにそれほど差がないものであり、オフやプライベートでどれだけ自己啓発に時間を割けるかで、将来大きな差がつくものです」という話をします。


読書ばかりでなく、例えば小生のように営業の世界に身を置く者は、プライベートの時には買い手として営業マンに接するケースが多くあります。


このときの営業マンの姿勢からは大いに学ぶところがあるものです。


ところがいざ物を買う時になると、値切って安く買うことばかりに集中して、相対する営業マンのセールストークやプレゼンテーションに注意を払わない人が大半のようです。


聖人君子はプライベートの時間でさえも学ぶ姿勢を崩さないように、優秀なビジネスマンもまたオフの時間を有効に活用しているのです。


オフだからといって、昼まで寝ていたり、一日中遊び呆けているようでは一流のビジネスマンにはなれないよ、という箴言としてこの章を理解してみると、味わい深いものがあります。

第318日

原文】
未だ生まれざる時の我れを思えば、則ち天根を知り、方(まさ)に生まるる時の我れを思えば、則ち天機を知る。


【訳文】
自分がまだ母の胎内にあって生まれなかった時の自分を考えてみると、混沌たる未分の状態であって、こういう状態が天創生の始原であることを知り、また、自分が母胎から生まれ出た時の自分を考えてみると、天の巧なはたらきのあるのを知ることができる。


【所感】
生まれる以前の自分のことを思えば、天根すなわち物を生ずる根元を知り、母胎から生まれ出た自分を思えば、天機すなわち天地万物が生長していく天の妙機を知ることになる、と一斎先生は言います。


非常に難解な章です。


一斎先生は、天と人間の創生は同じ過程を経るものと理解されていたそうです。


人間が生まれる以前には、渾沌とした何もない「無」の状態にあるが、親の胎内に新たな生命が芽生え、この世に生まれでると、ひとりの人間の一生を通して様々な天の妙配を見ることができる。


すべての物がこれと同様に絶対的な無から生じ、天地の力を借りて成長し、やがてまた無の世界へと帰っていく。


考えれば考えるほど不思議なのは、人間が生きている間だけその人間の中に無形でありながら絶対的に存在する記憶や思念は、その人の死と共に跡形もなく消えてしまうことです。


人間の肉体は、死んだ後も有形ですが、記憶や思念は終始一貫無形であり続けます。


こうした人間の記憶や思念は、いったいどのようにして生まれ、どこへと帰っていくのでしょうか?


一斎先生の仰るように、天の妙配を感ぜざるを得ません。


川上正光先生は、この章句の解説の中で王陽明先生の「四言教」を紹介し、以下のような解説をされておりますので、参考までに掲載しておきます。


王陽明の四言教

善なく悪なきは心の体
善あり悪あるは意の動
善を知り悪を知るはこれ良知
善をなし悪を去るはこれ格物

ここに示すとおり、心の本体は宇宙の本義の通り、善もなく悪もない。これが天根である。それが心意が動いて善悪の区別が生じ、その善悪の区別を判断してよく知るのが良知であり、物の性をきわめ、その善をなし、悪を去るのが物事にいたること即ち格物であり、これが天機であるとするのである。


小生のような凡人は、善もなすが悪もなす、というレベルにあります。


格物致知とは、善悪をよく見極め、善だけを為し、悪は決して為さないことである、ということでしょうか。


格物致知については、小生などには大変理解し難いことですが、言志四録の学びを続ける中で、少しずつ明らかにしていければよいと考えております。
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れみれみ