【原文】
人の事を做すに、目前に粗脱多く、徒らに来日の事を思量す。譬えば行旅の人の齷齪(あくさく)として前程を思量するが如し。太(はなな)だ不可なり。人は須らく先ず当下を料理すべし。居処恭しく、事を執るに敬し、言は忠信、行は篤敬に、寝ぬるに尸(し)せず、居るに容(かたち)づくらず、一寝一食、造次顚沛(てんぱい)に至るが如きも、亦皆当下の事なり。其の当下を料理して、恰好(かっこう)を得る処、即ち過去将来を并(あわ)せて、恰好を得んのみ。
【訳文】
人が物事をする時には、眼前の事に手ぬかりが多いのに、むやみに将来の事を考えめぐらすものである。それは譬えると、旅人があくせくして行先のことを考えるようなもので、甚だよろしくないことである。人はまず眼前の事を処理すべきである。すなわち、平素家にいる時は礼儀正しくし、仕事をする時は過失の無いよう慎み、言葉は真実で偽りが無く、行いは真面目で慎み深く、寝る時は死人のような寝姿をなさず、平常ひまな時はことさらに行儀を正しくせず、寝る時も食事の時も道に違うこと無く、わずかの間でも仁を離れないなどは、総て当面なすべき事である。その時その時の事柄を処理して、丁度うまく行くようにすると、過去から将来まで、自然にほどよく事を処理することができるものである。
【所感】
人が事を行うときには、目の前の事にてぬかりが多く、それでいてまだ来ぬ将来のことを考えるものである。たとえば旅人があくせくとこれからの道のりを考えるようなものである。大変よろしくないことである。人とは総じてまず目先のことを処理すべきである。家でくつろぐ時のいずまいは恭しく、事を行うときは敬を持って行い、言葉にうそ偽りはなく、行いは誠実で慎み深く、寝る時は死んだように眠らず、家に居る時は緊張をほぐしてゆったりとしており、寝る時も食事の時も、わずかの間も仁から離れないというようなことは、当面やるべき事である。当面やるべき事を適切に行えば、過去から未来におけるまで、適切な状態を保つことが出来るのだ、と一斎先生は言います。
この章の趣旨は、非常にシンプルで理解し易いですね。
とにかく先のことを考えずに、目先のことに全力を尽すことが肝要である、と一斎先生は仰っているようです。
ところで、成功を夢見ない人などは居ないはずです。
ただし、成功を夢見ているだけでは、成功を手に入れることはできません。
成功を手に入れるためには、まず今目の前にある仕事に全力を尽して、期日を遅らせることなく仕上げることです。それ以外に方法はありません。
つまり、誠を尽すことです。
小生の師匠である中村信仁さんは、
今の仕事に一所懸命に取り組めば、次のステージが迎えに来てくれる
と仰っています。
成功という夢のステージも、みずからそのステージを求めるのではなく、今目の前にあるやるべき事に精一杯取り組むことで、成功の側から迎えに来てくれることを待つべきなのでしょう。
この章で一斎先生がまず為すべき事ととして取り上げているのは、仁者であるための姿勢や行動です。
お気づきのことと思いますが、それらはすべて己自身がなすべき事のみであって、他人を変えようだとか、他人から評価を得ようといったことは一切挙げられていません。
つねに矢印を自分に向けて、自己修養に励むことが儒教の精神であることを改めて理解し、少しでも実践できるように日々鍛錬を続けたいですね。